2015/09/13

君津・六手の神楽ばやし

君津市の六手八幡神社例大祭で奉納された「六手の神楽ばやし」を撮影。

20150913【現地案内板の説明】
「社殿によれば、八幡神社は当地方に八幡信仰が伝播したと思われる鎌倉時代に、鎌倉の鶴岡八幡宮の分社として創建され、江戸時代までは鶴舞八幡宮と称していたといわれる。
現在伝承されている神楽ばやしは、江戸時代中葉の安永年間ころからのものと伝えられ、毎年四月一五日の春祭、九月十五日の秋祭、あるいは地域の文化祭などで奉納される。
構成は、大太鼓一人、小太鼓二~四人、笛数人、すり鉦一人から成り、曲目は祭りの盛況を表現する賑やかな『新ばやし』に始まり、『宮昇殿』『神田丸』と続き、山車の引きまわし時には、道中ばやしの一つである『馬鹿ばやし』が演じられる。
このはやしの伝播については、詳細は明らかではない。江戸時代に『神田ばやし』の系統が上総地方に伝わり、当地に流布したものと思われる。
近年、郷土芸能の後継者養成については、さまざまな問題がクローズアップされているが、当地区においては、熱心な指導者によって青少年を対象に育成をはかっており、地域ぐるみの伝承活動が行われている。」

【この日の進行スケジュール】
10:20~ 神楽ばやし
新ばやし→宮昇殿→神田丸→ばかばやし→新ばやし
小学生の太鼓披露
10:50ころ 終了

【メモ】
神社の秋祭(旧行9/15、現在はその近くの土曜か日曜)と宵宮で奉納。この日は、空模様が怪しく予定を10分早めて開始。保存会(大人)が笛・大太鼓・鉦を、小中高生による「青葉会」の子供たちが小太鼓を主に担当。曲が進むにつれ雨が強まり、新ばやしと宮昇殿は外で、神田丸は拝殿前で、ばかばやしは拝殿内で演奏する展開に。かつては獅子神楽もあったらしい(現在は廃絶)。神楽ばやしも、屋台(トラック)でムラ廻りをしていたが、昨年から人手不足で神社での奉納のみとなっている。
見物人は地元の皆さんが十数名、カメラマンは3人。神社に駐車場数台あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/01/01

御宿・高山田神楽囃子

明けましておめでとうございます。今年も当ブログをよろしくお願いします。

今年の初記事は、御宿町高山田の春日神社で奉納された獅子神楽です。

20150101高山田地区に370年余り受け継がれる伊勢系の獅子神楽で、春日神社の歳旦祭(元旦)と秋例祭(9月下旬)に神社境内で奉納されています。
起源は、寛永年間(1624~43)に春日神社の遷宮記念で祭り囃子とともに奉納されたのが始まりと伝わります。

秋例祭では、神輿の渡御に先立って「降神の舞・悪魔払いの舞・招福の舞・太平謳歌の舞」が奉納されます。歳旦祭では、秋例祭には演じていない「てまり数え歌」が舞われます。

舞とお囃子は、高山田神楽囃子保存会の皆さんが継承しています(御宿町無形民俗文化財)。

【この日の進行スケジュール】
11:00~ 神楽囃子奉納
降神の舞→悪魔払いの舞→招福の舞→てまり数え歌→太平謳歌の舞
11:40ころ 終了

【メモ】
「房総の郷土芸能2013」のステージ公演以来、いつか現地を訪ねたいと思っていてやっと実現。今回は歳旦祭で、春日神社の社殿が新しくなって初の奉納とか。囃子方は、篠笛・締太鼓・摺鉦で軽快なテンポを奏でる。演目名が独特(内容的には、他の地区で「布舞・幣束舞・鈴舞・怒り」と呼ぶものと同じ)。てまり数え歌は、獅子の仕草が可愛く、地区の皆さんも一緒に歌って参加。ほのぼのとしたムラ祭りの雰囲気が残るいい獅子神楽だった。見物人は地区の皆さんが多数、カメラマンは3人。神社に駐車場数台あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2014/09/28

