2017/08/02

館山・たてやまんまち

館山のまつり(たてやまんまち)を撮影。

20170802【公式パンフレットの説明】
「その昔、各区の鎮守として祀られている神社のいわれにより、祭りの開催日は同日ではありませんでした。その後、幾度かの町村合併や更に大正3年に旧館山町(現在の青柳、上真倉、新井、下町、仲町、上町、楠見、上須賀地区)と旧豊津村(現在の沼、柏崎、宮城、笠名、大賀地区)が合併し、館山町となったのをきっかけとし、大正7年(1918)より13地区11社が8月1~2日の祭礼を合同で執り行うようになりました。
しかし、大正12年の関東大震災により、新井、下町の祀る諏訪神社、仲町、上町を祀る諏訪神社、楠見の厳島神社、上須賀の八坂神社の4社が倒壊した為、氏子の協議により4社が合祀を決め、昭和5年に館山神社として、創建することとなり、昭和7年にその神殿が完成したわけです。
それ以降、館山地区では13地区8社の合同祭礼として行われ、神輿7基、曳舟2基、山車4基がそれぞれの地区から出祭しています。」

【この日の進行スケジュール】
17:00~ 館山神社入祭(下町・仲町・上町・楠見の山車、新井・柏崎の曳舟)
18:40~ 神輿2基(上真倉・沼)の共演(館山神社付近)
19:50~ 三町(新井・上町・柏崎)曳き別れ(城山公園入口)
20:00~ 楠見・左官踊り、餅つき踊り、餅投げ(館山神社横)
20:30~ 新井・武走裸道の走り(城山公園入口~下町交差点)

【メモ】
朝から見どころが多い「たてやまんまち」。今回は二日目夜の館山神社入祭を撮影(実際の進行は、予定より1時間半遅れ)。合祀社の山車4基と新井の御舟が勢いよく境内に駆け込む。山車を拝殿ぎりぎりにつけて祭りの成功を奉告。神前から下がって他町の山車と向かい合い、エールとお囃子を交換。その後、整列して人形とお囃子を披露する。最後に柏崎・國司神社の御舟が入祭し、神前に参拝してすぐに引き返す。これを5町が見送ってから、各山車は自地区に戻って行く。新井の御舟が最後まで残り、各町と別れを惜しむ。
この日は天気が悪く、神輿や山車にビニールをかけた地区も多かった。夜の勢揃いで仲町の人形を見ることができなかったのが残念。改めてリベンジしたい。
合同祭礼で全体像がつかみにくいが、気に入った山車に終日ついて回るのもいいかも知れない。次回は日中の行事や「青柳のかっこ舞」、「仲町のぴっとこ踊り」、「楠見の天狗舞」なども見てみたい。
見物人は多く、境内を埋める。カメラマンも多数。臨時Pあり(館山小グラウンド隣)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/08/16

君津・大坂の神楽

君津市大坂の浅間神社で奉納された獅子神楽を撮影。

20160816浅間神社の祭礼(毎年8月16日)に、悪魔祓いを祈願して舞います。演目は、「前かがり」「おん幣の舞」「鈴の舞」「くるい」で、「おん幣の舞」の途中に神楽歌が入ります。

君津の山間部に伝わる獅子神楽は、人の成長する過程を表現したものが多く、大坂の演目にも類似性が認められます。

大坂の神楽歌
1 オーエ 千早振る 天の岩戸を アコリャ 押し開き アズイトズイト
2 オーエ いざや神楽を アコリャ 参らせる アズイトズイト
3 オーエ 神楽と書いたる二文字は アコリャ 神楽しむと アコリャ 書くぞかし アズイトズイト
4 オーエ 神も楽しむ アコリャ 御神楽なり アズイトズイト
5 オーエ かほどめでたき折からは アコリャ みな白妙の御幣を持って泰平楽世と トゥ

この神楽は、大坂部落会神楽保存会の皆さんが伝統を守っています。

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 式典(拝殿)
10:30~ 獅子神楽奉納
お囃子太鼓(入れ込み)
前かがり→おん幣→鈴→くるい
馬鹿囃子
11:00ころ 終了

