京都・冬の特別拝観2017(洛中編)
洛西から、洛東の聖護院・妙法院を巡って、洛中の壬生寺・島原角屋へ移動。
聖護院(修験宗)は、山伏で知られる修験の総本山です。江戸期には光格天皇が仮皇居としました。特別公開の宸殿・書院(国重文)と、御着替弁才天尊を見学。
宸殿は、絢爛な狩野派の障壁画(金地彩色の襖絵)が圧巻。書院は、御所の女院御殿を移した建物で、2つの床の間や透かし、釘隠しの意匠が雅でした。
聖護院は、明治の廃仏毀釈で廃された末寺の仏像を多く預かります。今回はその中から21体を公開。初公開の弁才天尊(旧才智院の本尊)は、明治まで春・秋に衣装替えした天女像で、衣装をまとった美しい姿は必見です。
続いて、13年ぶり公開の妙法院(天台宗)へ。天台三門跡の一つで、幕末に尊王攘夷派の三条実美らが失脚した「七卿落ち」の舞台となりました。特別公開の庫裏(国宝)と宸殿、大書院(国重文)と庭園を見学。
庫裏は、秀吉が「千僧供養」を行った際に建てた国内最大級の台所で、桃山期の建築。巨木を組んだ梁と三層の煙出しが豪壮です。宸殿では、寺宝の「七卿落図」が公開中。大書院は、御所の旧殿を移した建物で、狩野派の障壁画(金地彩色の襖絵)が絢爛豪華でした。
龍華蔵(宝物庫)も公開され、ポルトガル国印度副王信書(国宝)のレプリカが珍しかったです(本物は京都国立博物館に寄託中)。
洛中へ移動し、7年ぶり公開の壬生寺(律宗)へ。鎌倉期、円覚上人が教えを広めるため始めた無言劇は、「壬生大念仏狂言」(国重文)として今に伝え守られています。特別公開の本堂と初公開の狂言堂(国重文)を見学。
本堂で現存最古級の地蔵菩薩立像(国重文)と鑑真和上坐像(レプリカ)を見て、境内の狂言堂へ。演者の衣装や小道具の部屋を通って舞台に上がり、珍しい構造を見学。伊藤若冲が奉納した狂言面なども特別に展示され、民俗芸能好きには垂涎ものでした。
驚いたのは、舞台の目の前に寺の保育園の建物が迫るように建っていたこと。その保育園の2階ベランダ部分を狂言の観覧席に利用する大胆さに感心しました。
ちなみに、壬生寺は幕末に新選組が訓練所とした所です。境内の壬生塚(別料金)に、近藤勇の胸像と暗殺された芹沢鴨(初代局長)の墓があります。
初日の最後は、13年ぶり公開の島原角屋(国重文)へ。江戸期、花街として栄えた島原に残る唯一の揚げ屋建築です。一階の台所・網代の間・松の間を見学。
網代の間は、網代組みの黒い天井が特徴。松の間は、庭の臥龍松を望む大広間で、新選組が芹沢鴨を暗殺する夜に遊宴を開いた座敷です。
京の花街は、歌舞音曲の修行を積んだ舞妓を呼んで、客が和歌や俳諧など文芸を楽しんだ料亭的な存在で、いわゆる遊郭とは異なります。角屋の造作にも、端々に京文化の粋が感じられました。
夕方、四条大宮駅近くのホテルにチェックイン。夜は電車で河原町へ出て、祇園で夕食後、四条通をぶらぶら散策。
二日目は、洛南の東寺と、洛東の金戒光明寺・知恩院・高台寺・建仁寺・西福寺を巡ります。
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