2016/10/16

東庄・東大社やぶさめ神事

東庄町の東大社秋季例祭で行われた「やぶさめ神事」を撮影。

20161016_2平安期の康和年間(985-996)に始まったと伝わり、五穀豊穣を祈願して、氏子が奉納した的を、騎射装束の神職が弓で射ち、作物の豊凶を占います。

的は、裏に国家安泰・五穀豊穣と墨書し、一番(氏子中)、二番(溝原郷と東和田郷が各1本)、三番(羽計郷・石出郷で1本、今郡郷・鹿野戸郷で1本、谷津郷1本)、四番(諸持郷と東今泉が各1本)、五番(窪野谷郷)、六番(下飯田郷)、七番(高部郷)、八番(粟野郷)、十番(小南郷)の計13枚が立てられます。
昔は騎射でしたが、現在では歩射に変わっています。

放たれた矢を拾うと、白い矢は男児、赤い矢は女児を授かると云われます。

射終わった的は、拝殿に納めた後、各郷に戻されます。粟野郷と小南郷は、江戸期、境界を巡って争いが絶えず、役人の仲介で仲直りした経緯から、今でも神職立会いのもと、一の鳥居前で三枚合わせの的の中板を交換する仲直りの儀礼が、二百数十年以上続けられています。

【この日の進行スケジュール】
14:00~ 流鏑馬祭祭典
14:40~ お的神事
15:10~ 的の中板交換(粟野郷・小南郷)
15:15ころ 終了

【メモ】
的の一番(阿玉郷)は明治に氏子中の奉納に変わり、九番(松谷郷)は欠番。四番(東今泉)のみ合わせ扇の丸い的。射手は相当数の矢をテンポよく射つ。手作りの弓矢で中々当たらないが、不作になると困るので、各郷の役員は的を射手に近づけたりと自由な雰囲気。拝殿内に納めた的は、羽計と石出、今郡と鹿野戸の分は的板と竹を半分に割って分ける。
見物人は、地元の皆さんが数十人、カメラマンは2人。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/10/15

山武・富田の羯鼓舞・獅子舞

山武市富田の駒形神社神幸祭で奉納された羯鼓舞・獅子舞を撮影。

20161015旧富田村の郷社・駒形神社の神幸祭は、3年に一度、10月16~17日前後の土~日曜日に行われます。神幸祭では、神輿の宮出しに先立ち、富田地区に伝わる羯鼓舞(西区)と獅子舞(東区)が奉納されます。

西区の羯鼓舞は、道化(弓持ちのヒョットコ、猿)を伴い、三匹獅子(大獅子・中獅子・雌獅子)が腹の羯鼓をバチで叩きながら舞います。東区の獅子舞は、二人立ち獅子神楽で平舞(布舞・幣束舞・鈴舞・くるい)を舞います。

神輿は、榊、御神旗、三匹獅子、獅子山車の先導で、初日は東区を、二日目は西区を渡御します。

【初日の進行スケジュール】
12:00~ 羯鼓舞(西区ヤド前)
13:00~ 奉納舞(駒形神社)
羯鼓舞→獅子舞→稚児舞
14:00~ 式典
14:30~ 宮出し→神輿渡御(東区)
18:00~ 奉納舞(御仮屋)
羯鼓舞→獅子舞

【メモ】
今年は神幸祭の年で、10/15~16に催行された。今回は初日の行事を撮影。神社では、東西両区の役員が挨拶を交換し、羯鼓舞→獅子舞の順に奉納。羯鼓舞は、道化を先頭に舞場を周った後、三匹が同時に舞い、個別舞はない。獅子舞は、ベテランの舞手が見事な舞を披露。宮出し後、神輿に供奉する道中では舞なし。稚児による「中山」「大漁節」が随所で演じられ、華やかさを添えていた。
見物人は地元の皆さんが多数、カメラマンは8人。狭い境内は人であふれ、場所の移動もままならないほど。神社に駐車場なし。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/10/09

