2009/09/30

吾妻渓谷・八ツ場ダム

帰路,吾妻渓谷沿いのR145を走っていると,突然,目の前に巨大なコンクリート工作物が現れました。

090930政権交代で建設中止か続行か,世間の注目を集めている八ツ場ダムの工事です。ちょうど広報施設「やんば館」があったので,勉強のために立ち寄ることにしました。

八ツ場ダムの完成予定ジオラマでは,上流域の水没状況と,街の再開発計画を模型で解説しています。巨大ダムなだけに,予想以上に広い範囲が湖底に沈むことが分かってびっくりしました。
写真は,水没する県道の付け替え工事です。ダム湖を渡る道路の橋脚ですが,下の田んぼの軽トラックと比べると,その巨大さが分かります。ちなみに,橋脚の下から3番目の足場が満水時の水面になるようです。

R145沿いでは,国道・県道の付け替え工事と移転用の宅地造成が,山を崩して先行して進んでいました。すでに地元の人々の生活は,大きく変わってしまっているのですね。現状を目の当たりにして,問題の難しさを再認識させられました。

さて,今回の旅の機材は,AF-S DX 18-55mmF3.5-5.6GII,Nikon D40,三脚は軽量のスプリントPROを使用しました。R145から渋川伊香保ICに出て関越道を走り,夜の渋滞前に自宅へ帰り着きました。

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2009/09/29

草津・白根山

2日目は,草津から白根山の湯釜を目指しました。

090930草津から白根山までは,車で30分ほどです。2000m級の山なみを走る道は「日本ロマンチック街道」と素敵な名前がついています。
あいにくの曇りで,雲が低く視界は真っ白。先行車のテールライトも見えないほどで,ちょっと残念。

湯釜のレストハウスに車を置き,歩いて湯釜へ。標高2160mの白根山の火口湖で,エメラルドグリーンの水面が美しい,強酸性湖です。標高が高く,辺りはすっかり紅葉していました。

最近,火山活動が盛んだそうで,半径500mエリアは立入禁止。一番近い中央展望台への遊歩道は閉鎖中でした。やや遠い西側展望所を目指して,遊歩道を登り始めましたが,結構な急坂で途中で断念。振り返ると,弓池の霧が一瞬晴れて,美しい風景を見せてくれました(上の写真,クリックで拡大)。

レストハウスで信州名物・五平餅をほおばり,帰路につきます。帰りは,白根山から再び草津へ戻り,吾妻渓谷沿いのR145を走って,渋川伊香保ICを目指します。

途中,思いがけず,話題の「八ツ場ダム」建設現場を通りかかったので,次はそのお話など。

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2009/09/28

草津・ライトアップ

夕食後,夜の湯畑へ。ライトアップされた湯畑は,昼間と違った幻想的な表情を見せていました。

090928湯畑は,もとは8代将軍徳川吉宗がその湯を江戸城に運ばせたことから,「お汲み上げの湯」と呼ばれていました。今もその湯枠が水中に沈んでいます。

寛政4年(1792),源泉は村の管理となりました。明治20年,湯の花を採集する樋が作られ,明治40年ころから,湯の花が採れる畑=湯畑と呼ばれるようになりました。今でも60度の源泉が毎分4600リットル湧き出る,草津最大の源泉です。

滝の岩肌に見える緑色は,強酸性にも耐える藻(イデユコゴメ)です。この硫黄分と高温に耐えるとは,すごい生命力です。

流れ落ちる湯滝を見下ろす燈篭(写真の右上)は,文政13年(1830)に伊勢太々講中が源泉脇にあった不動堂に寄進した常夜灯です。もとは手前の滝にせり出した岩の上にありましたが,崩落しないように現在の場所に移されたそうです。湯気にけむる石灯籠は,なかなか雰囲気がありました。

この時期,草津の気温は13度ほど。浴衣に丹前を羽織ってもまだ寒いくらいでしたが,大勢の観光客が浴衣姿で散策していました。

次は,翌朝,草津から白根山へと向かいます。

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2009/09/27

草津・熱の湯

湯畑そばにある「熱の湯」は,もとは共同浴場として使われていました。昭和43年から,草津名物「湯もみ」を実演する観光施設となりました。

090927草津の源泉は,熱いところで95度もあり,そのままでは浴用にできません。水で冷ますと温泉の効能が薄まるので,考え出されたのが「湯もみ」です。
熱い温泉を,六尺の板でかき混ぜて,48度くらいまで温度を下げると同時に,入浴前の準備運動をしたのが「湯もみ」の始まりだそうです。

「熱の湯」では,この時期,1日8回,湯もみの実演をしています。湯もみ娘(?)が「草津よいとこ,一度はおいで。ハァ,どっこいしょ」「お湯の中にもこりゃ,花が咲くよ。チョイナチョイナ」と草津節を唄いながら湯をもむ様子は,草津ならでは。有料施設(大人500円)ですが,一見の価値があります。

湯もみを見た後は,宿に戻って夕食を済ませ,旅館の温泉(白旗の湯)を堪能します。自分の手足が見えないほど白濁した硫黄泉で,リラックスできました。
入浴後,今度はライトアップされた夜の湯畑へ散策に出ます。

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2009/09/26

草津・湯畑

シルバーウィークは,連日,房総の祭り取材で駆け回っていたので,罪滅ぼしに妻と草津温泉に行って来ました。

090926自宅を午前10時半ころ出発。外環道→関越道→上信越道を碓氷軽井沢ICで降り,浅間山経由でのんびり草津へ入りました。

最初に,西の河原公園へ向かいます。強烈な硫黄臭とあちこち湧き出る熱湯で,草木も生えない荒涼とした光景が「賽の河原」に例えられます。
温泉街へ戻りがてら,片岡鶴太郎美術館に立ち寄りました。氏の作品はユニークな視点で,結構お気に入りです。入館券が作品の絵葉書なのもちょっとうれしかったです。ミュージアムショップで何点か買い求め,今夜の宿へ。

今回の宿は,湯畑前の老舗旅館さんです。夕食前の時間を,湯畑界隈へ散策に出かけました。遠い新婚時代,湯畑に立ち寄った記憶がありますが,落ち着いて見たのは初めてです。へー,こんな風になってるんだ…などと会話しながら,つい写欲が出て撮り歩きます。
上の写真は,湯畑の滝の落ち口です。今回も,旅のお伴はD40ですが,ちゃんと三脚とリモコン・レリーズ使用です(笑)。湯の花を採る樋を通った源泉が,音を立てて流れ落ち,迫力がありました。

夕食までもう少し時間があるので,「熱の湯」の湯もみショーを観覧に行くことにします。

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2009/08/08

木曽・奈良井宿

今回の旅の終点は,木曽の奈良井宿です。

090808奈良井宿は,中山道の宿場で,俗に「奈良井千軒」と謳われて木曽路11宿の中で最も栄えた宿場でした。

古い街並みが,旧街道に沿って残っています。古い旅籠などが軒を連ねる街並みは,まるで江戸時代に戻ったようで,国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
宿場の端から端まで約1kmを歩いてみましたが,かなり長いです。観光協会では「たぶん日本一長い宿場通り」と言っています(笑)。

奈良井宿の建物は,2階をせり出した出梁(だしばり)造りと袖うだつ,軒の庇を押さえる桟木(さるがしら)が特徴です。家の間口で税が決められたので,間口は狭く,奥行きが長くできています。どの家も表札のほかに屋号の木札が掲げてありました。

写真は,夕方の奈良井宿です。観光客が引き上げると,地元の人たちが打ち水をしたり,水場で立ち話をする姿があちこちで見られ,いつもの静かな街に戻ります。

今回の旅は,高山と白川郷を満喫して大満足でした。旅の機材は,AF-S DX 18-55mmF3.5-5.6GII,Nikon D40,三脚は軽量のスプリントPROを使用しました。
帰路は,R19から塩尻ICに出て中央道を走り,大した渋滞もなく帰り着きました。

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2009/08/07

信州・野麦峠

帰路は,時間に余裕があったので,白川郷から高山へ戻り,木曽街道(R361)で野麦峠に立ち寄ることにしました。

090807野麦峠は,長野と岐阜の県境にある標高1672mの険しい峠です。江戸~昭和初期ころまで,信州松本と飛騨高山を結ぶルートは野麦峠を通らざるを得ず,多くの旅人を苦しめた難所でした。

特に,明治~昭和初期の殖産興業で信州・諏訪地方の製糸業が盛んになると,貧しかった飛騨の農村から少女たちが女工として集団で出稼ぎに送られました。
懸命に働く女工たちの唯一の楽しみは,正月の飛騨への里帰り。暮れに帰省を許された女工たちは,故郷を目指し,厳寒の野麦峠を歩いて越えました。足を滑らせて谷底へ転落する者,凍傷で動けなくなる者が続出し,たくさんの女工が野麦峠で命を落としたそうです。
その悲哀は,山本茂美のノンフィクション小説「あゝ野麦峠」や同名の映画などで後世に伝えられています。それで一度訪ねて見たいと思っていました。

女工たちが行き来した旧野麦街道は,峠の頂上から信州側ワサビ沢までの約1.3kmが長野県史跡として保存されています。写真は,ワサビ沢の「旧野麦街道」入口です。観光客もなく,ひっそりと静まりかえっていました。

次は,野麦峠を下って木曽奈良井宿へと向かいます。

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2009/08/06

飛騨・白川郷

高山から東海北陸道を白川郷ICで降り,合掌造り集落へ向かいます。

090806白川郷は,世界遺産に登録された3集落(白川郷荻町・五箇山菅沼・五箇山相倉)の中で一番大きな集落です。

中でも荻町集落は,巨大な切妻造りの茅葺屋根を持つ合掌造り家屋59棟が点在し,国の重要伝統的建造物群保存地区になっています。
平成7年には,独特の農村景観が「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界文化遺産に登録されました。

合掌造りは,江戸時代の建築で,豪雪と養蚕から生まれたといわれます。
この地方では,幕末から昭和初めにかけて養蚕が盛んでした。豪雪に耐えるため屋根を急勾配の切妻とし,1階は生活の場,2階を蚕の飼育場として使い,蚕の成長に合わせて3階や4階を作業場にしたそうです。2~4階の窓は,蚕場に光と風を取り入れるためのもの。生活の中から生み出された庶民の知恵だからこそ,無駄のない美しさに心が惹かれます。

写真は,荻町城趾から見た集落(クリックで拡大します)。ここから見る農村の風景が一番心に響きました。中央の大きな家は,庄屋や番所役人を務めた和田家で,集落で一番大きい合掌造りです(国重文)。集落内を散策しながら写真を撮ると,意外に電柱や電線が目立つのが気になりました。

次は,帰路,野麦峠を目指します。

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2009/08/05

飛騨・高山の朝市

翌朝,早起きして朝市に行ってみました。

090805朝市は,午前6時ころから高山陣屋前と宮川沿いの2か所で毎朝開かれています。どちらもホテルから歩いて行ける距離なので,両方に行くことにしました。

陣屋前朝市は,大正時代に開かれた昼市・夜市が始まりです。陣屋前の広場に露店が並び,野菜や漬け物,果物や花を売っていました。店の人に聞くと,ほとんどが自家製で,店ごとに袋や説明書きを工夫して個性を出しているそうです。

川沿いを5分ほど歩き,宮川朝市へ移動。こちらは,江戸時代の米・桑・花などの市から始まり,明治中頃から野菜なども並ぶようになりました。道の片側に露店が並び,反対側には早朝営業の土産店や菓子店が並んでいます。こちらは店の数や種類が多く,たくさんの買い物客で賑わっていました。

どちらの朝市も,農家のおばちゃんたち(失礼!)が明るく元気なのが印象的でした。写真は,陣屋前朝市で野菜を売っていたおばちゃん。手前の細長いカボチャを買いました。朝市では,他に漬け物,こくせん,朴葉栗羊羹などを買い込み,楽しい想い出となりました。

次は,いよいよ世界遺産・白川郷へと向かいます。

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2009/08/04

飛騨・馬頭絵馬市

夕食は,飛騨牛の朴葉味噌焼きと地ビールを堪能しました。大きな朴葉の上に,味噌,ネギや椎茸などの具を乗せ,混ぜながら焼く素朴な料理で,もとはみそ汁の代わりだったとか。

090804さて,夜の町を散歩していると,「馬頭絵馬市」の幟を発見。ちょうど山桜神社で絵馬市が開かれていました。

高山の馬頭絵馬市は,高山藩主・金森公の愛馬「山桜」にちなんで始まりました。江戸の振り袖大火で,「山桜」は主君を乗せて江戸城の百軒堀を飛び越えて危機を救ったそうです。
その厩舎があった場所が山桜神社で,病に倒れた山桜の平癒祈願をした所が松倉観音と云われ,夏には両方で馬頭絵馬市が開かれています。