鴨川・吉保八幡のやぶさめ

鴨川市の吉保八幡神社で奉納された流鏑馬を撮影。

20140928吉保八幡神社の秋季例大祭(毎年9月最終日曜)で奉納される流鏑馬は、千葉県内に残る唯一の本格的な騎射です。

社伝によれば、鎌倉中期に始まり、武芸奨励から五穀豊穣を願って農作の豊凶を占う神事に変化したものと考えられています。

射手(祢冝)は十日前から精進潔斎所に籠もって身を清めます。当日は、4地区(仲・大川面・宮山・八丁)の宮舘(神楽櫃)、神馬と祢冝、弓取り、下乗(したのり)、挟み箱の行列で神社に練り込みます。
田んぼに的が立てられると、まず下乗が1走(試走)、次に祢冝が風向きを見るために矢を手で投げながら1走した後、流鏑馬が始まります。

馬場は、長さ百二十間(217m)、幅二間(約3.6m)の直線で、神馬は馬場本を3周してから馬場へと走り始めます。的は3つ(早・中・晩)立てられ、90cm四方の板を高さ5mの竹に挟んで掲げます。
疾走する馬上から各的に1本ずつ矢を放ち、これを3回繰り返します。1走目は早稲の、2走目は中稲の、3走目は晩稲の作柄(早・中・晩)を占うものとされています。

【この日の進行スケジュール】
4:00~ 暁祭(神社)
9:30~ 例大祭式典(神社)
10:45~ 宮舘・神輿入社、式典終了後に直会(憩いの家)
12:30 祢冝迎え(神社出立)
14:30 祢冝(弓取神役)到着
14:40~ のっこみの儀
15:00~ 屋台曳きこみ
15:30~ 流鏑馬神事
16:30~ 流鏑馬神事終了報告祭、上区の宮舘・神輿入社
17:00~ 神楽奉納、下区の宮舘退社

【メモ】
旧行は8月15日に行われていた。神馬は白以外の馬を使う。今年は、向かい風が強く、1走目の参番的のみ命中。当たり的の竹は、細かく割って地元の人が持ち帰る。畑に埋めると虫がつかないと云われている。見物人もカメラマンもすごい数で、撮影位置を決めたら動けない。望遠ズーム、シャッター速度優先、高速連写で撮影したが、単調なカットばかりで反省した。神社に駐車場なし(周辺に臨時Pあり)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2014/09/14

いすみ・弥正と国府台の神楽囃子

いすみ市の国吉神社で奉納された弥正神楽囃子と国府台神楽囃子を撮影。

20140914国吉神社は、明治40年(1907)、旧郷内(苅谷・弥正・国府台・深谷・今関・島・楽町・万木)の24社を統合した郷社です。
秋季大祭では、神輿渡御の前に、約400年前から伝わる弥正地区と国府台地区の神楽囃子が奉納されています。

弥正神楽囃子は、下総木下から八坂神社を勧請した際に伝えられたとも、万喜城主土岐氏が美濃から伝えたとも云われています。
獅子舞(舞かがり、御べん、鈴または剣、ほら入り、おこり)とお囃子(馬鹿囃子、新馬鹿囃子、道中囃子、宮さがし囃子、宮もどり囃子、剣囃子、かぞえ唄、大漁、神田、鎌倉、昇殿)が伝わっています。
五穀豊穣を願い、産土様の八坂神社天王祭(毎年7月7日)で奉納されています。

国府台神楽囃子は、土岐氏の家臣で国府台の領主加治五郎兵衛有久が村人に伝えたとされています。
獅子舞(四方舞、二の舞、音便(御幣の舞)、鈴の舞、剣の舞、怒り、玉取り、牛かぐら)とお囃子(馬鹿囃子、新馬鹿囃子、神田丸、鎌倉、昇殿、大間、宮下りなど)が伝わっています。
産土様の五柱神社氏子に受け継がれ、神社祭礼(毎年3月と9月の20日)で奉納されています。

両地区とも、保存会の皆さんが伝統を継承しています(市無形民俗文化財)。

【この日の進行スケジュール】
9:30~ 神事(拝殿)
10:00~ 子供囃子(国府台)
10:15~ 獅子神楽奉納
国府台(子供)→国府台(大人)→弥正
11:00ころ 終了

【メモ】
国吉神社秋季大祭は、毎年9月敬老の日の土日いずれかに催行。当日は9:15ころに各地区の神楽櫃がお囃子を奏でながら国吉神社に練り込む。国府台の獅子舞は、中小学生ペアも見事な舞を披露(上の写真)。地区の子どもたちが大勢参加していて頼もしい。終了後、神輿とお囃子はムラ廻りへ。国府台→万木→楽町→今関→弥正→苅谷と廻り、22時ころ宮入り。
見物人は地区の皆さんが数十人、カメラマンは6人。神社横に臨時駐車場あり(隣の出雲神社)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2013/09/22