【メモ】
囃子方は、笛1・小太鼓2・大太鼓1・鉦1。「前かがり」は座って舞った後(おのう)、立ち上がって舞う。「くるい」は途中で合いの手が入って転調する(おくり)。胴布の色が小豆色で珍しい。見物人は集落の皆さんが十数人、カメラマンは4人。神社に駐車場あり。
拝殿は三方が開き、正面左側に囃子方が座る。床は高くないが、役員さんが座るので脚立を推奨。今回はISO感度を上げ、ノーフラッシュ撮影。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/08/09

館山・竜岡の神楽舞

館山市竜岡(りゅうおか)の龍岡神社祭礼で奉納された獅子神楽を撮影。

20160809竜岡区の南竜・北竜集落に伝わる獅子神楽で、五穀豊穣と無病息災を祈願して舞います。
演目は、「サガリハ」「幣」「鈴」「狂い」「十六」で、神楽櫃の囃子と謡いを伴います。
最後に獅子が人々の頭をパクパクと噛む「舞込め」があります。

戦後の一時期、後継者難で中断しましたが、昭和49年に復活。現在は、竜岡神楽舞保存会の皆さんが継承しています。

【この日の進行スケジュール】
12:00~ 式典(拝殿)
12:30~ 獅子神楽奉納
サガリハ→幣→鈴→狂い→十六(拝殿内)→舞込め
13:00ころ 終了

【メモ】
竜岡区の祭礼(毎年8/9~10)で演じられる二人立ちの獅子神楽。囃子方は、太鼓1・鉦1・笛1。長い謡いが入り、途中で拝殿内に入って舞うのが特徴。舞時間は30分と長めで、舞いながら舞手が交代する。一つ一つの所作がきびきびと決まり、熟練を感じさせる舞だった。
かつては獅子神楽のほか茶番劇、手踊りが出てたいそう賑やかだったという(現在は廃絶)。8/10は屋台が巡行し、宮入で獅子神楽を演じる。見物人は集落の皆さんや館博学芸員さんなど十数人、カメラマンは2人。神社に駐車場なし。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/08/07

印西・鹿黒の七夕

印西市鹿黒(かぐろ)地区に伝わる「鹿黒の七夕」を撮影。

20160807江戸期に始まったとされる旧暦七夕行事で、毎年8月6~7日、集落の小中学生の男子によって行われます。
子供たちは、7月下旬から竹を切ったり、短冊を作ったりと準備を整えます。6日の夜、オタチで集落内を祓って廻り、神社に戻っておこもりをします。7日の早朝、大笹飾りを神社下のため池(種の井池)跡に立てます。

集落の人々は、この日から七日盆に入り、大笹飾りの元にマコモ馬(真菰で編んだ馬)を繋いで、先祖の霊を迎えます。

旧暦の七夕と盆綱が合わさった珍しい行事です。

【今年の進行スケジュール】
8月6日
17:30~21:15ころ オタチのムラ廻り(八幡神社→集落70軒余→八幡神社)
21:30~ 夕食・おこもり(拝殿)

8月7日
5:30~ 小笹を亀成川へ流す
6:00~ 大笹飾りを立てる(種の井池跡)
6:30ころ 終了

【メモ】
行事は「親方」役(子供たちのリーダー)が取り仕切りる。今年は小学生7人、中学生5人が参加。6日夜のムラ廻りでは、各戸の玄関先でおひねりを貰い、親方役が榊で祓う。太鼓のリヤカーをグルグル回し、「賑やかし」役がワーっと大声で騒ぐのが面白い。中学生は手締めを4回打ってから、オタチを地面に3回打ち付け(る所作をして)悪魔祓いする。これを夜半まで繰り返し、その晩は神社で「おこもり」をし、おひねりを年齢に応じて分配する。7日は早朝、亀成川に小笹を流し、ため池跡に大笹飾りを立てて解散(かつては池畔に立てたが、20年ほど前に埋め立てられた)。
七日盆のマコモ馬を作った家は、今年はなかった(昨年は1軒)。
見物人は3人、カメラマンは3人。神社に駐車場なし(鹿黒集会所にスペースあり)。大笹飾りを立てる時間に間に合わなかったので、いつか再訪したい。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/08/24