絵馬は,木の絵馬ではなく,和紙に描かれた紙絵馬です。家内安全や商売繁盛の縁起物として,地元の皆さんが熱心に選んでいました。「福」が逃げないように,馬の頭が家の中へ向くように貼るのだそうです。

そのまま古い街並みまで足を延ばすと,昼間の喧噪が嘘のように静まりかえっていました。

次は,早起きして朝市に出かけます。

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2009/08/03

飛騨・古い街並み

高山陣屋から赤い中橋を渡ると,古い街並みが残る上三之町界隈に出ます。

090803「飛騨の小京都」と呼ばれる高山には,江戸時代の古い街並みが残っています。特に,商家町として発展した上町や下町には,出格子と軒が連なる古い建物が続き,国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

地図を片手に歩いていると,人力車を発見。さっそく乗ってみることにしました。
写真は,上三之町界隈の様子。小雨でしたが観光客は多かったです。画面左端の後ろ姿が車夫さん。人力車は,車高が高くて見晴らしがよく,説明しながら見どころを回ってくれるので,町の様子がとてもよく分かってお勧めです。

その後,古い街並みを歩いて散策しました。地元の老舗で風流な店がたくさんあって楽しめました。あちこちに春と秋の高山祭りで使う山車の蔵があって,いつか祭りの時期に訪れたいと思いました。

次は,夜祭りです。

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2009/08/02

飛騨・高山陣屋

妻の休暇に合わせて,飛騨高山~白川郷に行って来ました。

090802中央道→長野道を松本ICで降り,R158で安房峠,平湯峠を越えて高山へ。途中,高山ラーメンの製造所を見学して市内へ入ります。

市営駐車場に車を置き,最初の目的地「高山陣屋」へ向かいます。元禄5年(1692),江戸幕府は高山藩を廃して直轄領としました。高山に陣屋を置いて代官(のち郡代)を派遣し,飛騨地方の山林と鉱山を支配しました。明治維新後は高山県庁舎として使われ,全国にただ一つ現存する天領の陣屋として国史跡に指定されています。

表門(上の写真),役所棟は江戸末期の,年貢米を入れた蔵は江戸初期の建物がそのまま保存されています。建物の屋根は,細板を何枚も積み重ねた板葺きで,山深い場所で多く見られる方式です。復元された御白洲や年貢米を積み上げた蔵が,とてもリアルでした。
門前の広場では,大正時代から朝市が開かれているそうです。明日,早起きして寄ってみようかな。

次は,古い街並みが残る上三之町界隈へと歩きます。

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2009/05/30

長野・善光寺

気分転換に,長野までドライブに行ってきました。

090530小雨の中,朝8時半に自宅を出発。関越道から上信越道に入り,横川SAに10時半着。さらに1時間で長野ICです。ICから市街地まで,善光寺参りの車で大渋滞していました。

今年は,7年に一度の善光寺御開帳の年です。本尊の一光三尊阿弥陀如来は秘仏なので,代わりに7年に一度だけ前立本尊(鎌倉期)が公開されます。前立本尊の阿弥陀如来の右手から金糸が延び,五色糸,白い善の綱と結ばれて,本堂前の大回向柱につながっています。なので,回向柱に触れると御本尊に触れたのと同じご利益があるといわれます。

あわよくば御開帳を見て,なんて思いましたが…。山門から境内まで,ものすごい人で埋め尽くされていました。本殿の内陣は2時間待ち,外陣は1時間半待ち,回向柱に触るのは1時間半待ち,同時公開の山門の内部見学は30分待ちと聞いて,あっさり断念。写真を数枚撮り,1時間ほどで善光寺を後にしました。

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2009/05/08

平泉・中尊寺金色堂

松島から,平泉(岩手県)の中尊寺へ足を延ばします。

090508中尊寺は,平安初期の850年に慈覚大師円仁が開いた天台宗の寺です。平安後期の1105年,奥州藤原氏が中興し,華やかな平泉文化の中心となりました。

奥州藤原氏は蝦夷から東北に移った地方豪族で,朝廷から奥州支配を認められていました。京の政争や源平の勢力争いに巻き込まれず,強大な軍事力と豊富な砂金を背景に,四代(清衡,基衡,秀衡,泰衡)約100年にわたって,奥州で独自の栄華を誇りました。

有名な金色堂は,1124年に清衡公が建立した阿弥陀堂です。屋根瓦のほかは総金箔貼りで,極楽浄土を表現しています。内部の3つの須弥壇(しゅみだん)には,清衡公,基衡公,秀衡公の遺体と泰衡公の首が納められているそうです。
中尊寺は,1337年の火災で伽藍を焼失し,金色堂は唯一建立当時の遺構で国宝です。

金色堂には,築後数十年で簡素な覆い屋根が架けられました。1288年,鎌倉幕府は「覆堂」(さやどう)ですっぽり覆って保護しました。現在は,鉄筋コンクリートの覆堂(上の写真)で保護され,完璧な空調管理で永久保存されています。奥州藤原氏を滅ぼした鎌倉幕府によって保護されたというのも歴史の皮肉を感じます。

今回の旅は,桜を愛でたりおいしいものを食べたりと大満足でした。機材もAF-S DX 18-55mmF3.5-5.6GII,D40,軽量三脚(スプリントPRO)と軽装備で充分間に合いました。
帰路は,平泉ICから東北道→渋滞回避ルートで磐越道→常磐道をひた走って帰りました。

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2009/05/07

松島・島めぐり

松島は,山が海没してできた湾に260余の島が浮かび,美しい景観で日本三景の一つに数えられています。陸からとは違う景色を求めて,船で島めぐりに出かけました。

090507五大堂そばの港から大小の遊覧船が出ていて,巡るコースによって時間と料金が異なります。
愛犬が一緒だと大型の遊覧船はNGとのこと。そこで小型の遊覧船を使うことにしました。
4人までのグループなら6000円で貸し切りになり,船長さんが島の近くで停船して説明してくれますから,ペット連れやアマチュア・カメラマンにもおすすめです。

湾内の島々には,すべて名前が付いているそうです。写真は,鐘島。4つの穴(洞門)に打ち寄せる波が鐘の音に聞こえるので,その名が付いたそうです。
昔,船が小さかったころは穴をくぐるサービスをした時代もあったそうですが,今は崩落の危険もあってやらないそうです。実際,宮城県沖地震で崩落して形が変わってしまった島もあり,今の美しい松島がいつまでも残って欲しいと願わずにはいられませんでした。
40分ほどでしたが,海から松島の魅力を堪能できて,大満足の船旅でした。

次は,再び東北道にのり,岩手県まで足を延ばして平泉・中尊寺を訪ねます。

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2009/05/06

松島・五大堂

瑞巌寺の門前に浮かぶ五大堂は,寺の守護神・五大明王を祀っています。

090506平安初期(807),坂上田村麻呂が東征の際,この島に毘沙門天を祀ったの始まりで,慈覚大師が島に五大明王を祀ったので「五大堂」と呼ばれるようになりました。
伝承によれば,その際,毘沙門天は光を放ちながら沖合いに飛び去り,着いた島が今の毘沙門島だそうです。

現在の建物は,江戸初期(1604)に仙台藩主・伊達政宗公が瑞巌寺の再建と同時に建立したものです。
三間四方の宝形造りで,四方に勾欄のついた縁側と,四面の蟇股に十二支の彫刻が施されています。三百年の風雨に曝されて痛みが激しいですが,桃山期の上品な木造建築で国重文です。
祀っている五大明王像(大聖不動明王・東方降三世・西方大威徳・南方軍荼利・北方金剛夜叉)は,33年に一度ご開帳される秘仏だそうです。

五大堂に架かる赤い橋は,踏み板の間から海が見えるちょっと怖い構造です。「透かし橋」と呼ばれ,「身も心も乱れなく足もとをよく見つめて気を引き締めよ」という意味があるそうです。なるほど。

次は,松島を海から眺めます。

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2009/05/05

松島・瑞巌寺

連休のドライブに,妻と松島(宮城県)~平泉(岩手県)を巡ってきました。今回は次女と愛犬も一緒です。

090505東北道をひた走り,仙台南部・東部道路経由で三陸道松島北ICへ。千円効果で大渋滞を覚悟しましたが,高速道路の渋滞はなし。むしろ松島海岸までの一般道が大渋滞でした。

さすがに大観光地だけあって,松島はものすごい人と車…。何とかコインパーキングに車を置いて,まずは瑞巌寺を訪ねます。

瑞巌寺は,正式には「瑞巌円福禅寺」(臨済宗)といい,平安初期(828)に慈覚大師円仁が天台宗の寺として開創しました。奥州藤原氏の庇護を受けて栄えましたが,藤原氏滅亡後,鎌倉幕府の庇護を受け禅宗に改宗しました。鎌倉中期~江戸初期まで寺は衰亡していたそうです。江戸初期,仙台62万石の藩主・伊達政宗が寺を再建して菩提寺とし,奥州一の大寺となりました。

写真の本堂(1609)は当時のもので国宝です。中に書院造りの部屋があり,藩主専用の「上段の間」や朝廷を迎える「上々段の間」は金箔画の襖(複製)で飾られ,桃山期の華美な影響が現れています。江戸中期,みちのくを旅した松尾芭蕉も「奥の細道」で「七堂甍改まりて金壁荘厳光を輝かし…」と記しています。

隣の庫裡は,大屋根と煙出しの櫓が印象的な旧台所で,こちらも国宝です。宝物館には,本堂の金箔襖絵の実物が分厚いガラスに守られ展示され,見応えがありました。やはり国宝級の建築物ってすごいと思いました。

次は,門前に浮かぶ五大堂へと向かいます。

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2009/02/11

熱海・澤田政廣記念美術館

梅を楽しんだ後,澤田政廣記念美術館に立ち寄ります。

090211熱海出身の彫刻家・澤田政廣氏(1894-1988)は,躍動的な彫像が特徴で,文化勲章を受章しています。
彫刻だけでなく,絵画や陶芸など,幅広い芸術ジャンルで活躍した芸術家です。

美術館のエントランス・ホールの天井には,晩年のステンドグラス作品「飛天」がはめ込まれています。妻はステンドグラスが趣味なので,さっそく館内へ。

手入れの行き届いた庭園にも,氏の彫刻作品が展示されています。写真は,その内の一点。すみません,作品のタイトルは忘れました(汗)。
後ろに咲いているのは,梅ではなく「あたみ桜」。「あたみ桜」って何だ?と調べてみると,どうやらカンザクラの一種(というか,そのもの?)らしいです。河津桜より早く,すっかり満開になっていました。

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2009/02/08

熱海・熱海梅園

梅の香りを求めて,妻と熱海梅園へ行って来ました。

090208熱海梅園は,日本一早咲きの梅で知られています。
もとは,明治19年に横浜の豪商・茂木惣兵衛氏が造成し,熱海に大正天皇の御用邸があったころは御料地になっていたそうです。地元の旅館組合が管理していましたが,昭和35年,熱海市に払い下げられて公園になりました。

今年は,開園以来120年ぶりの大リニューアル工事を終え,梅の木々が若返ったそうです。
山あいの斜面に広がっているので,高い所から見ると園内が一望できます。早咲き種の八重寒紅(紅)や玉牡丹(白)などはほぼ満開。中咲き種が開き初め,遅咲き種のつぼみも大きく膨らんでいます(上の写真,クリックで拡大します)。
全体ではちょうど5分咲きだそうで,小春日和の暖かさも手伝い,人も花もいっぱいでした。

今回から,機材はAF-S DX 17-55/2.8G+D300(1号機)に加えて,AF-S VR 70-200/2.8G+D300(2号機)を投入しました。レンズ交換の必要がなくなり,撮影に集中できていい感じです。

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2009/01/25

大洗・けあらし

「けあらし」を撮りたくて,茨城県の大洗海岸に行って来ました。

090125「けあらし」とは,「気嵐」と書きます。冬の朝,気温と水温の温度差で,海面から湯気が立ち上る蒸気霧です。温度差,天気,風,波の条件が揃ったときに見られる神秘的な自然現象です。

天気予報を入念にチェックして,午前2時ころ現地入りしました。車中泊で夜明けを待ちます。朝方かなり冷え込んだので期待しましたが,残念ながら水平線の雲で光が遮られ,波も高くて海面が荒れ,ほんの少しだけの「けあらし」となりました。

写真は,平太郎浜での1枚です(クリックで拡大します)。機材は,AF-S VR 70-200/2.8G+D300で三脚を使用しています。海鵜がたくさん飛んでいたので,フレームに入れてシャッターを押しましたが,あらら,小さすぎてよく分かりませんねえ。蒸気霧で霞む岩礁に舞い降りてくれないかなーと期待しながら1時間ほど撮影しましたが,波が高すぎたのか海鵜が岩礁に降り立つことは1度もありませんでした。

