2017/08/06

船橋・旧御馬見所(空挺館)

妻と一緒に、船橋・習志野駐屯地にある旧御馬見所(空挺館)を見学。

20170806明治天皇が旧陸軍騎兵実施学校(東京・目黒)で訓練を観覧する際の天覧台として、明治44年(1911)に建てられました。

大正5年(1916)、騎兵学校は習志野原の近衛師団・騎兵旅団の駐屯地に移り、旧御馬見所も移築されました。大正天皇や皇族が卒業式を観覧する迎賓館や、皇族将校の宿舎として使われました。
戦後は、陸上自衛隊第1空挺団の駐屯地となり、昭和37年(1962)から資料館「空挺館」として活用されています。

1階は空挺団関係、2階は旧陸軍(落下傘部隊・騎兵部隊)関係を展示。個人的には、日露戦争で騎兵第一旅団長として名を馳せた秋山好古少将や、ロス五輪(昭和7年)馬術大障害飛越の金メダリスト西竹一騎兵中尉の展示が興味深かったです。

20170806b2階正面は、天皇陛下や皇族が訓練を観覧した「御立ち処」が保存されています。菊の御紋は天皇家用(十六菊)と宮家用(十五菊)が混在し、他の皇族が気兼ねなく立てるようにとの明治天皇の配慮だそうです。

「習志野」の地名は、近衛兵大演習(明治6年)を総覧した明治天皇の御製「夏草も 茂らざりけり もののふの 道怠らず ならしのの原」に因みます(「習え篠原」の説も有力)。旧御馬見所は、明治天皇と習志野原の歴史を今に伝える現存する数少ない史跡です。

駐屯地内にあるので通常公開されていませんが、年に数回、駐屯地開放デーで見学可能です(館内撮影自由)。

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2017/08/02

館山・たてやまんまち

館山のまつり(たてやまんまち)を見学。

20170802【公式パンフレットの説明】
「その昔、各区の鎮守として祀られている神社のいわれにより、祭りの開催日は同日ではありませんでした。その後、幾度かの町村合併や更に大正3年に旧館山町(現在の青柳、上真倉、新井、下町、仲町、上町、楠見、上須賀地区)と旧豊津村(現在の沼、柏崎、宮城、笠名、大賀地区)が合併し、館山町となったのをきっかけとし、大正7年(1918)より13地区11社が8月1~2日の祭礼を合同で執り行うようになりました。
しかし、大正12年の関東大震災により、新井、下町の祀る諏訪神社、仲町、上町を祀る諏訪神社、楠見の厳島神社、上須賀の八坂神社の4社が倒壊した為、氏子の協議により4社が合祀を決め、昭和5年に館山神社として、創建することとなり、昭和7年にその神殿が完成したわけです。
それ以降、館山地区では13地区8社の合同祭礼として行われ、神輿7基、曳舟2基、山車4基がそれぞれの地区から出祭しています。」

【この日の進行スケジュール】
17:00~ 館山神社入祭(下町・仲町・上町・楠見の山車、新井・柏崎の曳舟)
18:40~ 神輿2基(上真倉・沼)の共演(館山神社付近)
19:50~ 三町(新井・上町・柏崎)曳き別れ(城山公園入口)
20:00~ 楠見・左官踊り、餅つき踊り、餅投げ(館山神社横)
20:30~ 新井・武走裸道の走り(城山公園入口~下町交差点)

【メモ】
朝から見どころが多い「たてやまんまち」。今回は二日目夜の館山神社入祭を撮影(実際の進行は、予定より1時間半遅れ)。合祀社の山車4基と新井の御舟が勢いよく境内に駆け込む。山車を拝殿ぎりぎりにつけて祭りの成功を奉告。神前から下がって他町の山車と向かい合い、エールとお囃子を交換。その後、整列して人形とお囃子を披露する。最後に柏崎・國司神社の御舟が入祭し、神前に参拝してすぐに引き返す。これを5町が見送ってから、各山車は自地区に戻って行く。新井の御舟が最後まで残り、各町と別れを惜しむ。
この日は天気が悪く、神輿や山車にビニールをかけた地区も多かった。夜の勢揃いで仲町の人形を見ることができなかったのが残念。改めてリベンジしたい。
合同祭礼で全体像がつかみにくいが、気に入った山車に終日ついて回るのもいいかも知れない。次回は日中の行事や「青柳のかっこ舞」、「仲町のぴっとこ踊り」、「楠見の天狗舞」なども見てみたい。
見物人は多く、境内を埋める。カメラマンも多数。臨時Pあり(館山小グラウンド隣)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/07/29