千葉・生実神社の奉納芝居

千葉市中央区の生実神社で行われた奉納芝居を撮影。

20161009b生実神社の秋季例祭(毎年10月体育の日の前日)は、子ども神輿が渡御し、夜は奉納芝居が披露されます。

明治初めに能・歌舞伎を奉納したのが始まりで、明治中ごろから芝居が演じられるようになりました。

娯楽が少ない農村で大人気でしたが、戦後、TVや娯楽の普及で観客が減り、昭和36年に中断。地元青年会が昭和45年に復活させ、毎年、神社例祭で演じて今年で115回を数えます。
現在は、「奉納演芸大会」として、前半は町内在住の希望者による舞踊・詩吟・フラダンスの披露で、後半に芝居が上演しています。

宵宮は、19時ころから「湯花進献式」(大釜の湯を参拝者に振り掛けて祓う神事)が行われています。

【この日の進行スケジュール】
18:00~ 奉納演芸
舞踊・詩吟・フラダンスなどの披露
19:45~ 奉納芝居「赤い陣羽織」
1幕1場・おやじの家夕暮れ時→2幕1場・同深夜→3幕2場・代官屋敷の前
20:50ころ 終了

【メモ】
境内の仮設舞台で、役者は青年会メンバーやその家族・知人が演じる。せりふや振付け、仮設舞台や大道具の設営、衣装などすべて手作りで運営。今年の演目は「赤い陣羽織」。女好きで派手な陣羽織を着た代官が、権力を笠に農夫の女房に言い寄る物語を、面白おかしく熱演し、撮影を忘れて楽しめた。
舞台正面には客席(パイプ椅子)が設けられるので、後方から撮影。本格的な舞台照明のおかげでストロボ不要。見物人はほぼ満席の100人以上、カメラマンは3人。神社に駐車場なし(路駐取締りあり)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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四街道・亀崎ばやし

四街道市亀崎の熊野神社で奉納された「亀崎ばやし」を撮影。

20161009a鎮守・熊野神社は、永和年間(1375-79)に紀州熊野神社から分祀して創建されました。

例祭は、かつては10月13日に幟たて、14日に宵まち、15日に本まち、16日に上りまちと幟かえしが行われました。参道や村の辻々に、時世を表す大津絵を描いた角行燈を立て、田舎芝居や映画を上映し、山車を曳き廻して亀崎ばやしで賑やぎ、近郷から多くの見物客で賑わいました。

「亀崎ばやし」は、神田ばやしの系統で、明治中期に印旛郡岩戸村・船尾村(今の印西市)から伝習したと伝わります。
戦後は長く中断しましたが、昭和53年に保存会(きらく会)が結成されて復活。演目は、「ひょっとこ」「おかめ」「白きつね」「獅子舞」などが演じられています。

【この日の進行スケジュール】
13:30~ 祭儀(神社総代)
13:40~ 亀崎ばやし(獅子舞→大笑)
14:00~ ハーモニカ演奏
14:40~ 亀崎ばやし(ひょっとこ→白狐→おかめ)
14:50ころ 終了

【メモ】
現在、例祭神事は10月15日に、祭儀と亀崎ばやし奉納はその直前日曜日に行われている。兼務社なので祭儀は神社総代により短時間で終了。亀崎ばやしは、途中で地元ハーモニカクラブの演奏を挟みながら、拝殿で奉納された。拝殿は正面と右側(来賓席側)が開き、左側に囃子方が座る。床は高くないので撮影は容易だが、来賓席の観覧を妨げないよう注意が必要。この日は雨上がりで見物人は30人前後、カメラマンは3人。神社に駐車場あり(数台)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/17

柏・塚崎神明社の十二座神楽

柏市・塚崎神明社の例大祭で奉納された十二座神楽を撮影。

20151017【現地案内板の説明】
「例年十月十七日の神明社の大祭に神楽殿で奉納上演されます。
古代神話をもとにした神楽舞で、巫女・猿田彦・湯笹・狐・恵比寿・餅投げ・鍾馗・玉取り・天宇妥女命・大幣・大蛇退治・天岩戸の十二の舞曲からなるものです。
代々塚崎地区の長男によって継承され、寛文九年(1669)には、すでに神楽舞が行われていたようです。神楽殿に掲げられた絵馬や手洗鉢をみると、県内でも比較的古くから伝承されてきた里神楽のひとつです。」