今回,思いどおりの写真は撮れませんでしたが,こればかりは自然が相手なので仕方ありません。初めて見る光景に感動したのでよしとしましょう。
いずれまた,夜討ち朝駆けでリベンジに来たいと思います。

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2009/01/21

池之端・旧岩崎邸庭園

湯島天神から不忍池に向かって少し歩いて,旧岩崎邸庭園へ。

090121旧岩崎邸は,三菱創家の岩崎家が明治29年に建てた本宅です。設計は鹿鳴館を手がけた英国人建築家ジョサイア・コンドルで,社交用の洋館と生活用の和館,庭に別棟の撞球室(ビリヤード場)まであります。
戦後の財閥解体で国有財産となり,現在は都立公園として公開されています。

写真は,国重文に指定されている洋館です。これもBiogon T* 28/2.8+Contax G2,フィルムはDNPセンチュリア400で撮っています。内部は,個人の邸宅とは思えない規模で,鹿鳴館かと見間違うほど瀟洒でした。
現在の敷地は往時の3分の1ほどだそうで,いや明治の富豪って規模が違ったんですねえ。

旧岩崎邸も今回が初めてでしたが,近場の都内にもたくさん見どころがあって楽しめました。

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2009/01/20

湯島・湯島天神

都内の湯島~池之端界隈をぶらりと歩いてきました。

090120地下鉄千代田線を湯島駅で降り,学問の神様・湯島天神へ。実は,東京のオフィス時代は千代田線で通っていましたが,湯島天神を訪れるのは初めてです。

ビルやマンションに囲まれた中,境内では数本の白梅が咲いていました。さすがに受験シーズン真っ只中です。たくさんの受験生や親が熱心に合格祈願をしていました。
写真は,奉納された絵馬です。Biogon T* 28/2.8+Contax G2,フィルムはDNPセンチュリア400で撮っています。ものすごい数でびっくりしましたが,この時期は数カ所ある奉納所が全部このような状態です。菅原道真公も,この時期は大忙しでしょう。

我が家の下の娘も志望大学に推薦が決まったので,そのことを感謝しながら,今後の学問成就をひそかに祈願しました。
頑張った受験生みんなにサクラが咲くことを願いながら,湯島天神を後にしました。

次は,旧岩崎邸庭園へ向かいます。

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2009/01/01

新しい年

あけましておめでとうございます。

090101新しい年がスタートしました。

当ブログは開設4年目を迎えます。あいかわらず写真1枚+記事少々のスタイルで週1回更新と,マイペースでまったりやっていきたいと思っています。どうぞ,よろしくお付き合いくださいませ。

写真は,岡山・吉備津彦神社にて。1年の好運を射止める縁起物としておなじみの「破魔矢」ですが,以前は登録商標だったとか。知りませんでした。

新しい年が,皆さまにとってより良い年となりますように。今年も,当ブログをよろしくお願いします

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2008/12/23

東京タワー50周年

東京タワーができて,今日でちょうど50年。

081223東京タワーのライトアップは,平成元年から始まりました。それ以前は,単にタワーの形に沿ってライトが点々と灯っていただけでした。って,うーむ,あまり記憶がないなあ。

写真は,50周年記念の特別ライトアップ「ダイヤモンドヴェール」です。デザインは,レインボーブリッジや横浜ベイブリッジを手がけた照明デザインのスペシャリスト石井幹子さん。ダイヤモンドの輝きをイメージしたそうです。
TVなどでは見ていましたが,本物は本当に美しくて感動しました。

今日の東京タワー周辺は,夜遅くまで若いカップルや年輩の夫婦で大変な混雑でした。この特別ライトアップは,12月25日まで,午後8時から2時間限定で見ることができます。

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2008/12/19

浅草・羽子板市

師走の浅草の風物詩,羽子板市に家族で行って来ました。

081219何でこの時期に羽子板?と思いきや,「厄を羽根飛ばし,来年の運を突き上げる」縁起物だそうで,江戸時代から続く伝統行事です。

羽子板は,小さい卓上サイズから特大のものまで,図柄や材料によって値段も様々です。普通サイズでも3万円ほど。中には90万円という逸品もありました。
一応,値段はありますが,そこは下町の市。値踏みをする客と店主の駆け引きで商談が決まっていきます。めでたく商談が成立すると,三本締めで景気よく送り出してくれます。

下町らしさが残る羽子板市。来年の景気が突き上がってくれたらいいなあと思いながら帰りました。

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2008/12/14

上野・東京都美術館

上野・東京都美術館へ行ってきました。

081214目的は,開催中の「大潮展」です。写実派の美術団体の作品展で,今年も油彩画家の父親が出展しています。毎年,能をテーマにした作品を描いていますが,いつも動きや舞台設定が異なるので感心して見ています。

ちょうど「フェルメール展」の最終日と重なって,東京都美術館は大混雑していました。こちらも興味があったのですが,チケット買って1時間半待ちと言われて断念しました。

この日,関東はこの冬一番の冷え込みで,冷たい雨となりました。
写真はコンデジで撮ったものです。雨の日は,何となくモノクロームが似合う気がします。

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2008/11/26

栃木・旧例幣使街道

街の北エリアの旧例幣使街道を歩きます。

081126江戸初期,日光に東照宮が造営され,毎年,朝廷から例幣使(勅使)が下向しました。栃木も宿場町として栄えました。かつて勅使が通った道は,ほとんど姿を消していますが,北エリアには今も旧街道の趣きが残っています。

写真は,旧街道での1枚。古い見世蔵や民家に感心しながら,ぶらり撮り歩きます。
目指すは,「あぶでん」こと,江戸・天明年間に創業した「油屋伝兵衛」です。もともと油屋でしたが,幕末から味噌蔵に変わったそうです。
お目当ては,ここの味噌田楽。里芋,こんにゃく,豆腐に秘伝の味噌をつけた素朴な田楽ですが,とても美味しかったです。

あぶでんで休憩した後,再びうずま川に沿って歩いて戻りました。古い街並み,地元の人との触れ合い,おいしい物にたくさん巡り会い,いい旅でした。

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2008/11/25

栃木・神明宮

栃木の地名のもとになった神明宮を訪ねました。

081125創建は室町期で,本殿は伊勢神宮と同じ神明造りです。伊勢神道の内宮は,屋根の上に鰹木8本を並べ,両端に交叉させた木(千木)が組まれます。
併せて10本の千木・鰹木なので「とちぎ」→栃木になったとか。

ちなみに,千木の先端が垂直に削ってあれば男神,水平なら女神といいます。
この神明宮は,千木の先端が水平に削っていますから,きっと女神を祀っているのでしょう。
ちょうどお宮参りの若夫婦が参っていて,いい雰囲気でした。

次は,北エリアの旧例幣使街道へ向かいます。

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2008/11/24

栃木・山本有三ふるさと記念館

「路傍の石」の作者・山本有三は,ここ栃木の生まれです。

081124市の中心部に,山本有三生誕の地の小さな石碑がありました。見世(店)蔵を改造した記念館は,生家とは違うようですが,書斎を再現した部屋があって,文学的な雰囲気が味わえます。

実は,山本有三は,房総にもゆかりがあります。代表作の一つ「真実一路」は,外房の大原海水浴場の情景を描いています。執筆中に滞在した旧大原町(今のいすみ市)には,真実一路の碑や一路橋という橋があります(あ,これも房総学検定の頻出です)。

青年期に栃木を飛び出し,長く東京に住んで,国会議員にもなったんですね。知りませんでした。東京・三鷹市には,瀟洒な洋館の旧宅が「山本有三記念館」として残っているそうで,そのうち訪れてみたいです。

次は,「とちぎ」の名前の発祥の地,神明宮へ向かいます。

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2008/11/23

栃木・うずま川

妻と栃木路の栃木散策に行ってきました。

081123栃木市を訪ねるのは初めてです。明治17年まで,栃木県の県庁所在地だったそうです。江戸初期,日光東照宮の物資を巴波(うずま)川の舟運で運び,例幣使街道の宿場となって人や物が集まり,明治初期まで大そうな繁栄ぶりだったとか。

カメラを提げてぶらぶらと歩き,うずま川へ。写真は,川畔に残る旧木材回漕問屋の蔵屋敷です。川に沿って歩くと,あちこちに大きな蔵屋敷が残っていて,いい雰囲気です。
蔵が多く残る川越(埼玉)や佐原(千葉)と似てるなあと思っていたら,栃木を含めた3都市で「蔵の街サミット」を開いたそうで,いやいや勉強不足で失礼しました(笑)。

次は,川畔を離れて山本有三ふるさと記念館へ向かいます。

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2008/11/17

日光・大猷院廟

大猷院廟は,3代将軍家光公を祀っています。

081117家光公は,祖父家康公を崇敬し,東照宮を現在のような壮麗な姿に大造営しました。自らも日光に葬られることを望み,輪王寺の大猷院廟奥の院に眠っています。
大猷院廟は,家光公の遺言で東照宮より華美にならないよう配慮されています。それでも,建築と装飾は,まさに江戸初期の粋を集めた見事なものです。

写真は,いちばん大きい二天門(国重文)です。「大猷院」の扁額は,後水尾天皇の筆によるそうです。

大猷院は,日光山内では,東照宮や二荒山神社からさらに奥まったところにあります。そこそこ紅葉樹があり,観光客も少ないので,静かな気持ちで撮影できます。

久しぶりの晴天に,のんびり日光山内を散策できて満足でした。

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2008/11/16

日光・逍遙園

紅葉を求めて,輪王寺の逍遙園へ。

081116輪王寺は,奈良期に勝道上人が開きました。古くは「満願寺」と称しましたが,江戸初期に朝廷から今の山号を賜り,以後,門跡は朝廷の法親王から迎えました。

逍遙園は,京の都から関東に下った門跡の心を癒すため,近江八景を模して造られた和庭園です。11代将軍家斉のころに大改造され,今のような池回遊式庭園になりました。余り広くはありませんが,この時期,紅葉が見ごろを迎えていました。

実は,日光山内二社一寺のエリアで紅葉スポットは,この逍遙園か大猷院(家光廟)くらいです。東照宮は紅葉樹が極端に少なく,今回はパスしました。
写真は,逍遙園での1枚。久々の晴天で気持ちよく撮影していたら,あらら,D300のシャッターが時々切れなくなって焦りました。

次は,参道を大猷院(家光廟)へと向かいます。

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2008/11/15

日光・神橋

日光市街を抜け,赤い神橋が見えると,東照宮はすぐそこです。

081115神橋は,奈良末期,霊峰二荒山頂に向かう勝道上人が大谷川の激流に阻まれて途方に暮れていた時,深砂大王が表れて二匹の蛇を橋としたのが始まりだそうです。
蛇橋を渡った上人は,無事山頂をきわめて二荒山神社の礎を築き,日光開山の祖となりました。

永く簡素な橋だったようですが,江戸期に二荒山に東照宮が造営されると,現在のように朱塗りの立派な橋になりました。同時に,将軍や勅使だけが渡る橋に格上げされ,一般用には隣に日光橋が架けられました。
なので,この橋は二荒山神社の橋なんですね。ずっと東照宮の橋だと思っていました。

国の重文&世界遺産に指定されていますから,通行は制限されています。渡橋料300円で通れますが,渡ってUターンして戻ってくる順路なので対岸には抜けられません。
眼下に流れる大谷川は,中禅寺湖から華厳の滝を落ちてきた清流です。

次は,紅葉を求めて,輪王寺の逍遙園へ向かいます。

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2008/11/14

日光・杉並木

関東では,紅葉シーズン真っ盛り。日光の社寺まで紅葉が降りてきたと聞いて,撮影に出かけました。

081114まずは,車で例幣使街道を目指します。

この街道は,鹿沼~今市~日光へと続く古い杉並木が見事です。390年前,東照宮の造営に伴って植えられた杉は推定20万本。今では,見上げるほどの大木になって,延々13kmも続いています。世界一長い並木道として,ギネスブックに登録されているそうです。

この雰囲気が好きで,日光へ行くときは,ついこの道を選んでしまいます。写真は,途中の杉並木公園で撮りました。保存区画なので昔の街道の雰囲気をよく残しています。
実際の並木道は,大部分が生活道路に使われていて,離合が怖いくらいの狭い舗装路で,結構な交通量があります。この公園は,車を置いて心ゆくまで杉並木を散策できるのでおすすめです。

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2008/11/05

那須・日塩もみじライン

塩原温泉郷を過ぎ,日塩もみじラインへ入ります。

081105もみじラインは,塩原と日光今市を結ぶ全長28.1kmの有料道路です。途中には,ハンターマウンテンスキー場などがあります。名前からして紅葉が期待できそうです。