鴨川・式年鳥居木曳祭

鴨川・天津地区で行われた20年に一度の式年鳥居木曳祭を撮影。

20150822天津神明宮は、寿永三年(1184)、源頼朝が伊勢から天照皇大神・豊受大神を祀って創建し、地元で「房州のお伊勢さま」と親しまれています。
今年は、伊勢の遷宮に合わせ、20年ごとに鳥居を建て替える「式年鳥居木曳祭」の年。
一連の行事は「神木斧始祭」(昨年12月8日)に始まり、「神木送祭」(山から降ろす)、「鳥居木曳祭」(神社まで曳く)、「鳥居木造始祭」(加工する、9月7日)、「鳥居通初上棟祭」(10月15日)で完結します。
同時に須佐之男命を祀る摂社・須賀神社(天王様)の鳥居も建て替えられます。

【木曳祭の進行スケジュール】
8月22日(土)
11:00 曳始祭(出発式、天津小校庭)
天津小→天津交差点→引土町内で折り返し→須賀神社(仮泊)
19:00 須賀神社御用木曳納め・奉告祭
20:00ころ 終了

8月23日(日)
15:00 仮泊所発
須賀神社→日澄寺→谷町コミュセン→新町バス停(仮泊)
21:00ころ 終了
その後、神振行事(和太鼓、ライブ)

8月24日(月)
18:30 仮泊所発
新町バス停→宮前橋→ファミリーマート先で折り返し→宮前橋→天津神明宮
24:00 天津神明宮御用木曳納め、奉告祭

【メモ】
初日の鳥居曳神事を中心に撮影。御用木は神明宮が1~3号木(10m)と須賀神社(5m)が1基。それぞれ担当町の笹万燈(屋台)が付き、お囃子とともに天津小を出発。天津交差点で二手に分かれ、神明宮3基は引土町内へ(須賀神社は公民館前で留め置き)。16時ころ再び4基が合流し仮泊所へ向かう。奉曳は木遣り唄とともに進み、休憩しながら1.7kmを6時間かけて移動。台風接近で海は大荒れ、波の飛沫で町が白く霞む。仮泊所は漁港から山側に変更。夜は萬燈に灯が入り幻想的。
強い日差しに汗が噴き出るシビアなコンディションの中、たくさんの見物人で町が埋まりカメラマンも報道を含め多数。駐車場は安房東中学校の臨時Pを利用。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/08/08

流山・赤城保存会の神楽

流山・一茶双樹記念館で行われた赤城保存会伝統芸能公演を見学。

20150808赤城保存会は、「流山の祭り囃子・神楽等」(市指定無形文化財)の保持団体で、昭和49年に発足した市民ボランティアの皆さんです。現在は若い人を含め13人で活動しています。

大胴1・締め太鼓2・笛1・鉦1の五人囃子で、お囃子14曲と神楽3演目(稲荷山三番叟、日本武尊、種貸し)を継承。流山市内の茂呂三輪神社、加岸大杉神社、根郷浅間神社、鰭ヶ崎雷神社の祭礼で奉納しています。

平成26年8月から、一茶双樹記念館のイベントとして、子供たちの芸能体験(夕方)と単独公演(夜)が行われています。

【この日の進行スケジュール】
18:30~ 開演
お囃子(屋台→昇殿→鎌倉→玉入れ→神田丸→屋台の6曲)
お囃子(四丁目→仁羽もどき)
獅子舞→(休憩15分)→神楽(日本武尊)
お囃子(6曲をカエシで)
20:00ころ 終了

【メモ】
立秋で少し涼しい夏の夜、妻と鑑賞に出かける。純和風の双樹亭を舞台に、枯山水庭園の客席から見るという雅で粋な趣向(事前申込で席あり)。神楽の演目は「日本武尊」で、九州の悪王・熊襲を女性に化けた日本武尊が退治する物語。4人舞なので会員の都合が合わず、なかなか演じられないとのこと(上の写真。Df+85/1.8Gでノーストロボ撮影)。神楽の〆は、名物となった玉ノ井会長(83)によるひょっとこ舞。最後にカエシのお囃子でお開きに。終了予定を15分オーバーする熱演だった。
観客は地元の皆さんや子供たちが40人くらい。一茶双樹記念館に無料駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2014/08/31