銚子・小川神社神楽

銚子市・小川神社で奉納された神楽を見学。

20170729小川神社は、川福寺の裏山にあり、天之御中主命を祀っています。天を司る神として妙見信仰と繋がり、神社の紋は千葉氏と同じ月星紋です。

夏祭の宵宮(毎年7月第四土曜日)では、地元の皆さんの演芸(カラオケ・舞踊)と神楽が奉納されます。

神楽は、大漁豊作・悪魔祓いを祈願して、「おかめとひょっとこの顔合わせ・恵比須様の鯛釣り・獅子舞(前段・後段)」が奉納されます。
〆のお囃子は、漁師町らしく大漁節。地元の皆さんが自然と輪になって踊ります。

この神楽は、旧八日市場市で開催された「第7回房総の郷土芸能」(平成15年)に出演しています。

【この日の進行スケジュール】
17:50~ お囃子(初切り)
18:00~19:20 奉納演芸1部(カラオケ・舞踊)
19:20~19:50 神楽奉納(おかめとひょっとこの顔合わせ・獅子舞)
19:50~20:20 奉納演芸2部(舞踊)
20:20~ お囃子(大漁節・早馬鹿)
20:30~ 神社総代挨拶、お楽しみ抽選会
21:20ころ 終了

【メモ】
先週(7/22)立ち寄って空振りだったので、リベンジ(浅間様の祭り(旧暦6/1)と重なり、1週間ずらしたとのこと)。奉納芸能と神楽は、境内の特設ステージで行われる。神楽は、おかめとひょっとこがオーバーなアクションで互いに顔を見合わせる舞で、他地域ではあまり見ない内容。今回は「恵比須様の鯛釣り」は演じられず残念。獅子舞は、前段が「袖舞・鈴舞・幣舞・剣の舞・悪魔払い」、後段は茶碗酒で寝込んだ獅子をひょっとこがからかう舞(ねこじゃらし?)で、最後まで楽しい舞だった。獅子の舞手が女性だったのも意外。小川町郷土芸能保存会の皆さんが継承し、後継者難だが何とか残していきたいとのこと。
宵宮祭は鎮守のムラ祭り的雰囲気で、ほのぼのと楽しかった。お楽しみ抽選会の景品の多さにも驚いた。見物人は地元の皆さんが多数、カメラマンはなし。川福寺に駐車場あり。
忙しい中、詳しく教えて頂いた神社総代さん、地区役員さん、保存会長さん、地区の皆さん、すっかりお世話になり本当にありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/07/22

山武・本須賀北京塚の獅子舞

山武市(旧成東町)本須賀の八坂神社例大祭で奉納された獅子舞を見学。

20170722起源は不詳ですが、元禄十六年(1703)に作られた獅子頭があるので、江戸中期には舞われていたと考えられます。

本須賀の京塚地区に伝わる獅子舞で、一時中断しましたが、大正元年に復活して現在に至ります。

演目は「平神楽・四ッ足・三匹四ッ足・鳥さし・和藤内・ふり込み」で、かつては疫病退治で本須賀地区をムラ廻りしたこともありました。現在は、八坂神社の例大祭で神輿渡御に供奉して舞を奉納しています。

囃子方は、笛・太鼓・鼓(オーカ)・鼓(コト)で、子供たちもたくさん参加しています。
道中、獅子頭を手挽車(現在は軽トラ)に載せて引き、賑やかに囃しながら進みます。

長く「本須賀北京塚獅子舞保存会」が継承しましたが、後継者難でたびたび廃絶の危機に直面。平成5年から、北京塚地区だけでなく、本須賀全地区による「本須賀八坂神社獅子舞保存会」を作り、伝統を守っています。