妻の運転で快調に走ります。標高が高くなるにつれ,色づいた樹々が増えてきました。途中,見事な紅葉を見つける度に,安全な所に車を停めます。写真は,その中の1枚です。
全体的には,このような樹は少なく,色づきは今ひとつでした。そのせいか,きれいな紅葉樹にはたくさん人が集まって,ケータイやらコンデジで写真を撮っていました。

鬼怒川の竜王峡に抜けたころには,とっぷりと日が暮れていました。
今市ICから東北道で帰る予定でしたが,ナビ情報では全線が大渋滞。早々と高速を降りて茨城県内を走り,ノンストップで午後10時ころ帰宅しました。

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2008/11/04

那須・竜化の滝

布滝の近くに車を置いて,歩いて竜化の滝を目指します。

081104国道から森に入り,小さな渓流をさかのぼります。木道が途切れ,岩や流木を跨ぎ,小さな吊り橋を渡って,歩くこと20分。突然,目の前に岩肌が立ち塞がり,滝が姿を現しました。

竜化の滝は,塩原渓谷で最大の滝です。上中下3段,落差60m,狭い滝壺に小さな観瀑所があります。間近で見ると,水の力強さに圧倒されます。
写真は,観瀑所から撮った1枚です。水煙でレンズが濡れるほど近かったのですが,うまく迫力が伝わりませんねえ。

清らかな渓流を取り巻く樹々は,色づき始めの感。ここでも紅葉は今ひとつでした。ま,マイナスイオンをいっぱい浴びてリラックスできたし,機材を担いで山道を歩いた疲れも吹っ飛んだので,良しとしましょう。

次は,日塩もみじラインへと向かいます。

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2008/11/03

那須・塩原渓谷

紅葉を求めて,箒川に沿って国道400号線を北上します。

081103塩原ダムを過ぎると,塩原渓谷の潜竜峡です。淵に身を投げた稚児が竜になり身を潜めたので,その名があるそうです。

おどろおどろしい名前とは裏腹に,実際は,いくつも滝が点在する美しい渓谷です。写真は,遊歩道から見た布滝。上下2段,高低差5~6mですが,かなりの急流です。
周辺の紅葉は,今ひとつ…。写真は,VR70-200mmF2.8Gの手持ちで撮りました。赤や黄色に色づき始めていますが,全体的に青葉が多かったです。紅葉最盛期には,さぞ見事な景観だろうと思います。

近くに車を置き,次は「竜化の滝」を目指して山道を歩きます。

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2008/11/02

那須・千本松牧場

錦秋の風景を求めて,妻と那須~塩原~日光(栃木県)を巡ってきました。

3連休の中日とあって,東北道は起点から西那須野塩原ICまで,ほぼ全線で渋滞…。
西那須野塩原ICをおりて,最初の目的地,千本松牧場でひと休みです。

081102千本松牧場は,明治時代,松方正義・元首相が開拓して開いた欧米式の大規模農場です。大正時代は羊や馬を飼育していたそうです。
戦後,牛を中心にした酪農に変わり,今では550頭の牛が大自然の中でのびのびと育てられています。

観光牧場として,子ども連れの家族でたいそう賑わっていました。が,少し離れた放牧場はのーんびりしたもの(上の写真)。匂いは強烈ですが,しばし牛さんたちに癒されます(笑)。
売店では,おいしい牧場産牛乳が飲めます。農場産の野菜や果物は,驚くほど安いです。お土産に,柿,りんご,みかん,キャベツを山のように買い込みました。

周辺には,県畜産草地研究所や全畜連研修牧場などもあって,雄大な風景が広がっています。

次は,塩原渓谷を目指します。紅葉しているかな~。

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2008/09/23

日高・曼珠沙華2008

秋晴れに誘われて,妻と埼玉・日高に曼珠沙華を見に行きました。

080923この時期,巾着田の曼珠沙華は満開です。林の小径から見ると赤い絨毯のようでした。

花の数もすごいですが,見に来ている人の数もすごい…。大混雑で動きが取れませんでした。アマチュア・カメラマンもたくさん来ていました。三脚も可ですが,あの混雑ではいずれ三脚使用禁止になるかも知れませんね。

写真は,魚眼レンズで超広角的に撮りました。DX Fisheye 10.5mmF2.8Gは,パープル・フリンジが出やすいのが弱点です。このサイズでも,円周部の樹木にパープル・フリンジが目立ちますね。

早々に巾着田の撮影を切り上げ,シャトルバスで高麗(こま)神社へ向かいます。
御祭神は,666年ころ高句麗から渡来し,武蔵国高麗郡を治めた高麗王若光を祀っています。重厚な本殿で驚きました。
裏手には,代々宮司を務める高麗家の旧宅(1596年築,国重文)があり,この日は特別に内部を見学することができました。

今回は,池袋から電車を利用しました。特急で1時間の小旅行でした。

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2008/08/21

会津・野口英世記念館

野口英世は,明治9年(1876),猪苗代湖畔の貧しい農家に生まれました。

0808211歳のとき,囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負いますが,貧しくて医師にかかれませんでした。15歳のとき,癒着した左手の大手術を受け,これがきっかけで医学を目指します。19歳で上京し,21歳で医師試験に合格しました。
順天堂医院や伝染病研究所に勤めた後,24歳でアメリカに渡り,ロックフェラー研究所で蛇毒の血清,梅毒スピロヘータの研究で実績を上げました。
42歳のとき,南米で黄熱病の病原体を発見し,以後は黄熱病の研究に没頭します。50歳でアフリカに渡り,現地で研究中,自らも黄熱病に感染して亡くなりました。

野口英世の生家(上の写真)は,当時のまま保存されています。母屋には,英世が火傷をした囲炉裏や,19歳の上京時に床柱に刻んだ「志を得ざれば再び此の地を踏まず」の文字が残っています。雄大な磐梯山と猪苗代湖に育まれ,世界的な偉人となった野口英世は,会津の大きな誇りだったことでしょう。

今回の会津の旅は,これで終わりです。帰路は,磐梯熱海温泉に立ち寄ってから常磐道で帰宅しました。

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2008/08/20

会津・飯盛山

会津と言えば,白虎隊の悲劇で有名です。白虎隊終焉の地,飯盛山を訪ねました。

080820_2幕末,会津藩では,玄武隊,青龍隊,朱雀隊,白虎隊の4隊が藩の防衛に就きました。白虎隊は,数えで17歳以下の少年兵で構成された予備隊でした。

白虎隊の士中二番隊42名は,猪苗代湖畔の防衛戦に出撃しますが,圧倒的多数の新政府軍の前に敗走します。城を目指して退却する途中,飯盛山で少年兵たちが見たものは,はるか眼下で砲声とどろく城下町と煙炎に包まれた天守閣でした。これを見た少年兵たちは,もはや落城したと思い込み,忠義に殉じてその場で全員が自刃しました。
これが世に伝わる白虎隊の悲劇です。
このとき自刃した1名が,偶然助けられて生還し,悲劇の顛末を後世に伝えたそうです。

写真は,自刃の地に立つ白虎隊士の石像で,若松城の方角を向いています。
眼下には,今は穏やで平和な町並みが広がっています。当時の少年兵たちが見た光景と気持ちを思うと,歴史の過酷さに胸が痛みました。
次は,猪苗代湖畔の野口英世生家を目指します。

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2008/08/19

会津・御薬園

御薬園は,旧会津松平家の日本庭園です。

080819早くから薬草園が置かれたので,御薬園(おやくえん)と呼ばれるようになりました。

現在の庭園は,元禄時代の1696年,遠州流に改修されたものだそうです。
広さは5100坪。池畔の御茶屋御殿から見ると,池には亀島と楽寿亭(写真)が浮かび,東山連山を借景にした純和風の山水庭園が見事です。

薬草園では,領民を疫病から救うため,朝鮮人参や各種薬草の研究が行われていました。そのため,戊辰戦争では政府軍の野戦診療所となり,戦火を免れたそうです。

散策中に雨が降ってきました。雨に濡れる和庭園の風情には,また格別の趣がありました。
次は,白虎隊の舞台となった飯盛山を訪ねます。

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2008/08/18

会津・若松城

会津若松の街に入り,最初に若松城を訪ねました。

080818若松城は,別名を「鶴ケ城」といい,白く気品のある名城です。
戦国時代に蒲生氏が築き,江戸初期に加藤氏が整備し,その後,永く会津松平23万石の居城となりました。
幕末の戊辰戦争で,新政府軍の総攻撃を受けて落城し,破却されていましたが,昭和40年に復元されました。

戊辰戦争は,守旧派の幕府方と急進勢力の薩長方が,日本中を巻き込んで戦った最後の内戦です。
徳川ゆかりの会津松平氏は,徳川家への忠義を重んじて幕府方として戦い,最後は薩長の画策で賊軍になってしまいました。大きな時代のうねりに翻弄され,白虎隊や婦女子の自刃などの悲劇が起き,今も会津の人々の間に語り継がれています。

わずか140年前に,このような凄惨な内戦があった事実を,再認識させられました。
次は,御薬園を訪ねます。

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2008/08/17

会津・大内宿

会津西街道の旧宿場・大内宿を訪ねました。

080817大内宿は,日光と会津若松を結ぶ会津西街道の途中にある山あいの集落です。その昔,会津若松から江戸に上る旅人は,険しい氷玉峠を越えて大内宿で休息し,日光今市を目指しました。
江戸時代は,参勤交代の大名行列が立ち寄る本陣が置かれ,旅籠や問屋が集まって大いに賑わったそうです。

幕末になると,会津征伐の官軍の侵攻を受け,明治以降は阿賀川沿いに新街道が整備されたため,大内宿は時代から取り残され,寂れていきました。

昭和56年,古い街並みが注目され,重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。集落が協力して,トタン屋根を茅葺きに戻し,舗装をはがして,往時の宿場町が再現されました。

写真は,早朝の大内宿です。街道に沿って茅葺き入母屋造りの古民家が並んでいます。その多くは土産物店か蕎麦屋です。両脇の水路ではラムネやスイカを冷やしています。他の重伝建地区と比べると,観光地化の度合いが強いように見えました。でも,一歩裏手に回ると,そこにはちゃんと地元の人々の素朴な生活がありました。
次は,会津若松を目指します。

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2008/08/16

会津・茅葺きの駅舎

080816a会津西街道と平行して走る会津鉄道。昭和62年に旧国鉄会津線が廃止され,第三セクターの会津鉄道が運行しています。今回の旅はクルマですが,途中で湯野上温泉駅に立ち寄りました。

この駅は,日本で唯一の茅葺き屋根の駅舎です。開業は昭和7年ですが,今の駅舎は会津鉄道になってから,大内宿の玄関駅にふさわしい情緒ある建物に改築されたそうです。

無人駅ですが,見学していると商店のおばさんが説明してくれたり,古民家造りの待合室には囲炉裏があったり,近所の人が犬を散歩させたりと,時間がゆっくり流れていました。

080816bしばらく見学していると,ちょうど汽車が到着しました。車体には,会津ゆかりの野口英世とその母シカの写真が描かれていました(新千円札発行記念ペイントだそうです)。
次は,会津西街道の宿場町・大内宿を目指します。

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2008/08/15

会津・塔のへつり

妻の休暇に合わせて,会津若松に行って来ました。

080815東北道を西那須野塩原ICで降り,会津西街道をひた走ります。道の駅で仮眠した後,阿賀川に沿って北上し,最初の目的地「塔のへつり」へ。

塔のへつりは,浸食された岩が塔のようにそそり立つ名勝地です。「へつり」というのは,地元の方言で急な岸や断崖のことだそうです。

早朝,誰もいない観光駐車場から土産物店を抜けると,すぐに渓流に出ました。目の前に,渓流や風化で浸食された柱状の岩がいくつも並び,奇怪な光景が広がります。
下の水流は思ったよりずっと緩やかでしたから,なぜ浸食されるのか不思議に思いました。ただ,このような地形ができるまでに百万年はかかるそうで,国の天然記念物に指定されています。

吊り橋を渡ると,崖の真下まで行くことができます。岩に沿って遊歩道もありますが,崩落していました。しーんと静まりかえった深い山とマイナスイオンが気持ちよかったです。
次は,会津鉄道・湯野上温泉駅を目指します。

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2008/08/10

軽井沢・2008年夏

今年も,家族の恒例行事で夏の軽井沢へ出かけました。

080810今回は,東京で就職した姪も一緒です。
関越道は順調で,途中のSAで釜飯を食べても2時間ちょっとで到着しました。いつもの駐車場に車を預け,旧軽井沢銀座へ。ぶらぶらショッピングを楽しみます。

ミカドコーヒーでモカ・ソフトを食べ,新しいショップをチェック。娘たちに愛犬を任せて,茜屋珈琲店でゆっくり珈琲を楽しみます。ハチミツ屋さんでトチ蜜を舐めていたら,娘たちから携帯にコール。みんなそれぞれ大きな紙袋を抱えています。昼ころになると,通りは人でいっぱいになりました。