松戸・モンゴル相撲

妻と流鉄に乗って、松戸市・横須賀中央公園で行われた「モンゴル相撲」(ブフ)を見に行きました。

20140831この日は、第1回松戸場所と銘打って、日本在住の内モンゴルの人々で作るモンゴル・ブフクラブにより、内モンゴル式の「ウジュムチン・ブフ」が披露されました。

ルールは、足の裏以外を地に着けた方が負け。下半身と首飾り以外は掴んでもよく、足技もOKです。土俵はなく、時間制限もありません。

試合は、飛び跳ねながら入場し(獅子の舞)、トーナメント形式で、民族衣装の行司(ヒャナグチ)が勝敗を判定します。力士の正装は、鋲の付いた革ベスト(ゾドグ)、白いひだのズボン(バンジル)、膝当て(トーホー)とブーツ(ゴタル)です。歴戦の勝者には、鮮やかな首飾り(ジャンガー)が許されています。

勝者は、飛び跳ねた(獅子の舞)後、観客に飴(イデー)を投げ、これを食べると強く育つと云われています。

【この日の進行スケジュール】
13:00~ モンゴル相撲
開会→モンゴル民謡・馬頭琴→トーナメント戦→民族衣装披露→決勝→表彰式
16:00ころ 終了

【メモ】
モンゴルの格闘技「ブフ」は、地方ごとにルールや番付、衣装に違いがある。かつては勝負がつくまで取り組んだが、最近では本国でも室内競技化され、円の土俵で20分程度の時間制限を設けることが多いとのこと。力士の多くはテコンドーや柔道の入賞経験者で、上位同士の試合は互いに真剣で大迫力だった。
見物人は多く、カメラマンも十数名と多数。会場(横須賀中央公園)に駐車場なし(流鉄小金城趾駅から徒歩5分。流鉄はスイカ等のICカード未対応なので注意)。
いろいろ教えて頂いたモンゴルの皆さん、ありがとうございました。

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2014/08/22

千葉・妙見大祭(だらだら祭り)2

千葉神社で行われた「妙見大祭」(だらだら祭り)の最終日を撮影。

201408228月16日に始まった八八八回目の妙見大祭。

最終日は、御仮屋で一週間過ごした妙見様の神輿が千葉神社に還御する「宮入り」です。
氏子各町を巡行し、途中、最後の院内町に引き継ぐ際に行われる「神輿改め」や、香取神社で鳳凰を外す「奉幣祭」が行われます。

宮入りでは、千葉神社境内での激しい揉み差しや、限られた担ぎ手による社殿内での「昇殿勇め」が見どころです。

その後、社殿と境内の灯りが消され、「御霊返し」が行われます。暗闇の中、妙見様が本殿へ遷り、一週間続いた長い祭りが終わりました。

【この日の進行スケジュール】
14:00~ 御仮屋発
市場町→町内巡行→神輿改め→香取神社(神事執行)→千葉神社
19:00~ 宮入り
19:15~ 召立之儀→昇殿勇め
19:30~ 御霊返し
20:00ころ 終了

【メモ】
初日の宮出しを見た以上、最終日の宮入りも見なきゃなんめえ…ということで出かける。御仮屋から、大太鼓・お囃子・猿田彦の先導で、往路と異なる巡路で渡御。沿道から各町の人々が声援を送り、初日より若衆の気合いが入っていて面白い。
「神輿改め」は神職の短い儀式のみ。香取神社前で鳳凰を外し、奉幣祭の後、千葉神社へ宮入り。境内で激しく揉み差しした後、「召立(めしたて)之儀」で名前を呼ばれ「月星紋」の鉢巻きを授けられた氏子だけが担いで社殿内に入り、「昇殿勇め」で最後の揉み差し。見物人も近くで見られるが、神職曰く「神輿が突っ込んで来たら担ぎ手を押し返して。自分の身は自分で守ること。」なので自己責任。最後の「御霊返し」は完全に遮蔽されて何も見えない。灯りが消えている間に願をかけるとかなうと云われ、暗闇の中、たくさんの人々が祈っていた。見物人は多数、カメラマンはTV局ほか十数人。
この日は引き続きDf+単焦点のみで撮影。不便だが軽装備で撮り歩けるのと、夜でもノーストロボで撮れるのがいい。35mm F1.8G EDを新規投入。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2014/08/20