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 例大祭(午前の部)
10:30~ 神楽奉納
巫女の舞→玉取りの舞→狐の舞→天宇妥女命の舞
11:50~ (休憩)
13:00~ 例大祭(午後の部)
13:30~ 神楽奉納
恵比寿の舞→猿田彦の舞→湯笹の舞→餅投げの舞
15:30ころ 終了

【メモ】
旧沼南町に伝わる十二座神楽で、船橋・高根町神明社の神楽の元とされる。この日は八座を奉納(鍾馗の舞、大幣の舞、大蛇退治の舞、天岩戸の舞は舞手不足で演じていない)。一人が何役も舞うので演目は順不同。長男継承原則も薄れている。
神楽殿は正面・左右の三方が開き、左に囃子方が座り、右に道具の箱が置かれる。下総地方の神楽殿の特徴で床が高く、三段の脚立でも役不足なほど。自由に動けるので撮影は容易。できるだけノーストロボ撮影を試みるが、かつて藁葺だった屋根は軒が深く、舞台は暗い上に天井3か所の蛍光灯でWBが引っ張られる。
この日は、幕間にミニ・コンサート(エレクトーン演奏)を入れながら、まったりと進行(新しい試み?)。見物人は15人(午前)~30人(午後)くらい、カメラマンは4人。最後の餅投げの舞では人が溢れる。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/11

市原・根本神社の神楽

市原市馬立の根元神社で奉納された十二座神楽を撮影。

20151011根本・枝地区の鎮守・根元神社に、江戸・享保年間(1716-35)から伝わる十二座神楽です。

神社の例祭(旧行10/9)に合わせて、境内の仮設舞台で奉納され、地元では「みこう(巫女)」と呼ばれて親しまれています。

演目は「天狗の舞」「住吉の舞(子狐)」「玉八幡」「鍾馗様(鬼)」「弓八幡(鬼)」「医者どん(岡崎・鬼)」「老人の舞」「剣の舞」「恵比寿様(岡崎)」「湯立の舞(岡崎)」「戸隠の舞(天照大神)」「山の神」の十二座と巫女舞が伝わっています。お囃子は「岡崎」「コンコン」などの7曲です。

昭和47年に市原市無形民俗文化財に指定されました(当サイトでは文化財登録の名称に合わせています)。

【この日の進行スケジュール】
13:00~ 十二座神楽奉納
天狗の舞→住吉の舞→玉八幡→鍾馗様
(休憩)
弓八幡→医者どん→老人の舞→剣の舞
(休憩)
巫女舞→恵比寿様→湯立の舞→戸隠の舞→山の神
16:30ころ 終了

【メモ】
旧枝村根元の鎮守・根元神社の例祭(旧暦10/9)に合わせて奉納。昔は毎年演じられたが、現在は運営難から隔年(西暦奇数年)10/9直近日曜日に変更されている。根本・枝の氏子が保存会を作り、両町会が支援して継承。枝が「住吉の舞」「弓八幡」と巫女舞を、他を根本が担当。演目名は近隣の鶴峯八幡神社の神楽に似ている。鬼が正面から舞台に駆け上がる「弓八幡」、本来は直面(素顔)の男子が舞う「湯立の舞」、天照大神に扮した女児を抱え上げる「戸隠の舞」が特徴的。最後は山の神が餅を撒く。
仮設舞台は正面と左右の三方が開き、正面は桟敷席、奥に囃子方が入る。床が低くて撮影は容易。ただし右から撮ると背景にブルーシートが写り込む。仮設舞台の屋根が黄色いシートなので、WBが暖色系に引っ張られてカメラマン泣かせ。
観客は地元の皆さんが40人前後、カメラマンは10人。駐車場は根本公民館を利用可。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/10