【2017年のスケジュール】
7月22日(土)
16:00~ 例大祭(八坂神社)
式典→御霊入れ
獅子舞奉納
宮出し→仮宮へ
17:00ころ 仮宮入り

7月29日(土)
9:00~ 神輿渡御(仮宮→御浜降り)
獅子舞奉納
仮宮→小向→北京塚
11:00~15:00 しおさい会館(仮宮)・昼休憩
15:10~ 御浜降り(本須賀海水浴場)
北河岸→中河岸→東河岸→大南川岸→南京塚→馬渡→南の里→本郷→北の里
21:30ころ 還御(八坂神社)

【メモ】
例大祭は、毎年7月最終土曜日が本祭、その前週土曜日が仮宮祭。今回は仮宮祭を見学。地元の皆さんが見守る中、獅子舞が奉納され、神輿の宮出しが行われ、少し離れた仮宮まで渡御した。獅子舞は、平神楽(序の舞・御幣の舞・鈴の舞・狂い)で余興舞はなし。本祭は祭り衣装だが、仮宮祭は平服で舞っていた。舞手も囃し方も若い世代が多く、心強い。
見学者は地元の皆さんが十数名、カメラマンはなし。神社に駐車場なし。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/07/16

九十九里・おんべん囃子と合連唱

九十九里町真亀の須賀神社祭礼で行われた「おんべん囃子と合連唱」を見学。

20170716須賀神社の祭礼は、「真亀の天王様」と呼ばれ、神輿の御浜降りに囃子連・神子連・獅子連が供奉します。
神子連は真亀上(一区)、獅子連は真亀下(二区)、囃子連は真亀上・下・納屋(三~五区)が3年ごとに輪番制で担当し、長い行列で浜の御仮屋へ進みます。

囃子連は、行列の先頭で「てんのうまつり」「よーいよいやさー」と囃して歩きます。親方を先頭に、カボチャ4人(軍配・御幣)、若い衆(御幣)十数名、アトオセ2人(長竿)で構成され、途中の番所や鎮守様では「おんべん囃子」を、浜の御仮屋・水神社・宮入りでは「合連唱」を奉納します。

「おんべん囃子」は、親方の拍子木を合図に、二列縦隊のまま、腰を低くして廻りながら踊る簡単な手踊りです。
「合連唱」は、親方を中心に輪になって、片肌を脱ぎ右手を振り上げながら地を踏みしめる力強い踊りです。親方が口上を唱えながら手桶けの水を笹で撒き、最後に全員で手打をします。

九十九里には、神輿が浜降りする祭事が多いですが、このように長い行列で賑やかに囃して進む例は珍しいとされます。

【この日の進行スケジュール】
9:00~ 宮出し(須賀神社)
途中、番所2か所でおんべん囃子→神子舞→獅子舞
10:00~13:00 龍宮神社
おんべん囃子→神子舞→獅子舞→昼休憩
14:30~16:00 浜の御仮屋
合連唱→神子舞→獅子舞→休憩
17:00~18:20 水神社(真亀下)
合連唱→神子舞→獅子舞
19:00~ 宮入り(須賀神社)
合連唱(拝殿内)→御霊還し→神子舞→獅子舞
19:40ころ 終了

【メモ】
現在は7月海の日の直前日曜日に催行(旧行は旧暦6月7日)。行列は、囃子連・神子連・神輿・獅子連・花車の順に進む。かつては納屋区が山車を出したが、諸事情(人出不足など)で出せなくなって久しいと云う(須賀神社の山車蔵に飾置き)。道中の番所やお宮では、神子舞と獅子舞も奉納(特に水神社では、両舞ともフルバージョン)。囃子連の「おんべん囃子」は、往復路の途中、適宜演じられる。「合連唱」は、浜の御仮屋、水神社と宮入りの3回のみ。宮入りでは拝殿内の神輿の廻りで踊る。
カメラマンは浜降りでは多数、ムラ廻りは1~3人ほど。須賀神社に駐車場なし。
詳しく教えて頂いた親方さん、役員の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/07/15

