京都・秋の旅(大原野編)
西山の里、大原野に光明寺、大原野神社、勝持寺を訪ねました。
光明寺は、建久九年(1198)、法然上人が念仏を唱えて浄土宗を開いた地に建てられた西山浄土宗の総本山です。応仁、元亀、天正の兵火と江戸中期の火災で伽藍を焼失し、現在の建物は大半が江戸期の再建です。
境内には、法然上人の遺骸を墓から移した際に光明を放ち、寺名の素になった石棺や上人の舎利を収めた御廟などがあります。
薬医門から総門に続く脇参道は「もみじ参道」とも呼ばれ、秋は紅葉の名所です。こちらも色づきは…。
続いて、大原野神社へ移動します。
大原野神社は、延暦三年(784)、桓武帝が長岡京に遷都した際、奈良・春日大社から藤原氏一族の氏神を分祀した古社です。長岡京に都が置かれたのは十年ほどですが、平安京に遷都後も朝廷の崇敬が厚く、紫式部の源氏物語にもこの地が詠まれています。
雅な春日造りの社殿は、春日大社と同じ四殿が並び、猿沢池を模した鯉沢池があり、古くから「京春日」と呼ばれています。手水舎の鹿像は伏鹿手水所(春日大社)のミニチュア版。狛犬は、犬ならぬ鹿が可愛い目で参詣者を出迎えてくれます。
秋には参道や境内の紅葉が美しく、隠れた名所になっています。
最後は勝持寺です。
勝持寺(天台宗)は、白鳳八年(679)、天武帝の命により開かれました。平安期に伝教大師最澄が伽藍を再建し、隆盛期には多くの塔頭寺院を持ちましたが、応仁の乱で伽藍を焼失。現在の建物は、仁王門を除いて天正年間の再建です。
瑠璃光殿にある本尊の薬師如来像(鎌倉期)、胎内仏の薬師如来像(平安期)、眷属仏の日光・月光菩薩と十二神将像(鎌倉期)、巨大な金剛力士像(鎌倉期)はいずれも国重文です。
平安末期、西行法師が出家して庵を結び、桜(西行桜)を吟愛したので「花の寺」と呼ばれ、秋は紅葉が美しい所です。大原野神社から林を抜けてショートカットできますが、仁王門からの参道は長くて急な坂道が続き、息が切れました。
今回の京都・秋の旅では、六寺一院三社を巡りました。
一泊二日の紅葉ツアーでしたが、今年の京都の紅葉はどこも厳しかったです。秋に暖かい日が続いた上、天気が悪い日が多かったので、色づく前に立ち枯れたり、斑に色焼けた木が多い印象でした。
旅の機材はRICHO GRでした。28mmだけで撮り歩くのはあれこれ工夫が必要ですが面白かったです。
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