市原・柳楯神事

市原・飯香岡八幡宮に伝わる柳楯神事を撮影。

20130921【千葉県教委資料の説明】
「毎年旧暦の八月十五日、秋の大祭の神事として行われます。神事としては、きわめて独特なもので、現在の神輿の原型、または神送りの特殊な形態などの意味があるとされています。
司家である二軒の家が、一年交代に祭礼の前日に柳楯を作ります。柳楯は、柳の小枝を約1.4mに切って、葉を残して皮をむきます。また、長さ60cmの青竹を五本用意し、それを半分に割ります。柳の枝を右に十二本、左に十三本並べ、その幹を青竹ではさみ、縄で結びます。上に竹を通し、白丁姿の者二人がこれを担ぎます。
前日は、五所の年番の家に受け渡し一泊します。祭礼当日は、八幡宮へ移し、神輿の前に安置し、後に柳楯を先頭に神輿が地区内を渡御します。放生会を終えて後は本殿内に置かれ、翌年の正月十四日のお焚き上げ(お飾り焚き)で焚き上げられます。」

【初日の進行スケジュール】
13:00~ 司家を出発
13:15~15:00 市原公民館(出振舞)
15:10~ 市原八幡神社(柳楯報告)
15:20~ 阿須波神社(道中祈願)
16:20~ 五所小学校前(五所出迎え)
16:40~ 五所町民館(受渡し、出振舞)、駐泊

【二日目の進行スケジュール】
7:30~ 五所町民館を出発
8:00~ 五所橋(一の宮出迎え)→飯香岡八幡宮へ
8:40~ 柳楯神事
9:30~ 神輿宮出し(一の宮~五の宮)→連合渡御
10:20~ 稚児舞・八幡ばやし
12:00~ 柳楯宮入り
12:15~ 奉幣祭(神輿5基揃え)、町内渡し→各町内渡御
18:30~ 神輿宮入り

【メモ】
今年の秋季大祭日程は、大祭と放生会が9月19日(旧暦8月15日)、柳楯神事が21~22日、神輿渡御祭が22日に行われた。年番は一の宮(濱本町)。
20日(金曜日)、午前中、市原地区の司家で柳楯を調製。集めた柳枝の皮を剥き、残した葉は上部で髷に結って形を整える。
21日(土曜日)は、公民館で出振舞後、出発。途中、市原八幡神社(八幡宮の元鎮座地)に報告し、阿須波神社で道中の安全を祈願。旧村境で五所年番が出迎え、五所御三家の先導で町民館にて受渡しの儀式後、駐泊。
22日(日曜日)、早朝に出発した柳楯は、五所と一の宮の行列とともに八幡宮に入る。神事後、神輿5基を先導して氏子町内を連合渡御(ただし柳楯は軽トラ移動)して宮入り。
初日は約3.5kmを2時間かけて歩いた。見物人は生涯学習団体と校外学習の小学生のみ、カメラマンは6人。駐車スペースは市原公民館(光善寺)に1~2台、他にスペースなし(徒歩推奨)。
二日目の飯香岡八幡宮は人出もカメラマンも多く大混雑。駐車場は駅前にコインPあり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2013/09/19

銚子・海上八幡宮の流鏑馬

銚子の海上八幡宮例大祭で行われた流鏑馬を撮影。

20130919【銚子百選サイトの説明】
「柴崎町の海上八幡宮で旧暦8月15日、神輿による町内神幸の後、その夜に行われる。地元では『お的(まと)式』と呼ばれる。氏子22町内が1本ずつお的を立て、馬に乗った神官がそれを射る。的中した的はその地区の代表が持ち帰る。海上八幡宮の本殿は千葉県指定文化財。」

【この日の進行スケジュール】
12:00~ 風鎮祭(芸能あり)
13:30~ 子供神輿の渡御
17:30~ 神事、神社神輿の渡御(20:30還御)
21:00 流鏑馬
21:30ころ 終了

【メモ】
神社神輿は、神職とともに拝殿前を出立し、御手洗井(第一鳥居前)で式典後、町内渡御へ。流鏑馬は神輿還御後に行われるので、ひたすら待機。21時前、馬(一宮乗馬クラブのサラブレッド)が拝殿前に到着するも特に神事はなし。神職が颯爽と跨がり、的が立ち並ぶ馬場に向かう。馬を近づけ、的を一つ二つ射っては拝殿前に戻るのを繰り返す。当たり矢には福があるとされ、射った矢を人々が我先に奪い合う。
的を射るたび拝殿と馬場を往復するのでシャッターチャンスは多い。馬が興奮しないようにフラッシュ撮影は控えたいところ。高感度撮影(ISO3200)ではf2.8でも暗すぎてブレブレだったので明るいレンズを推奨。あと、馬の後ろに近づくのは危険。
見物人は地区の皆さんが多数、カメラマンは5~6人。駐車場は神社前と臨時Pあり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2012/09/29