館山・たてやま村歌舞伎

館山市・南総文化ホールで行われた「たてやま村歌舞伎」を撮影。

20151010【現地配付資料の解説】
「館山の村歌舞伎は、中断はあるものの明治の時代から昭和三十四年まで続いていたことが分かっています。
藤原も古茂口も、地区の青年らにより、農村最大の娯楽として神社の境内に設けられた舞台で村歌舞伎が行われ、地域を結束させる大きな役割を果たしてきました。
両地区は、道具の貸し借り、役者の交流も行い、昭和三十年代中頃に村歌舞伎が途絶えても、毎年、歌舞伎会をして交流していました。
藤原・古茂口村歌舞伎は、平成十四年「南総里見まつりフォーラム」で四十年ぶりに復活上演を果たしました。これを見た多くの人達が藤原・古茂口という地域にとどまらず、活動地域を館山市全域・市外にも広げ、多くの方々と共に『藤原・古茂口の歌舞伎』を守り、育て、伝えていくことを目的に平成十五年に『たてやま村歌舞伎保存会』を設立しました。
平成十四年の復活をかわ切りに、藤原地区に残されていた歌舞伎の台本を使い、毎年一演目ずつ上演することを柱として、活動して参りました。
こどもの役者も育ち、皆様の前で『里見八犬伝』『白波五人男』などの演目を上演してきました。これからも、皆々様のご支援ご協力を賜りながら『藤原・古茂口村歌舞伎』継承のため歩んで参ります。」

【この日の進行スケジュール】
13:00~ 開演(来賓挨拶、口上)
13:30~ 三番叟
13:40~ 三人吉三~大川端庚申塚の場
14:10~ 休憩
14:40~ 白波五人男~稲瀬川勢揃いの場
15:00ころ 終了

【メモ】
第68回館山市文化祭参加の「たてやま村歌舞伎・秋天公演」。三番叟は、白浜乙浜地区に伝承した一人三番叟をアレンジした子供舞で幼稚園年少が熱演。三人吉三は同名の盗賊三人が出会う物語。定番の白波五人男は最後に可愛い捕り手の子供たちが5人をお縄にして幕。各演目とも、素人とは思えない演技で拍手喝采。保存会長さんは技量について謙遜していたが、いつか藤原・古茂口地区で小屋掛けして上演して欲しい。
観客は小ホールに100人前後、カメラマンは2人。この日は初めて千葉〜館山の高速バス南総里見号を利用。ホール前のバス停で乗降できてとても便利だった。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/04

富津・山王竜神の舞

富津・飯野神社祭礼で行われた「山王竜神の舞」を撮影。

【保存会の現地口上】
20151004「今日は、飯野神社の御祭礼お目出度うございます。
今から百四十数年前、飯野村に置かれた飯野藩主保科氏の陣屋がありました。面積約四万坪の敷地は、今も延長約1.6kmの周濠によって囲まれ、広大な陣屋は江戸時代に日本三大陣屋の一つと呼ばれ、千葉県指定文化財となっている史跡でございます。この中に飯野地区の皆様が崇拝する飯野神社が鎮座致して居ります。

その昔、日照りが続き、お濠の水が涸れてしまい、村人は雨乞いを思い立ち、竜神の舞を奉納して恵みの雨を降らせ豊作となりました。

それでは、竜神の舞保存会の活動についてご紹介申し上げます。先輩の方々が、二十一年前の平成六年十月二十日、千葉県文化会館において、第二十六回千葉県老人クラブ連合会主催の芸能大会で、「竜神の舞」を上演して最優秀賞に選ばれ千葉県知事賞を受賞しました。
その関係で、幕張メッセ開会式、上総アカデミアパーク開会式、東京湾アクアライン開通式、館山自動車道開通式等、幾多の祝賀会で活躍して参りました。引き続いて現在も私達会員は、毎年種々のお祝いの行事で「竜神の舞」を演じています。

竜神の舞保存会会員一同は、日頃より切磋琢磨し技術の向上に努めて居ります。本日は皆様のご健康とご多幸を祈念し合わせて、五穀豊穣と地域の発展を竜に託し、これより山王祭りばやし保存会のお囃子にのせまして「竜神の舞」を奉納(ご披露)致します。どうぞ、ご覧ください。」

【神輿の進行スケジュール】
6:45 例大祭式
6:55 神輿発輿祭(出立7:00)
8:00 二間塚御旅所修祓式(二間塚公民館)
8:45 お振り奉納(飯野神社)
9:50 二間塚→山王受渡の儀(石井電化センター横)
11:00 山王御旅所修祓式(山王公民館)
12:20 山王→下飯野受渡の儀(さくらクリニック横)
13:00 下飯野御旅所修祓式(下飯野公民館)
13:45 神明神社広場
14:50 下飯野→上飯野受渡の儀(雲宮区界)
15:20 上飯野御旅所修祓式(上飯野公民館)
16:50 上飯野→本郷受渡
17:10 本郷御旅所修祓式(本郷公民館)
18:45 参道入口
20:00 還御祭