午後,人混みを避けて三笠ホテル(写真)へ。訪れるのは20年ぶりくらいです。娘と姪は,さかんにデジカメで写真を撮っていました。せっかくなので,白糸の滝まで足を延ばします。観光バスが何台も来ていて,ものすごい人…。滝の涼風を人の熱気が圧倒していました。
北軽井沢までドライブして遅いランチを食べましたが,旧軽井沢地区と違って犬OKの店がなくて困りました。北軽井沢はペット連れには不向きですね。
中軽井沢から南軽井沢に戻り,友人H氏の別荘を表敬訪問。その後,プリンスのアウトレットに立ち寄って帰宅しました。

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2008/08/04

山梨・赤沢宿2

6月に訪ねた山梨・赤沢宿(記事はこちら)。再び,早朝の情景を撮りに行きました。

080804道の駅で仮眠し,早朝6時ころ現地到着。車を置き,機材を担いで石畳を上り下りします。途中,前回は雨戸が閉まっていた大黒屋さんが,戸を開けて風を通し,打ち水をしていました。今は営業していないので,時々風を通して古い建物を維持しているのですね。

大黒屋さんといえば,前回,軒先のマネギ板(講中札)を写真ブログ(こちら)に掲載したところ,赤沢宿の街おこしブログを主催されている方から,「写っているランプシェードは,赤沢に電気が通った大正11年の物で,赤沢の貴重な文化遺産です」と教えていただきました。ありがとうございました。

石畳の坂を歩いていると,地元の人と行き交います。こちらから声をかけると,笑顔で挨拶を返してくれます。都会と違う人の温もりを感じ,うれしくなりました。
下まで降りると,今度は集落全体を見渡せる場所を探して石畳を上ります。この石畳,結構きつい坂なので,上がりきったときには汗だくになっていました。

今回の撮影行では,朝もやに煙る赤沢の集落を撮りたかったのですが,残念ながら連日の快晴で朝もやは出ませんでした。

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2008/07/27

横浜・中華街

神奈川県高校吹奏楽コンクールに出かけたついでに,横浜中華街へ立ち寄りました。

080727最近,横浜と言えば,みなとみらいや赤れんが倉庫ばかりで,中華街に来るのは3年ぶりです。
いつも立ち寄る店で昼食を済ませ,通りを歩くと,あちこちで天津甘栗の試食をやっていました。また,占い師が多くて驚きました。どのブースも若い女性の列ができていましたから,今は占いがブームなのかしらん(謎)。

写真は,Contax G2で撮った朝陽門です。東を守る青龍神が祀られた中華街最大の牌楼です。フィルムはDNPのセンチュリア400を使っています。

北京五輪を目前に,パンダやら五輪グッズが溢れていた中華街でした。

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2008/06/01

山梨・赤沢宿

赤沢宿の街なみを撮りに山梨に出かけました。

080601赤沢宿は,身延山と七面山を結ぶ身延往還参道の途中にある山あいの集落です。その昔,身延山久遠寺から七面山奥の院に参る巡礼者は,険しい山道を抜けて赤沢で1泊し,七面山を目指したそうです。
講中宿と呼ばれる旅籠があちこちに残っていて,重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

いつか撮りに行きたいと思っていましたが,実際に訪れるとアプローチの不便さに驚きます。でも,そのおかげで,他の重伝地区のように観光地化されず,素朴さが残っています。

集落には,石畳の急坂に沿って旅籠が点在しています。その多くは廃業し,建物も荒れていましたが,軒先には往時の「板マネギ」(講中札)が今も残っていて,風情がありました。

心に響く赤沢宿の情景。雨の早朝が似合いそうな街なみでした。

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2008/05/25

栃木・足利学校

先週,妻と栃木路の足利散策に行ってきました。

080525駅前に車を預け,カメラを提げてぶらぶらと市内を歩きました。
途中の市立美術館で,足利出身の相田みつをの作品を見学。遊学館で機織体験を楽しんだりしながら,旧跡・足利学校へ。

中世に開かれた日本最古の学校で,ザビエルも「坂東の大学」と本国に報告したそうです。当時の建物が忠実に復元されていました(写真)。足利氏がのちに室町幕府を開いたのも,学校教育の成果だったのでしょうね。

古い土蔵が残る街なみを歩き,足利氏の旧居館跡で菩提寺の古寺を訪ね,市街を見下ろす山頂の織姫神社へ。250段の石段を登ると,渡良瀬川や市街地が一望できて,爽快でした。古い建物が残る足利は,レトロモダンな街でした。

ここでちょっとPRを。新しく写真専用ブログとして「Perforation ?」(パーフォレーション)を開設しました。足利で撮り歩いた写真もUPしていますので,どうぞご覧ください。

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2008/04/13

都会の神社

都内で見かける気になる風景に,虎ノ門の金比羅神社があります。

080413周りはオフィスビルが建ち並び,参道までがビルの敷地の一部になっています。新しいビル街と由緒ある神社の重厚さが何ともアンバランスで不思議な空間です。

どうして東京にこんぴらさんが?と思いきや,江戸期に讃岐丸亀藩主の京極家が,江戸藩邸に勧請したものだそうです。江戸庶民にも参詣が許され,当時は「こんぴら詣り」が大人気だったようです。

東京都選定歴史的建造物に指定されていますが,空襲で焼失したので,権現造りの社殿と拝殿は昭和26年の,コンクリート造りの本殿は昭和56年の再建です。

周囲を高層ビルに囲まれて,こんぴらさんもちょっと窮屈そうでした。

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2007/12/23

横浜・山下公園

街はすっかりクリスマス一色です。

071223毎年この時期になると,仕事もプライベートも年末進行で大忙しです。オーバーワーク→深夜の帰宅→休日は寝て休養→不完全燃焼,の悪循環でモチベーションは下がる一方です。そんな時は,頭の中でTVドラマ「働きマン」のエンディング「働きマン音頭」をエンドレスで回して,一人テンションを上げています(笑)。

この時期,クリスマス・イルミネーションが絶好の被写体なんですが,写真撮りに行くのは当分無理。
ということで,右の写真は,先日,横浜の山下公園で撮ったものです。若いカップルに紛れて,三脚かついでウロウロしましたが,傍目から見たらとっても怪しいかも…。横浜の夜景って,本当に綺麗です。ここが千葉じゃないのが残念なくらい(意味不明)。

年末年始の休みを楽しみに,明日も頑張りましょう。

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2007/12/09

上野・ムンク展

国立西洋美術館で開催中の「ムンク展」に行ってきました。

071209ムンクは,ノルウェーを代表する表現主義派の画家です。「叫び」という作品はあまりにも有名です。
ムンクの作品は,死,孤独,嫉妬,不安といった感情を,暗い色調と非現実的な心象風景に描き込んだ独特の作風です。去年行ったダリ展と同じで,ちょっと特異で理解しにくい世界ですが,それだけに興味がありました。

今回のムンク展は,オスロ市立ムンク美術館が収蔵する装飾画が中心でした。邸宅や劇場,大学や工場から頼まれて描いた作品ですが,独特の表現手法のために依頼者から受け取りを拒否されたこともあったようです。

ムンクは,複数の作品を組み合わせて一つのテーマを表現しようとしました。1枚1枚背景や人の配置を変えて何度も描き直したそうです。組み写真的な表現と,画面の中の構成要素を足したり引いたりしてベストな表現を追求するのは,写真の技法と同じでいい勉強になりました。

ムンク展は,2008年1月6日までです。

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2007/11/18

鎌倉・鶴岡八幡宮

久しぶりに鎌倉に出かけました。

071118紅葉を期待したのですが,鎌倉の山々は青々としていました。やっぱり早すぎたか…。それでも,五山巡りで歩いている人たちは多く,道路は大渋滞していました。

ちょうど七五三の時期で,鶴岡八幡宮では,着飾った子供たちの手を引く若夫婦と,祖父母と思しき老夫婦の姿をたくさん見かけました。そういえば…と,娘たちの七五三を妻と懐かしく思い出しました。
外国からの観光客には珍しかったようで,盛んにパチパチと写真を撮っていました。

写真は,鶴岡八幡宮の森で見かけた野生のリス。何人かのアマチュア・カメラマンが一斉にレンズを向けましたが,すぐに枝から枝へ飛び移り,姿を消してしまいました。
ズーム端の300mm相当ですが,こういうときAPS-C+高倍率ズームって便利ですね。

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2007/11/11

横浜・赤レンガ倉庫

このところ,よく横浜に出かけています。

071111目的は夜景の撮影なんですが,横浜だけに魅力的なショップが多く,夕暮れを待つ間,時間を忘れて買い物に熱中することもしばしばです。
先日も,日本丸メモリアルパークでフリーマーケットに立ち寄り,赤レンガ倉庫でショップを回り,カフェテリアで休憩したら,もう撮影のテンションはガタ落ちでした。まったく,何しに行ってんだか…。(笑)

写真は,夕暮れの赤レンガ倉庫です。明治初期の建築で,関税倉庫の役目を終えて,ショッピング・モールに大変身しました。夜になると,間接照明で赤レンガと鉄骨が浮かび上がり,恋人たちにも人気の夜景スポットです。

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2007/11/04

軽井沢・雲場池

紅葉を撮りに軽井沢に行きました。この時期に軽井沢を訪れるのは初めてですが,雲場池の紅葉が見ごろになっていました。

071104早朝,人が少ないうちに撮影開始です。浅曇りなので,光がきれいに回る方向を考えながら三脚を担いでウロウロします。

曇り空を入れないフレーミングにして,赤ならマイナス補正,黄色ならプラス補正,PLフィルタ使わなきゃ…と頭で分かっていても,なかなか実践できません。なぜなら,時間とともに観光客が増えてきて,池畔の遊歩道は人だらけ…。フレームに写りこむ人影が途絶えた瞬間,バシバシと段階露出で撮りまくることになるので,ゆっくり考えている余裕はないのです。(オイオイ)

上の写真は,少しだけ青空が広がったときに撮りました。水面に映った青空がとてもきれいでした。今回撮影したのは50カットほど。池畔を一周して撮り終えたころ,いいポイントはアマチュア・カメラマンがいっぱいでした。午前9時半ころ撤収しました。

今回,お世話になった現地在住の友人H氏に感謝です。素敵な別荘でワインを飲みながら聴くJazzは最高でした。

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2007/10/07

汐留・浜離宮公園

浜離宮公園にコスモスを撮りに行きました。

071007再開発が進む汐留は,ずいぶん高層ビルが増えました。高層ビルとコスモスの競演(?)という東京ならではの秋景が撮れるスポットです。

朝9時の開園と同時に入りましたが…。夏のキバナコスモスの群生は花が終わり,秋のコスモスはパラパラと咲いている程度(右の写真)。あらら…。
秋晴れの一日でしたが,コスモスは全然絵になりませんでした。

アマチュアカメラマンは何人か来ていましたが,皆さん,撮影に苦労していました。今日は気合を入れて,F3にポジを詰めて三脚立てたのに…。結局,望遠レンズで花の少なさをごまかしながら10枚ほど撮っただけで早々に撤収しました。
こりゃ,来週はリベンジだな。

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2007/09/24

日高・曼珠沙華

お彼岸を迎えて,真夏日続きの関東もようやく秋めいてきました。

夏の遊び疲れと,山と溜まった仕事に加えて,市民カレッジで喋る準備やら休日出勤やらで,あっと言う間に9月も終わり…。写真から遠ざかっていると,どんどんテンションが下がります。そこで,埼玉・日高市の巾着田で存分にシャッターを押してきました。

070924巾着田は,曼珠沙華の群生で有名です。早咲きエリアはちょうど見ごろを迎えていました。
昔,この河原で仕事仲間とBBQをしましたが,その頃は何もなかったような…。今はこの時期に決まってTV報道されるほど有名で,ツアーの観光バスが何台も並んでいました。もちろん,アマチュア・カメラマンもたくさん来ていました。

上の写真は,AF-S DX VR18-200mmF3.5-5.6Gの望遠端+絞り開放で撮りました。小雨上がりで水滴がきれいでした。こうなると,花撮り用に105mmクラスのマクロレンズが欲しくなります。

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2007/08/26

信州・海野宿

古い街並みを訪ねて,海野宿に来ています。

070826海野宿は,北国街道の宿場町で,本陣が置かれていました。明治期は養蚕で栄え,用水が流れる街道に沿って古い家々が軒を連ねる美しい街並みが残っています。

海野宿には,古い養蚕農家の建物がよく保存されています(左の写真)。建物の両側に張り出している袖壁は「うだつ」です。裕福でないと上がらないので,今でも「うだつがあがらない」などと例えますね。
他にも,「気抜き」と呼ばれる小屋根は,蚕を飼う際の保温用に焚く火の煙を抜くためのもの。窓には長短2本ずつ交互に木を組む「海野格子」など,養蚕業で栄えた当時の特徴をよく残していて,重要伝統的建物群保存地区に指定されています。