千葉・夕星の祭典

千葉市のポートパークで行われた「夕星の祭典」を撮影。

20140820寒川神社の例大祭(毎年8/20)では、夕刻から神輿の御浜下りが行われます。

寒川の御浜下りは、もとは千葉神社の妙見大祭(毎年8/16~22)の期間中、8/20に寒川の氏子が妙見様の神輿を担いで町内を回り、妙見州で大漁祈願したのが始まりです。
江戸期から戦前まで続き、寒川では「妙見様が海に入らないと漁にならない」と云われていました。

妙見様の御浜下りは戦時中に中断し、戦後は地元寒川神社の神輿により御浜下りが再開。出洲の沖に立っていた大鳥居まで神輿が海に入りました。
昭和30年代の高度経済成長期に付近一帯の海が埋め立てられ、寒川の御浜下りも途絶えました。

長い中断の後、平成11年、氏子の皆さんの熱意で、かつての出洲に近いポートパークの人工海浜での御浜下りが復活。「夕星の祭典」として年々賑やかに行われています。

【この日の進行スケジュール】
18:00~ 巫女舞(豊栄の舞、浦安の舞)
18:30~ 安全祈願祭
18:40~ 御浜下り
19:00ころ 終了

【メモ】
かつては妙見大祭の中で行われた寒川の御浜下り。現在は、寒川神社の祭礼に受け継がれている。神輿は、日中、当番町内(今年は港町、寒川一・二・三)を渡御し、トラックに奉載してポートパークへ到着。巫女舞が奉納された後、安全祈願祭。その後、大太鼓が響く中、神輿が海に入る。腰ほどの深さで揉んだ後、時々両手で高々と差し上げる。2回ほど海に入って終了(開始時刻や方法は年番町により異なるとのこと)。千葉市地域文化財。
平日だったが見物人は多数で、カメラマンも老若男女数え切れないほど多い。駐車場はポートパークを利用可。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2014/08/16

千葉・妙見大祭(だらだら祭り)

千葉神社で行われた「妙見大祭」(だらだら祭り)の初日を撮影。

20140816千葉神社は、大治元年(1126)、千葉常重が亥鼻に居館を築いた時、信仰する妙見菩薩(妙見様)を北斗山金剛授寺に奉安し、明治に千葉神社と改称して北斗妙見に通ずる天御中主命を祀っています。

妙見大祭は、大治2年(1127年)旧暦7月16日~22日、妙見様を鳳輦に移し亥鼻城に招いて祭礼を執り行ったのが起源です。江戸期は、大鉾と五尺の大太鼓が神輿を先導し、御舟(千葉舟と結城舟)、人形山車や踊り屋台が供奉する盛大な行列でした。20日には寒川で御浜下りが行われ、「妙見様が海に入らないと漁にならない」と云われました。
明治中期に祭礼日を8/16~22と改めました。戦時中も神事は途切れることなく行われ、今年で祭歴は888回です。猿田彦、御旗鉾と大太鼓が神輿を先導し、二段打ちで叩く大太鼓の音が「だらん、だらん」と聞こえるので「だらだら祭り」とも呼ばれています。

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 祭典(1F金剛殿)
11:20~ 御鉾旗奉納祈願祭
12:15~ 神輿発御勇め
12:30~ 宮出し
千葉神社→香取神社(神事執行)→町内巡行→御仮屋(市場町)
17:30~ 巫女舞奉納など(2F北斗殿)
19:00~ 御仮屋

【メモ】
初日は宮出し(御霊遷しは8/15夜)。宮出しでは、神輿が正門でなく脇門から町に出る。まず小さな香取神社に立ち寄り、奉幣祭の後、初めて屋根に鳳凰を取り付ける。もともと香取神社の領域に後から千葉神社ができたので、香取神社に敬意を表する古いしきたりとのこと。町境では神輿受渡しが行われ、各町氏子が自町内を担ぐ。市場町の御仮屋で六日間駐泊するが、8/22の宮入りまで特に行事はなし。
見物人は多数でカメラマンは十数人。神社に駐車場なし(JR千葉駅から徒歩10分)。
この日の機材はDf+単焦点。シャッターチャンスが目まぐるしく変わる祭事はレンズ交換の暇がなく、単焦点だと撮りにくい。ズームでなく自分が動いて画角を調整するのは久々の感覚で楽しかった。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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