いすみ・大寺の三番叟

いすみ市(旧大原)の大寺地区に伝わる三番叟を撮影。

20120929白山神社の祭礼(毎年9月最終土曜日)で、区内平穏と五穀豊穣を祈り、大寺青年館で奉納されます。

舞は、千歳の舞(素面)→翁の舞(白色尉)→三番叟(素面)→鈴の段(千歳と黒色尉のかけ合い)の4幕です。千歳はムラの若者を、翁は長老を、三番叟は農民をそれぞれ表しているとされます。
囃子方は太鼓、鼓、笛の他、ツケと呼ばれる拍子木を使うのが特徴です。

三百年ほど前から伝わりますが、戦後は長く中断。昭和50年に復活し、大寺三番叟保存会の皆さんが伝統を守っています(千葉県指定無形民俗文化財)。

県内に伝わる三番叟には、他に成田・取香の三番叟(県)、旧千倉・惣戸と平磯の三番叟(県)、旧丸山・加茂の三番叟と花踊り(県・国記録)などがあります。

【この日の進行スケジュール】
11:00 神輿着御
13:00~13:40 三番叟奉納
千歳の舞→翁の舞→三番叟→鈴の段
14:00 神輿のお発ち(ムラ廻り)

【メモ】
10時半に現地着。まもなく神輿が到着。大きな神輿は担ぎ手が少なく大変。神輿を舞台正面に置き、13時から三番叟奉納。三番叟役の演技は激しさと長さに驚く。演者は50代半ばで、あの動きはきつかろう。シャッター優先1/500秒に固定して撮影。終了後、世話役さんの勧めで、神輿ムラ廻り(14~15時半)、四社神輿参集(15時半、白山・喜原・三島・八幡の各社)、合同渡御(16時半~、各社を回る)まで見学(最後の大別れは22時ころ)。三番叟の見学者は十数人、カメラマンは6人。三番叟が終わると見学者はいなくなる。駐車スペースあり。
忙しい中、色々教えて頂いた上、たくさんご馳走になり、世話役さん、区長さん、地区の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2012/09/17

我孫子・竹内神社祭礼

我孫子市布佐で行われた竹内神社の祭礼を撮影。

20120917布佐は、江戸時代、高瀬舟が行き交う利根川水運の港町として栄えました。
鎮守・竹内神社は、承平年間(931-8)の創建と伝わり、天之迦具土命(あめのかぐつちのみこと)と武内宿禰を祀っています。

祭礼(9月中旬)は、江戸・享保年間に始まったとされ、江戸文化の影響を受けた賑やかな山車祭りが特徴です。
高張提灯や猿田彦の先導で、重さ800kgを超える神社神輿が町内を渡御し、屋台5台(上町・1丁目・2丁目・3丁目・大和町)が神楽や獅子舞を演じながら供奉します。
中日と最終日の夜には、各町の屋台が集まって神楽の競演(競争ともいう)が行われます。

昨年は東日本大震災で液状化の大きな被害を受けて祭礼が中止。復興を願い、2年ぶりの催行となりました。

【今年の進行スケジュール】
9月15日 10:00~ 式典(竹内神社)
       11:30~ 神輿渡御
       21:00ころ 御仮屋入り
9月16日 19:30~ 山車競演(御仮屋前)
9月17日 11:00~ 神輿渡御式典(御仮屋前)
       19:15~ 山車競演(ナリタヤ駐車場)
       21:15~ 宮入り(竹内神社)
       22:00ころ 終了

【メモ】
最終日の夜を撮影。当番町は3丁目。2年ぶりの催行で、競演会場はすごい観客と熱気。花火の合図で一斉に競演が始まる。お囃子は、上町が古戸囃子連、1丁目が上若連、2丁目がひょっとこ連、3丁目が神若囃子、大和町が大和囃子の皆さん。30分ほど競演の後、神社神輿が各屋台に丁寧に差して回り(2回)、竹内神社へ帰路につく。各屋台が続き、竹内神社参道の入口で神輿と別れを惜しむ。神輿は53段の石段を上がり、境内で差して宮入りとなる。古い形態を守り、礼節を重んじた熱い山車祭りで感動。
カメラマンは多数、神社に駐車場なし。反省点は神楽の競演で脚立を用意しなかったこと。競演中は屋台前で若衆が踊る。正面から近寄れないので、脚立で望遠で狙うのが吉。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2012/09/09