こういう古い街並みを撮っていると,何だかほっとした気持ちになります。何となく雨が似合いそうな,しっとりした街並みで,今度は雨の日に撮りに来たいと思いました。

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2007/08/22

富士山

妻の夏休みに合わせて,夫婦で富士山へドライブに行きました。

070822この日のプロデュースは妻。行き先やレストランは,妻におまかせです。
夏休み終盤の平日で,中央高速は渋滞もなく,妻の運転で一気に富士山5合目へ。この日,下界は30度を超える真夏日でしたが,5合目(標高2300m)の温度計は24度。風が吹くと寒いくらいで,売店でウィンドブレーカーを買いました。

5合目を後にして,昼食は河口湖大橋近くの「不動茶屋」さんへ。長野の古民家を移築したそば処で,田舎風のそばが美味しかったです。どんぶりが洗面器ほどもある大きさで驚きました(あ,実際は趣きのあるシックな器ですよ)。

近くの宝石館や農作物直売所などを覗いて,鳴沢村の立ち寄り湯「ゆらり」さんへ。風水に基づいた16種類のお風呂が楽しめます。別料金で貸切風呂もあって,大きな窓から富士山を見ながら入る温泉は格別で,とてもリラックスできました。

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2007/08/16

大阪・新世界

本場のたこ焼きを食べたくなって,大阪に行きました。

070816大阪の繁華街は,ものすごい食のパワーを感じます。
写真は,通天閣がある「新世界」界隈です。ド派手な広告に圧倒されました。この混沌とした雑然さこそ,大阪パワーの源かも知れません(右すみは,幸福の神様「金のビリケン」さんです)。

この後,タクシーで道頓堀へ。こちらもすごい人出で,熱気があふれていました。グリコ・マークやカニの動くオブジェ,食い倒れ人形に大阪へ来た実感が湧きました(笑)。

心斎橋では本場のたこ焼きを味わいました。中の具が,もち,明太子,牛スジ,チーズ…と色々選べるのが面白かったです。でも,私はやっぱり普通のタコが一番でした。

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2007/08/15

吹屋・吹屋小学校

ベンガラの街並みから5分ほど歩くと,吹屋小学校があります。

070815吹屋が一番賑やかだった明治33~42年(1900~1909)にかけて落成した木造校舎は,今年で107歳になります。私が卒業した小学校は味気ない鉄筋コンクリート校舎でしたが,この古い木造校舎は,石州瓦と良質の木材がふんだんに使われ,小さいながら凝ったデザインで気品と温かさを感じます。

何より驚くのは,この校舎が現役だということです。実際に使われている木造校舎では日本最古と言われ,県の重要文化財に指定されています。祖父母や両親が学んだのと同じ校舎で,7人の子供たちが仲良く複式学級で学んでいます。訪れた日も,子供たちがプールで歓声を上げていました。

こんな素晴らしい校舎と地域の暖かい目に見守られて育つ子供たちは幸せですね。いつまでも残って欲しい風景だと思いました。

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2007/08/14

吹屋・ベンガラの町

岡山県の山間にある吹屋(ふきや)の町を訪れました。

070814吹屋は,江戸~昭和初期にかけて,吉岡銅山の鉱山町として賑わいました。江戸中期には,銅山の捨石(硫化鉄鉱)からベンガラ(赤色顔料)を製造する技法が開発され,銅山とベンガラの両方で大いに繁栄しました。
防腐剤などに使われたベンガラは,それまで中国からの輸入に頼る貴重品でした。吹屋のベンガラは全国に出荷され,伊万里焼や九谷焼の顔料としても珍重されて,ベンガラ製造家は莫大な富を得たそうです。

街道沿いには,今も,石州瓦と白壁造り,格子をベンガラで塗った家々が軒を連ねて残っています。その独特の赤い風景は,国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。
今回,どうしてもこの町を撮りたいと思っていました。上の写真は中町界隈の街並みですが,個人的には,この道を下った下谷界隈の風景に心が惹かれました。

吹屋へのアクセスは,車1台がやっと通れる細い山道を何kmも上る必要があり,極端に悪いです。でも,町に風情が残っているのは,そのおかげかも知れません。
次回は,吹屋小学校について書いて見たいと思います。

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2007/07/01

青梅・幻の昭和

旧街道を住吉神社に向かって歩くと,昭和幻燈館はすぐそこです。

070602_4一見,駄菓子屋さんのような店内の奥が博物館になっています。中には,久保板観さんの映画看板と,映像美術の第一人者で,昭和の心象風景を作り続ける山本高樹さんのジオラマ作品が並んでいます。

薄暗い灯りに浮かぶジオラマが,消え行く昭和を彷彿とさせて郷愁を誘います。作品には,永井荷風や江戸川乱歩が隠れています。彼らを探しながら見るのも面白いです。

山本高樹さんのサイト「模型日和下駄」では,昭和幻燈館の作品も紹介されています。ちなみに,山本さんは千葉出身だそうです。

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2007/06/24

青梅・パワフルな昭和

次は,赤塚不二夫会館です。

070602_3ここは,もと病院だった建物だそうで,中は昭和のギャグ漫画王・赤塚不二夫ワールドになっています。
ご存知バカボンのパパなど,「天才バカボン」のキャラクターたちが強烈なパワーで出迎えてくれます。

でも,何で青梅と赤塚不二夫なんでしょうか?実は,赤塚氏は若いころから大の映画好き。新潟で映画看板を描いていた時代もありました。青梅が映画看板で街おこし…と知った赤塚氏は,昭和の元気の象徴としてこの会館をオープンさせたそうです。

漫画家仲間と下積み時代を過ごしたトキワ荘のコーナーが,貧しいながらも元気だった昭和を物語っていました。

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2007/06/17

青梅・懐かしの昭和パッケージ

前回(6月2日)に続いて,青梅へ。昭和レトロを楽しめる3つの博物館を巡りました。

070602_2_1まずは,昭和レトロ商品博物館へ。後で赤塚不二夫会館,昭和幻燈館も回るので,お得な3館共通券を買いました。

古い家具屋だった建物に,昭和30~40年代の文房具,玩具,菓子や薬,ドリンク缶などの商品パッケージが所狭しと展示されています。子供のころに使っていた商品や欲しかった商品を見つけて,「あれ,あったよなー」と懐かしく見入ってしまいました。

2階は,明治の文豪・小泉八雲の怪談「雪おんな」のコーナーです。このお話,きこりが吹雪で遭難し,雪女に凍死させられそうになりますが,何とか助かります。のちに美しい娘と夫婦になり,その話を打ち明けたら,何と妻があの雪女だった…という恐ろしい物語です。
館長さんによれば,数年前,小説の舞台が青梅の旧調布村らしいと分かり,地元ではちょっとした雪おんなブームなのだそうです。

併設の喫茶店「となりのレトロ」は,お手製のケーキセットがおいしくておすすめでした。

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2007/06/10

豊後高田・富貴寺

国東半島は,昔から仏の里と呼ばれ,神と仏(と鬼)が混在する独特の信仰文化を育てました。国宝の富貴寺,真木の大堂,熊野の磨崖仏と回りました。

070611写真は,富貴寺の大堂(国宝)です。718年に開創された天台宗の古刹で,大堂は平安後期の建立。本尊の阿弥陀如来坐像と壁画は国重要文化財です。
この地にあった大カヤの木でこの大堂を造り,仏像を刻んだと伝えられます。

真木の大堂は,平安時代に開かれた伝乗寺で,日本一大きな大威徳明王像,大火焔を負った不動明王像,阿弥陀如来像の3体(いずれも国重文)が必見です。
この大堂は,先ほどの大カヤの余材で牛を刻み,さらに余材を牛に乗せて熊野へ運ぶ途中,牛が動かなくなった所だと言われています。なるほど確かに,大威徳明王像は牛に乗った珍しい仏像でした。

熊野の磨崖仏は,山の崖に巨大な石仏を刻んだもので,藤原末期の作だそうです。
坂道を数百m登ると,大きな岩の乱積みの石段になります。鬼が一夜で築いたというだけに歩きにくく,登り切ったころには息が切れました。
静けさの中,しばし石仏の前で一休み。苦労して登っただけに,感動もひとしおでした。

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2007/06/09

豊後高田・昭和ロマン蔵

新町通り商店街,中央通り商店街と古い商店街を散策して,再びバスターミナルへ。今年4月にリニューアルした昭和ロマン蔵に立ち寄ります。

070609_2もとは地元の資産家・野村家の旧高田農業倉庫(米蔵)で,巨大な蔵が博物館やレストランに改装されています。

懐かしおもちゃ5万点を集めた駄菓子屋の夢博物館,黒崎義介画伯の絵本原画を展示する昭和の絵本美術館に加えて,4月に昭和の夢町3丁目館がオープン。路地を抜けると,夕焼け空の空き地,板塀に囲まれた家があり,センサー仕掛けであの頃の音まで再現されています。

中庭には,オート三輪やミゼットが停まっています。以前は,ミゼットの試乗ができたそうですが,残念ながらやっていませんでした。子供のころ,夏休みで田舎に帰省したとき,オート三輪の助手席に乗って,今は亡き伯父の配達について回った記憶が懐かしく蘇りました。

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2007/06/08

豊後高田・昭和の町

昭和の町と言えば,大分・豊後高田市が有名です。九州に行ったので,豊後高田まで足を伸ばしました。

豊後高田は,昭和30年代,国東半島一賑やかな町でした。古い商店街には,昭和初期の古い建物が多く,当時の生活が息づいています。

070609写真は,バスターミナル前の宇佐参宮タクシーさん。創業は昭和18年,廃線となった旧大分交通宇佐参宮線豊後高田駅前で開業しました。
営業所には,なんと昭和9年製7人乗りのシボレーがありました。当時は国産乗用車がなく,タクシーは米国車を使っていたとか。ナンバーも当時のままで,いつでも走れる状態だそうです(乗車は不可です)。

商店街を散策すると,おかもちを積んだ自転車が置いてある大衆食堂,昔の給食を出すカフェ,昔のガソリンスタンドなどがあって,楽しめます。

豊後高田の昭和の町,公式サイトはこちらです。

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2007/06/02

青梅・昭和レトロ

「昭和レトロ」という言葉は,東京・青梅市から生まれたそうです。昭和の名残を求めて,久々に青梅に行ってきました。

070602駅前の旧街道沿いに,古い商店が建ち並んでいます。所々に,昔懐かしい映画看板が掲げられ,なるほど,昭和レトロな雰囲気が街中に漂っています。

空き店舗が増え,衰退する商店街を活性化したい…。住江町商店街が知恵を出し合って,昭和レトロ商品博物館,青梅赤塚不二夫会館,昭和幻燈館を作り,商店街をまるごと博物館にしたそうです。
観光客が増え,成功例として都のモデル事業となり,平成17年には地域づくり総務大臣表彰を受けました。

手描きの映画看板は,地元の看板師・久保板観さんの作。16歳で描き始め,街に映画館がなくなった今も,当時のまま,絵の具の粉をニカワで伸ばす「泥絵の具」で丹精込めて描いています。
キネマ通りから呑竜横丁へ歩くと,ありましたよ,丹下左膳の看板(上の写真)。板観さんは,この映画の看板に惹かれてこの世界に入ったそうです。

青梅宿の散策は,住江町商店街振興会のサイトに詳しい案内が載っています。

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2007/05/04

館林・つつじが岡公園

館林(群馬県)のつつじが岡公園に行ってきました。

070504旧館林藩の庭園ですが,昔から山つつじが群生して「つつじケ崎」と呼ばれていたそうです。歴代の領主が植樹を重ね,今では50種1万株も。中には樹齢800年を超える古木もありました。庭木で低木のイメージですが,どのつつじも背丈より高く,満開の花が見事でした。

船に乗って城沼を渡り,田山花袋の文学記念館や旧居を訪ねます。お昼は地元の人に教えてもらった銘店で名物の館林うどんをいただきました。

さらに足を伸ばして,「分福茶釜」で有名な茂林寺へ。狸が茶釜に化ける寓話ですが,寺宝の「茶釜」を見ていると本当らしく思えてくるから不思議です。

館林は意外と近い穴場で楽しめました。歴史的な建物も多く,いつかゆっくり街なかを散策したい街です。

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2007/04/22

浅草・浅草寺

久しぶりに,妻と浅草を散策しました。

070422雷門から仲見世へ,名物の人形焼きやせんべい屋さんをのぞきながら歩きます。休日の仲見世は,たくさんの人で賑わっています。外国のお客さんも多く,いろいろな国の言葉が飛び交っていました。

