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2024/10/13

長崎・平和公園を訪ねて

昭和20年8月9日早朝、原子爆弾を搭載した爆撃機B-29は、マリアナ諸島のテニアン基地を発進。第一目標の北九州工業地帯がある小倉上空に到達しましたが、視界不良のため第二目標の長崎へ飛来しました。

Dsc_5496_300三菱長崎兵器製作所の工場群に、高度9600mから原子爆弾(ファットマン)を投下。目標から北に3kmほど逸れ、午前11時2分、松山町の上空500mで炸裂しました。

街は、巨大な火球と熱線、衝撃波と爆風により一瞬で焦土と化し、人口24万人のうち死者7万3884人、負傷者7万4909人、罹災者12万820人の大被害を受けました。

昭和25年、爆心地に近い丘(旧長崎刑務所浦上刑務支所跡)に平和公園を開設。昭和30年にはシンボルの平和祈念像が設置されました。
像は、彫刻家北村西望(長崎出身)の作品。右手で原爆の脅威を、左手で平和を、体は絶者の神威を、顔は神仏の慈悲を表し、軽く閉じた目は犠牲者の冥福を祈り、右足で瞑想を、左足で救済を表現しています。

訪れた日はノーベル平和賞(日本被団協)が発表された直後で、マスコミ各社が取材に来ていました。

長崎原爆資料館では、被爆建物(部分)と被災した浦上天主堂(再現展示)、ファットマンの実物大模型、被爆者の遺品や体験談で、被爆の実相と平和希求の大切さを後世に伝えています。

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