君津・大坂鴫畑の鹿島人形

君津市大坂の鴫畑地区で行われた「鹿島人形」行事を撮影。

20120909b袖ヶ浦~君津周辺は、かつて鹿島信仰に由来する「鹿島人形」行事が各地で盛んに行われていました。

9月上旬に藁で等身大の武者人形を作り、神社やムラ境に立て、災厄がムラに入らないように願いました。藁人形に団子や煮しめを供え、これを食べた子どもたちは鹿島様のように強くたくましい大人になれるとされました。

君津市大坂の鴫畑地区では、毎年9月9日、ムラ境で男女一対の等身大の藁人形を作り、悪病退散と五穀豊穣を願う「鹿島人形」行事が伝えられています。
藁人形は、男女とも腰に竹棒の刀を差し、男には槍、女には長刀を持たせます。夕方、藁人形に団子を供えます。
かつては子どもたちが我先に団子を奪い合ったそうですが、今は集落の子どもは二人だけでした。

【この日の進行スケジュール】
13:00~15:30 鹿島人形作り
藁鋤き
女衆=縄ない、藁部品(前垂れ)作り
男衆=頭部、胴体、足、手の制作
15:30~16:00 休憩(直会)
16:15~ 団子を供える
16:30ころ 終了

【メモ】
阿部→大坂20kmを40分かけて移動。鴫畑では毎年9月9日に催行(今年はたまたま阿部と同日)。ムラ境の道路端で、女衆が縄をない、男衆が頭部→胴体→足→手を分業する。もとは麦藁を使ったが、現在は稲藁を使用。こちらの藁人形は両手足の指は5本で、男はちょんまげ、女は鬢を結う。最後に人形場(にんぎょうば)に立てかけ、竹の槍と長刀を持たせて完成。鴫畑地区10戸から14人の皆さんが出て、世間話を楽しみながら和気藹々と作業を進めていた。見学者は1人、カメラマンは2人。駐車スペースあり。いろいろ楽しく教えて頂いた上にたくさんご馳走になりました。地区の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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袖ヶ浦・阿部のかしま人形

袖ヶ浦市阿部地区で行われた「かしま人形」行事を撮影。

20120909a【現地案内板の解説】
「新しいワラで男女一対の等身大のワラ人形をつくり阿部部落の鎮守さまに奉納、悪病退散と五穀豊穣を祈る行事である。
この奇習は、同部落の春日神社の秋祭りの行事として『かしま人形』と呼ばれ、古くから伝わっている。毎年九月中旬に実施され、最初に頭・手などの身体の各部分を別々につくり、最後に組み立てる仕組みである。男の人形、女の人形ともに腰に竹棒の刀を二本ずつ差し、男には槍、女にはなぎなたを手に持たせて完成。
完成した人形を神社の鳥居の両側に立てかけ無病息災・五穀豊穣を祈ったあと氏子たちは集会場でお祝いの宴を張る。
この奇習は、いつ頃の発祥か定かでないが男女それぞれのワラ人形が武者姿で、しかも手足の指が人間より1本少ない四本と決められているなど怪奇めいている。戦前まで小櫃川沿岸の地区で広く行なわれていたが、今では県内でもまれな民俗行事として貴重である。」

【この日の進行スケジュール】
9:00~11:45 かしま人形作り
藁鋤き
女衆=縄ない、五手・七手・十二手と呼ぶ藁部品(手甲や鎧)作り
男衆=頭部、胴体、足、手の制作
鳥居に結わえて参拝
12:00~ 直会

【メモ】
毎年9月第二日曜日に催行。集会所の納屋で稲藁を鋤き、女衆が縄をない、男衆が頭部→胴体→足→手を分業。左手足の指は5本で、右手足は4本に作る。病で失ったとか奇怪なものを表しているという。最後に竹の槍と長刀を持たせて完成。ワラ人形は、ここで一年間集落を見守る。阿部地区54戸(元は11戸)から12人の皆さんが和気藹々と楽しそうに作業を進めていた。見学者は4人、カメラマンは2人。駐車スペースあり。区長さん、地区の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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