今まで気がつかなかったけれど,境内には古い建物が多くて絵になりますね。途中,ニコンのデジ一眼を持った外国人の皆さんと一緒になりました。皆さん,譲りあって撮影していて,マナーが良かったです。

今日は久しぶりにMFのフィルムカメラを持ち出しました。露出を決めて,ピントを合わせ,ゆっくりシャッターを切る…。浅草は,そんなまったりした撮り方が似合う街です。

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2007/03/21

那須・ステンドグラス美術館

妻が趣味でステンドグラスを始めたので,妻を誘って,那須高原のステンドグラス美術館に行ってきました。

070321この美術館は,北関東でブライダル事業を展開するSUZUYAが運営しています。イギリス風の石積み建築の教会で,ちゃんと結婚式も挙げられます。いたるところに,1800~1900年代のアンティークステンドグラス作品が展示されています。特に,セント・ラファエル礼拝堂の壁面いっぱいのステンドグラスは圧巻でした。ゆったりとした空間で,パイプオルガンを聴きながら,柔らかな光に包まれていると,何世紀も昔のヨーロッパにタイムスリップしたようでした。

残念ながら,館内は撮影禁止です。上の写真は美術館から届いた絵葉書です。アンケートに答えただけですが,スタッフの肉筆で来館のお礼と熱意が綴られていて,感激しました。

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2007/03/11

石和・ほったらかし温泉

前の職場でお世話になった上司が,定年を待たずに退職することになりました。感謝の気持ちを込めて,当時のメンバーが集まり,石和温泉(山梨県)に行きました。

070310石和温泉は,東京から近いので,職場の旅行会でもよく使います。今回は,気心が知れた仲間うちの旅行なので,飲むばかりじゃつまらない。そこで,「のんき村」で陶芸体験をしたり,「ほったらかし温泉」に行くことにしました。

ほったらかし温泉」は,甲府盆地を見下ろす山頂の露天風呂です。以前は道も設備もなく,無人で放置されていたのでその名があるようです。露天風呂は,雄大な富士山の眺望が楽しめる「こっちの湯」と,甲府盆地の夜景が美しい「あっちの湯」があって,どちらも日の出1時間前から夜10時まで営業しています。

写真は,「あっちの湯」からケータイで撮った富士山です。雄大な景色を見ながら入る露天風呂は,それはもう最高でした(ちょっと寒かったけど)。

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2007/01/14

江戸城展

江戸東京博物館で開催中の「江戸城展」に行ってきました。

070114太田道灌の江戸城築城550年を記念した特別展で,江戸時代270年のうち,わずか60年しか存在しなかった幻の江戸城天守閣にスポットを当てています。

江戸城の天守閣は,短期間に3回建て直されました。最後は,3代将軍家光が建てた寛永期の天守閣ですが,これも明暦の大火(1657)で焼失しました。江戸の復興には莫大な費用がかかり,その後の211年間,江戸城天守閣は再建されることなく,明治維新を迎えました。

絵図や屏風絵に描かれた天守閣は,将軍家の威光を示す巨大な5層の天守閣です。映像シアターで見る本丸御殿と天守閣のバーチャル映像が大迫力で感動しました。

さすがに関心が高いようで,年齢層を問わずたくさんの人で混みあっていました。江戸城展,3月4日まで開かれています。

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2006/12/23

有楽町・クリスマス

車で都内に出たついでに有楽町へ。クリスマス前で賑わう都心に,車なんかで行くもんじゃないですね。空いている駐車場所探しが大変でした。

061224有楽町は,東京勤めだったころ,帰りに仲間と飲みに行ったり,ビッグカメラでパソコンのパーツを買ったり,よく行きました。ある意味で「馴染んだ」街だと思っていましたが,今は年に数回,用事で行く程度。ですから,さすがに街の変化には付いて行けません。でも,自分が一番ショックだったのは,人の多さにまいったことでした。昔は,そんなこと全然気にならなかったのに,ここ数年の地方暮らしのせいか,自分でも驚いています。もっとも,それが正常な感覚かも知れません。

都心のイルミネーションは,さすがに洗練されています。この日は,結局,娘のiPodのジャケットを買って帰路に着きましたが,駐車料金の方がはるかに高かったです(笑)。

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2006/12/17

上野・大潮展

先週に続いて,上野へ。東京都美術館で開催中の「大潮展」に行ってきました。

この作品展は,大潮会という写実派の美術団体が毎年12月に開催しています。油彩画家でもある父親が,毎年,能をテーマにした作品を出品しています。私は,もっぱら写真で,絵は描けません。でも,絵と写真は,構図,色彩,背景の処理など共通点が多いので,たくさんの作品を見ているといい勉強になります。

061217この日は,ちょうど「大エルミタージュ美術館展」の期間中で,美術館は大混雑でした。
空きコインロッカーを探してさまよっていたら,別のフロアでどこかの作品展の準備をしていました。珍しい光景だなあと思い,さっそく撮ったのがこの写真です。

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2006/12/10

上野・ダリ展

上野の森美術館で開催中の「ダリ生誕100年記念回顧展」に行ってきました。

061210ダリといえば,シュールレアリズム(超現実主義)を代表する画家です。グニャっとした懐中時計が木にかかっている「記憶の固執」という作品が,強烈な印象で記憶に残っていました。今回のダリ展は,娘たちも興味があったようなので,家族そろって出かけました。
ダリの作品は,偏執狂的批判的な視点で独特の心象世界を描いています。正直なところ,ダリの世界は特異すぎて理解できない作品が多いのですが,初期のころは意外と普通の印象派的な作風だったんですね。ふーん。

今回のダリ展は,スペインのガラ・サルバドール・ダリ財団とアメリカのサルバドール・ダリ美術館の主催です。滅多に見られない機会とあって,とてもたくさんの人でした。チケットを買って入館するまで約40分待ち。館内も,作品の前はすごい人の列で全然動きませんでした。帰りにミュージアムショップで作品の複製でも…と思いましたが,ちょっと飾れないなと考え直しました。
写真は,上の娘がケータイで撮りました。コインロッカーもしっかり「ダリ」していました(笑)。

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2006/11/19

涙雨

中学校の同窓会で広島に行ってきました。

私にとって,中学~高校時代を過ごした広島は,想い出が詰まった大事な街です。18歳で広島を離れてからは,なかなか訪れる機会がありませんでした。旧友が上京した時,東京で昔話に花を咲かせることはあっても,中学の同窓会はずっと欠席でした。
今回,恩師の80歳のお祝いで集まることになりました。この年齢になると,今の自分があるのは本気で叱ってくれた先生や親のおかげだと素直に思えます。先生が元気なうちにぜひお礼をと思って広島入りしました。

広島は,朝から雨でした。高い建物が増え,新しい道路ができ,街の様子はすっかり変わっていました。でも,同窓会場では,30年ぶりに会う旧友たちが,あの頃のまま迎えてくれました。花束と記念品を用意して,みんなで賑やかに先生の到着を待ちました。
しかし,先生はなかなか現れませんでした。心配した幹事が電話を入れると…,なんと先生は1週間前に倒れて急逝されたとのこと。突然の悲報に,みんなで大いに泣き,先生を偲んで大いに語りました。幹事と先生のお宅へ伺い,花束と記念品,みんなの写真をお供えしました。祭壇で微笑む先生の前で,これまでの無沙汰を詫び,心からお礼を言いました。

夜,広島を出るころ,雨が激しくなりました。懐かしい旧友たちと会い,先生の遺影に直接お礼を言うことができたので,広島に行って本当によかったと思いました。
ずっと雨だったのは,同窓会を楽しみにしていた先生の涙雨だったのでしょう。

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2006/09/11

NY,あれから5年

ニューヨークのテロから,5年が過ぎました。

20060911TVのブラウン管の中で,崩れ落ちるワールド・トレードセンター・ビルを,ただ唖然として見つめていたあの日。日本人も24名の方が犠牲になり,忘れることのできない悲しみの日となりました。
あれから5年…。

写真は,以前,ワールド・トレードセンター・ビル107階の展望室から撮ったものです。
中央を流れるイースト川にかかるブルックリン橋(右)とマンハッタン橋(左)が,美しい姿を見せています。川の手前の暗い部分がウォール街,川向こうはブルックリンの街並みです。

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2006/06/10

葛飾・堀切菖蒲園

関東地方が梅雨入りしました。

20060610お隣の葛飾区で,菖蒲まつりが始まっています。なかでも,堀切の花菖蒲は,江戸名所の一つとして,安藤広重の錦絵にも描かれました。
とはいえ,今はマンションと高架道路に囲まれて,やや風情がそがれますが,それでも園内は別世界のように落ち着いた空間です。入園無料というのも,江戸っ子の粋を感じます(笑)。
花菖蒲の種類は約200種6000株で,種類が多いのが特徴です。見ごろは6月中旬ころでしょうか。
葛飾の菖蒲まつり,堀切菖蒲園は今月20日まで,水元公園は25日までです。

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2006/04/30

秩父・羊山公園

シバザクラを見に,埼玉・秩父の羊山公園に行きました。

20060430_1ここは,戦前,県の綿羊種畜場があって,羊を飼っていたので羊山(ひつじやま)と呼ばれるようになりました。
秩父のシンボル武甲山をバックに,35万株11種類のシバザクラが「花のパッチワーク」を織りなして見事な眺めです。丘全体に甘い香りが漂っていました。紅白のデザインは,秩父夜祭のお囃子が着る襦袢の模様をイメージしているそうです。

この時期,よく関東地方のニュースで取り上げられるので,この日もすごい人出でした。これから咲くつぼみもありましたから,連休中が見ごろでしょう。

詳しくは→秩父観光協会のサイト

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2006/04/22

バンビのキャラメル

東京・有楽町まで行ったので,北海道どさんこプラザに立ち寄りました。

20060422お目当ては,バンビのキャラメル。小樽の池田製菓が昭和26年に発売したミルクキャラメルは,創業80年記念の2002年に復刻されました。
そのレトロなパッケージと懐かしい味で大人気となり,翌年にはチョコレートキャラメルも復刻されています。

北海道で端午の節句に食べる「べこ餅」を見つけたので,買って帰りました。
大好きな富良野のワインもありましたが,小樽の地ビールがなかったのが残念。また行きたいと思います。

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2006/04/15

浜松町の小便小僧

山手線の浜松町駅の外回りホームに,小さな小便小僧の像があります。

20060415この小便小僧,1952(昭和27)年に設置された初代から数えると,今年でなんと54歳になります。

小さな小便小僧が裸じゃかわいそう…ということで,季節や行事ごとに,紋付袴,消防士,サンタクロースなどなど,楽しい衣装を着て姿を変え,通勤客を和ませています。かつて「四季の写真展」が開かれたほど有名な存在です。

写真は,この時期の小便小僧です。ごらんのように,桜をバックに新入生姿になっていました。背中には,ちゃんと小さなランドセルを背負っていました。
次はどんな姿になるのか,楽しみですね。

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2006/04/08

瀬戸大橋ツアー

倉敷の実家から,面白い写真が届きましたので,ご紹介します。

Setobridge01瀬戸内海をまたいで,本州と四国を結ぶ瀬戸大橋。年1回ほど,「スカイツアー」といって,北備讃大橋の塔頂に登る体験ツアーがあり,抽選に当たったので行ってきたそうです。
塔の中は,潜水艦のように狭くて急な階段で,1時間近くかけて塔頂まで登るとのこと。今年80歳になる父には,なかなかハードだったんじゃないかなー。

写真は,塔頂から見た与島PAだそうです。海面からの高さは175mもあり,思わず足がすくみますね。あいにくの天気だったようですが,めったにない撮れない珍しい写真です。

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2006/03/18

大子・職場の旅行会

職場の有志で,送別旅行会に行きました。

20060318かつては,どこの部署でもやっていた「職場の旅行会」。新入社員は宴会で上司や先輩にお酌して回りながら,仕事のノウハウやら職場の人間関係やらを学ぶ絶好の機会でした(笑)。今では,やっている方が珍しい時代になりました。

今回,水戸の職場の有志で,送別会を兼ねて旅行会に行きました。場所は,大子・袋田温泉の「思い出浪漫館」。袋田の滝に行くたび,気になっていたホテルでした。実は,今回,私も送られる立場でしたから,最後に泊まれていい思い出になりました。

写真は,朝もやのかかった早朝の大子の風景です。ケータイで撮ったので,窓ガラスの乱反射はご愛敬ということで…(汗)。

「たまには職場の旅行会もいいなあ」と思ったのは,年をとった証拠でしょうか。

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2006/02/20

水戸・一分咲き

水戸といえば,梅が有名です。
今年も,水戸の梅まつりが始まりました。
ですが…,今年は寒冬の影響で,まだまだ一分咲きです。
水戸で花が咲かない梅まつりは,40年ぶりとのこと。この分だと,今年は梅と桜が同時に見られるかも知れませんね。