船橋・お舟流し

船橋市三山の二宮神社で行われた「お舟流し」を見学。

20170715平安期の治承四年(1180)、都から当地に流された藤原師経の一行を、里人たちが大篝火を焚いて出迎えたことに因んで行われる「大火揚(おおびよ)」(毎年旧暦11月13日の夜)は、昨年取材しました(当時の記事)。
今回の「お舟流し」は、その師経が赦されて都へ戻る際、里人が舟を見送ったことに因み、毎年7月15日の朝に行われています。

参道の石段を下りた御手洗(みたらし)池の細流に、ススキを編んで作った2艘の舟を浮かべ、紙垂を付けた竹で固定します。舟に笹を挿し、笹の葉に紙垂を結んで飾ります。

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 月例祭神事(拝殿)
10:15~ お舟流し(参道の御手洗の流れ)
10:30ころ 終了

【メモ】
朝、神社でススキの束を編んで舟2艘を作る。拝殿で月例祭の後、氏子総代ほか数人が御手洗の流れに移動。お舟流しの手順は、1艘ずつ舟を浮かべ、竹5本を挿して固定してから、笹を挿す。これを2艘分繰り返し、最後に笹に紙垂を付けて飾る。紙垂は、参詣者にも配られ、賑やかに飾られた。その後、神職が修祓して終了。見学者は数人、カメラマンは4人。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/06/18

講演会「鹿島踊りとみろく踊り」

松戸市立博物館で行われた講演会「鹿島踊りとみろく踊り:千葉県の事例を中心に」に行って来ました。

20170618講師は、成城大学准教授で鹿島・弥勒踊り系芸能の研究で知られる俵木悟先生。東京文化財研究所時代の研究論文は、本宅サイトでも基礎資料としています。

房総には、南房総のミノコオドリ、倉橋の弥勒三番叟、茂原昌平町のミノコオドリのほか、小戸や白間津(いずれも南房総市)にも名残りが見られますが、各地で形態がかなり異なります。
県内各地を撮り歩いて、そんな違いに気付き、興味を持つようになりました。
文献を調べても、どうも鹿島の事触れが伝えた鹿島踊りと関係があるらしいことは分かるのですが、東伊豆地方に残る正統な鹿島踊りの芸態とあまりに違い過ぎるのがずっと不思議でした。

今回の講演では、永年の疑問が解消してすっきりしたほか、三匹獅子舞との関連も気になるところです。
講演終了後、映像制作会社のN社長と一緒に、講師控室で俵木先生・学芸員のYさんとしばし房総の民俗芸能談義。研究者の視点を垣間見ることができて、とても参考になりました。

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2017/06/04

我孫子・布佐ひょっとこ睦の里神楽

我孫子市・湖北地区公民館ホールで行われた布佐ひょっとこ睦の江戸里神楽「八雲神詠」を見学。

20170604布佐ひょっとこ睦は、地元・竹内神社の祭礼で2丁目の山車でお囃子を演じるほか、湖北・安食(成田)・六軒(印西)・布川(茨城)の祭礼で活動されています。

今回は結成40周年記念公演で、第一幕としてお囃子(葛西囃子・江戸囃子・踊り囃子(仁羽・投げ合い))と里神楽(寿獅子・大黒舞・両面踊り)が、第二幕として里神楽(三番叟・八雲神詠)が演じられました。

江戸里神楽「八雲神詠」は、高天原を追放された須佐之男命が、出雲を通りかかった際、国津神の老夫婦の娘(櫛名田比売命)を助けるため、一計を講じてヤマタノオロチを退治する物語です。
〆で須佐之男命が日本初の和歌となる「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」と詠い、舞い納めます。

【この日の進行スケジュール】
13:00~ 第一幕
葛西囃子→江戸囃子→踊り囃子(仁羽・投げ合い)→寿獅子・大黒舞・両面踊り
14:15~ 休憩
14:30~ 第二幕
三番叟→五人囃子→八雲神詠
16:00ころ 終了