今年の梅まつりは,2月20日から3月31日です。

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2006/01/01

大子・袋田の滝

あけましておめでとうございます。

fukuroda元旦から仕事で水戸に行きました。せっかくなので,そのまま県北の大子町まで足を延ばしました。
お目当ては,袋田の滝。新緑の季節に行ったことがありますが,冬は滝が凍ると聞き,いつか真冬に凍った滝を見てみたいと思っていました。

滝に通じるトンネルは,元旦で無料開放されていました。トンネルを抜けると…,目の前に完全に凍り付いた袋田の滝が!見事な氷瀑でした。
寒冬で例年になく早い氷結だそうですが,さすがに寒くてシャッターを押す指が凍りました。

今年も,当ブログをよろしくお願いします。

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2005/12/10

水戸・旧県庁舎

弘道館のすぐ近く,水戸城の三の丸跡に旧茨城県庁舎があります。

N_051118b昭和初期の1930年に完成した古い建物で,レンガ造りのレトロな外観が,広い芝生と相まっていい雰囲気を醸し出しています。

だからでしょうか,この建物は,TVドラマや映画のロケによく出てきます。寺尾聡の映画「半落ち」にも,写真の裏口が「裁判所」役で登場していました。先日も,ここで警察署の看板を掲げて,TVドラマの撮影をしていました。
県では,「いばらきフィルムコミッション」を立ち上げて,このようなロケ地のPR活動に積極的です。

この建物は,その昔,ゼネコン汚職事件(茨城県知事ルート)のTVニュースで度々放映されていたので,見覚えがありました(おいおい…汗)。現在の県庁は,平成10年に郊外に立派な高層ビルを建てて移転し,今は旅券事務所などが残っています。

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2005/11/26

水戸・弘道館

水戸といえば,偕楽園と並んで弘道館が有名です。

N_051111弘道館は,1841年に創設された水戸藩の藩校です。
内憂外患が山積していた当時,斉昭公(9代)は,藩政改革を断行して人材育成に力を入れました。弘道館では,忠孝無二,文武不岐,敬神崇儒を掲げて,先進的な文武教育を行いました。この「水戸学」は,幕末の尊皇攘夷運動に大きな影響を与え,明治維新の原動力になったと言われています。

当時の弘道館は,水戸城大手門前に広がる大規模な施設でした。現在は,正門,正庁,至善堂(いずれも国重文)が残っています。
写真は,ケータイで撮影した正門です。隣にある三の丸小学校は,校舎が白壁のお城のような外観で,弘道館の雰囲気と良く似合っていました。

裏手には,孔子廟や梵鐘,弘道館記や八卦堂があります。静かで趣のある小さな梅園があって,隠れた梅の名所かも知れません。

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2005/11/19

水戸・東照宮

千葉・松戸とゆかりの深い,茨城の水戸を歩きました。

N_051025水戸藩は,1609年,徳川家康公の11男,頼房公が25万石で封ぜられ,幕末まで水戸徳川家の所領でした。TVでお馴染みの光圀公は,2代藩主です。水戸家は,将軍補佐職として,徳川御三家で唯一「将軍を出さない」はず…でしたが,15代将軍・徳川慶喜は水戸家の出身です。

最後の水戸藩主は,11代・昭武公でした。昭武公は,明治16年,千葉・松戸に戸定邸を建てて隠居し,その後の松戸徳川家の祖となりました。このため,松戸には水戸に親近感を感じる人が多いのですが,この事実は水戸の人にはほとんど知られておらず,ちょっとがっかりします。

水戸東照宮は,1621年,頼房公が家康公を祀って造営したもので,その後も歴代の将軍が祀られています。
眼下に千波湖,遠くに日光や筑波の連峰が見える場所を選んで創建されたと縁起にありますが,今ではオフィスビルが視界を遮って,千波湖がわずかに見えるだけとなりました。

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2005/10/29

小江戸・川越

川越は,旧街道に沿って土蔵造りの町屋が軒を連ねて,古い風情をよく残した街です。

kawag_01江戸時代,江戸から近い川越は,街道や舟の往来が盛んで,商業都市として大いに発展しました。
明治の大火で街の大半を焼失し,旧市街では土蔵造りの町屋が造られるようになりました。
今も,黒塗りの重厚な土蔵造りの街並みが残っていて,重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

路地を入ると,古い寺社や建物が姿を現します。上の写真は,昔から変わらぬ川越のシンボル「時の鐘」です。今はさすがに人の手ではなく,自動仕掛けで鐘を鳴らしていますが,素朴な鐘の音は「残したい日本の音百選」に選ばれています。
人力車が行き交い,小江戸の面影を残す街を散策しながら,川越城本丸御殿跡,市立博物館,そして春日局ゆかりの喜多院と訪ねました。

久しぶりに妻と一緒に散策し,写真のポイントも多くて,楽しい一日となりました。
今度は,有名な川越まつりの時期に訪れたいと思います。

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2005/09/24

立山アルペンルート

3000m級の山々が連なる立山黒部アルペンルート。今回は,「雲上の楽園」に紅葉を訪ねました。

kuro01アルペンルートには,富山側と長野側から入るルートがあります。今回は,長野側の扇沢から入り,アルペンルートの中心地,室堂(むろどう)まで往復しました。
扇沢(標高1433m)から,トロリーバスで大町トンネルを抜け,黒四ダムへ向かいます。暗いトンネルの中,破砕帯の難工事を伝える青いサイン灯が印象的でした。長いトンネルを抜けると,そこは黒四ダム。とてつもない大きさに圧倒されます。豪快な放水と周囲の絶景に歓声を上げながら,歩いて対岸に渡ると,すぐに黒部湖駅(標高1455m)。ここからケーブルカーでトンネルを黒部平(標高1828m)へ登ります。黒部平では,正面に立山連峰,後ろに後立山連山が一望できました。紅葉には少し早かったですが,あちこちでナナカマドが赤い実をつけてきれいでした。黒部平から,ロープウェーで大観峰(標高2316m)へ。さらにトロリーバスで立山の地中をトンネルで抜けると,いよいよ室堂(標高2450m)に到着です。

室堂では,立山(標高3015m)の雄大な山々と,みくりが池の鏡のような静けさに,しばし時間が経つのを忘れました。雷鳥に会えなかったのは残念でしたが,とても清々しい空気に身も心もリフレッシュしました。
下の写真は,黒四ダム(左)と,みくりが池(右)です。
kuro02 kuro03

室堂まで,乗換時間を入れると片道3時間ほどかかりました。下山したときは足が棒のようになっていて,日頃の運動不足を痛感しました。
雪が残るころに,ぜひもう一度訪れたいと思いました。

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2005/09/23

黒部のトロッコ列車

黒部峡谷(富山県)を走るトロッコ列車に,一度乗ってみたいと思っていました。

toro00大正15年(1926)に発電所の建設資材と作業員の輸送のため敷設された軌道が始まりで,当時,一般の登山客は命の保証をしない条件で便乗させたそうです。現在は,黒部峡谷鉄道(株)が運営しています。
左の写真は,ケータイで撮影しました。像が流れて,ちょっと面白い写真になりました(実際には,駆け足くらいの速さです)。

宇奈月から終点の欅平(けやきだいら)まで,約80分の旅です。
小さな電気機関車に,簡単な客車をつないだトロッコ列車は,ゴトゴトと深い谷に沿って進みます。途中,急カーブやトンネル,鉄橋がいくつもあって,車窓からの眺めは絶景です。通勤電車だと耐えられない時間ですが,「あっ」という間の80分でした。
toro02 toro03

標高599mの欅平ですが,9月下旬ではまだ紅葉していませんでした。
錦秋の美しさはきっと見事だと思います。

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2005/09/18

横浜・中華街

横浜は異国情緒があふれる街です。
元町のおしゃれな雰囲気も好きですが,中華街の雑然とした雰囲気には,人を惹きつける魔力を感じます。
yokoha01中華街の東南西北には,門(「牌楼」(パイロウ)と呼ぶそうです)が立っています。街の守護神として風水では大切な意味があり,青,赤,白,黒と全部色が違います(写真は,東の「朝陽門」,通称「青門」です)。

実は,中華街には,地方からのお客さんを連れて行くことが多いです。この街では私自身が「おのぼりさん」ですから,何度行っても店を覚えず,通りを間違えて行ったり来たり…(汗)。そんなとき,門の色で方向が分かるので助かります。歩き回りながら,珍しいお店を見つけたりするので,道に迷うのも結構楽しかったりします。

この日は,ちょうど中秋節で,いつもの休日より多くの人で賑わっていました。
yokoha02中秋節では,家族そろって月見をしながら「月餅(げっぺい)」という中華菓子を食べ,家内安全や無病息災を願う風習があるそうです。
さっそく,私も「月餅」を買って,家族でいただきました。

あ,月餅の写真,撮るのを忘れた!
なんだ,また行けばいいのか~♪。(^^)

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2005/09/17

葛飾・柴又

葛飾・柴又は,ぶらりと散歩が似合う街です。
帝釈天の小さな参道では,昔ながらの煎餅屋さん,飴屋さん,団子屋さんが,今も元気に営業しています。店をのぞきながら,お店の人とお客さんのやりとりを楽しむ…,そんな人情味あふれる下町情緒が好きで,よく出かけます。
katsu01 katsu02

katsu03柴又は,映画「フーテンの寅さん」シリーズの舞台でもあります。寅さんが「産湯を使った」とされる帝釈天は,厄除け,延寿,商売繁盛のご利益があります。この本堂の外壁には,見事な木彫が施されて驚かされます(有料拝観なので,外からは見えないのが残念ですが)。

寅さん 賑やかな参道を抜けて,柴又駅に出ると,トランク一つ持って旅に出る「フーテンの寅さん」に出会えます。どこからか,「よっ,寅さん。今度はどこに行くんだい」と声が聞こえてきそうでした。

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2005/08/17

くらの街,倉吉

房総をテーマにしたサイトを運営していると,他の地域のことについて書く機会がなかなかありません。ですから,このブログでは,房総以外の街のことも書いてみたいと思います。

たまたま訪れた知らない街に,小さな感動を覚えることがあります。
鳥取の倉吉も,そんな街のひとつです。倉吉は,堀に沿って古い白壁と赤瓦の土蔵が連なり,独特の風情を残しています。
裏路地を歩いているだけで,なぜか落ち着く…,そんな趣のある街でした。
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房総を取材していて,いつか鳥取の倉吉を訪れたいと思っていました。
実は,倉吉は房総と縁が深い土地なのです。古くは,房総を代表する大名の里見氏が,江戸時代,倉吉に移封されました。明治時代に千葉の松戸で発祥した二十世紀梨は,倉吉に伝えられて,鳥取県の名産になりました。下の写真は,里見氏の本拠だった千葉の館山城(左)と,倉吉の大岳院にある里見家の墓所(右)です。
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松戸の二十世紀梨発祥の地は「二十世ケ丘梨元町」という地名です。松戸から倉吉に伝わった梨について気になっていたので,「鳥取二十世紀梨記念館」をぜひ見学したいと思っていましたが,今回は,時間がなくて実現しませんでした。

くらの街,倉吉。ぜひもう一度行ってみたい街です。

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2005/08/16

ハワイで中国を楽しむ

…といっても,アメリカのハワイのことではありません。今回は,日本のハワイこと,鳥取の「羽合(はわい)温泉」のお話です。

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羽合温泉は,鳥取県の日本海に近い東郷湖畔にある温泉地で,湖底から温泉が湧き出る湖上温泉として有名です(って,実は,行くまで知りませんでした…)。
平成16年の町村合併で,羽合町の名はなくなりましたが,ユニークな地名は,今も「湯梨浜町はわい温泉」として健在です。写真は,夕暮れの東郷湖です。

ハワイ温泉の対岸に,燕趙園(えんちょうえん)という,国内最大級の中国庭園があります。鳥取県と中国河北省の友好を記念して造られたテーマパークですが,単に王朝時代の中国庭園を模しただけではありません。立地の選定,設計,建築資材,施工まで,すべて中国人技術者の手による本格的なものです。

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静かな池を中心に,中華風の楼閣が独特の風景を見せています。順路を巡ると28景の見どころがあって,途中には,孫悟空が飛んできそうな険しい山や滝まで造ってありました。

独特の屋根の色は,瑠璃瓦といって,皇帝の色だそうです。楼閣の赤い柱には,中国絵師の極彩色で精緻な絵が施されて見事です。まるで中国王朝にタイムスリップしたような気分になりました。

県の運営のようで,この手の施設としては料金が安くて助かりますが,観光客の数からみて,ちゃんと採算が取れているのか(他県民ながら)心配になりました。あ,余計なお世話でしたか…。m(_ _)m

ニッポンのハワイで中国を楽しむ…なんて,ちょっとおもしろいですね(もちろん,本物にも行ってみたいです)。

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