【メモ】
布佐竹内神社の祭礼で山車で演じられる里神楽と異なり、「八雲神詠」は長編の面芝居。八岐大蛇、須佐之男命、老親(足名椎命と手名椎命)、櫛名田比売命が登場する5人舞で、約50分間の熱演だった。第一幕・二幕とも見応えがあり、お囃子や舞で子供たちが活躍していて頼もしい。
大勢の観客で客席は8割方埋まり、後方ではVTR撮影の人が数人。ホールに駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/05/28

浦安・水神祭(再現行事)

浦安市の境川で再現された水神祭を見学。

20170528浦安の水神祭は、かつて漁師町だった堀江・猫実地区で行われた祭事です。

戦前は毎年6月巳の日(戦後は6月第二週前後の日曜日)に、境川から数十隻の舟を連ねて、沖合に立てた「水神様のボンギ」(棒の木)に向かいます。ボンギでは、神職が御神酒と稚貝を撒き、神楽や囃子を奉納して、海の神様に豊漁祈願と海難者供養をしました。

昭和46年(1971)、海の埋立てが進み、浦安の漁師が漁業権を全面放棄して舟を降りると、水神祭も廃絶しました。

平成9年(1997)に一度再現されて以来、今回は20年ぶりの再現。大漁旗を掲げた「御座舟」を先頭に、猿田彦と浦安囃子保存会が乗る「音舟」、神楽を舞う「踊り舟」、おひねりを網で受け取る伴舟に、浦安細川流投網保存会の「投網舟」の5艘が、境川を往復しました。

【この日の進行スケジュール】
13:45~ 水神祭(再現行事)
境川のあけぼの橋~江川橋間400mを往復
14:20ころ 終了

【メモ】
かつてはべか舟が雑然と係留され、漁師町独特の趣があった境川。放置船が撤去され、きれいに護岸された川では、毎年「カフェテラスin境川」イベントが開かれる。今回は、そのイベント行事の一つとして催行。御座舟と音舟は伝馬船、踊り舟はべか舟、伴舟と投網舟はFRP漁船が使われた。ボンギは、漁師が水路や漁場の目印として沖合に立てた棒で、「棒の木」がなまったもの。現在の浦安市役所から南はすべて埋立地で、かつてボンギが立っていた浅瀬は住宅団地に姿を変えている。漁師の舟が待ち合わせた「待ち合わせのボンギ」の跡は、現在の入船中央エステート内に説明板がある。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/05/27

松戸・東葛雅楽会の雅楽

松戸市・松戸神社で奉納された東葛雅楽会20周年記念の雅楽を見学。

20170527雅楽は、大陸から伝来した楽器や舞が日本独自の発展を遂げ、平安中期に完成した古典音楽です。朝廷や貴族社会で奏された正統の音楽として、「俗楽」と区別されました。

この日は、東葛雅楽会の設立20周年記念で、管弦、浦安の舞、舞楽が神前奉納されました。

東葛雅楽会は、平成8年、東葛地区の神職で結成され、県内では松戸神社のほか、廣幡八幡宮(柏)や玉前神社(一宮町)などで奉仕しています。

【この日の進行スケジュール】
17:00~ 管弦(双調音取→武徳楽→胡飲酒破)
17:35~ 神楽(浦安の舞)
17:50~ 舞楽(抜頭(右方))
18:05ころ 終了

【メモ】
管弦とは、三管(笙・篳篥・龍笛)両弦(琵琶・筝)三鼓(鞨鼓・太鼓・鉦鼓)で奏する器楽合奏。篳篥が主旋律を奏し、龍笛が旋律を装飾し、笙が和音を付ける。神楽は、日本固有の歌舞に外来の篳篥を取り入れた国風歌舞で、今回は「浦安の舞」を披露。舞楽は、大陸系(唐楽)が赤系の装束で舞う「左方」、朝鮮半島系(高麗楽)が緑系の装束で舞う「右方」と呼ばれる。今回の演目「抜頭」は、天平年間にベトナムの僧が朝鮮に伝え、猛獣を討って歓喜する姿を表す。なので右方なのに赤系の装束。里神楽系を見慣れた目には、舞楽特有の動きがとても新鮮だった。
松戸神社の神楽殿は、昨年建て替えられ、杉戸絵(獅子に牡丹)は市有形文化財。見物人は30~40人ほど、カメラマンは3人。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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