【竜神の舞のスケジュール】
9:30~ 竜神の舞 1回目(石井電化センター横)
11:20~ 竜神の舞 2回目(山王公民館)
(老人施設を慰問:14:00~つつじ苑→15:00~かずさ三条の里)
18:30~ 竜神の舞 3回目(飯野神社山王区舞台前)

【メモ】
神社祭礼(毎年10/1)は、早朝から宮神輿が5地区(二間塚→山王→下飯野→上飯野→本郷)を渡御。ムラ境では受渡の儀が行われ、地区内の若衆が担ぐ。担ぎ手が少ない地区(下飯野・上飯野・本郷)では一部トラックに積んで巡行。竜神の舞は、山王区に伝わり、陣屋のお濠の水が枯れないように舞うとされる。神輿渡御と無関係に舞い、神事を伴わない(飯野神社でも鳥居外で舞い納める)ので、供奉芸能ではなさそうだが詳細不詳。
祭礼は大勢の人出と露店で賑わう。神輿渡御、竜神の舞ともカメラマンは2~3人。神社に臨時駐車場あり。詳しく教えて頂いた上、振る舞いまで頂いた各地区世話人の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2014/10/19

市原・鶴峯八幡の神楽

市原市中高根の鶴峯八幡宮秋祭で奉納された十二座神楽を撮影。

20141019【現地配布資料の説明】
「鶴峯八幡宮は、鎌倉時代の建治3年(1277年)に豊前の宇佐八幡宮から勧請したと伝えられている。
ご祭神は、誉田別命(ホンダワケノミコト)と息長足姫命(オキナガタラシヒメノミコト)、そして玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)の三柱である。関東地方においては、鎌倉の鶴岡八幡宮、館山の鶴谷八幡宮と共に関東の三鶴と称されてきた。
この神社に伝わる十二座の里神楽は、鎌倉の八幡宮より伝えられたとされ、この神楽に使われるお囃子を別名「鎌倉ばやし」と呼び、神楽の十二座というのは、物語が12曲あるという意味である。
また、お囃子の楽器は、胴長太鼓、鼓、横笛、鉦(ショウ)である。お囃子の種類は、オヒャラドンコ、アガリハ(上り端)、サガリハ(下り端)、ソソリ(聳り)、ミコ(巫女)、サルタ(猿田)、カマクラ(鎌倉)、オカザキ(岡崎)、コンコンの九つ、時にはこれらが組み合わされて演奏される。
鶴峯八幡宮の神楽は、昭和39年4月28日千葉県無形文化財に指定された。」

【この日の進行スケジュール】
11:00~ 神事(秋祭)
12:30~ 十二座神楽奉納
猿田彦→月日の巫女(振鈴と幣束)→浦島→月日の巫女(振鈴と白扇)→三韓→老人→恵比寿→稲荷様→太刀の神子→副巫女→八幡様→湯立戸隠→山の神(餅投げ)
17:30ころ 終了

【メモ】
一座も省略することなくテンポよく約4時間半で演じる。鎌倉伝来で、八幡では鬼が拝殿の屋根から登場したり、湯立戸隠では鍾馗が巫女を肩車する。房総に多く見られる下総神楽や上総神楽と異なる演目が興味深い。今年は県の文化財指定50周年を記念して古参メンバーの表彰式や特別編纂の解説資料が配られた。
神楽殿は床がさほど高くないので撮影は容易(ただし、舞台の左側(拝殿側)は来賓の邪魔になるので撮影不可)。見物人は100人前後で、カメラマンは市広報さんを含め十数人。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2014/10/12

流山・赤城神社大しめ縄行事

流山市の赤城神社で行われた大しめ縄行事を撮影。

20141012【現地案内板の説明】
「しめ縄は、神前や神聖な区域に懸け渡して内外を分け、不浄をさえぎるものである。赤城神社の大しめ縄は、十月十九日、二十日(現在は第三土・日曜日)の祭礼に先立ち、神社の清掃や祝祭などが行われる十月十日(この日を宮薙という。)に氏子たちが力をあわせて作る。
稲ワラを打ち、縄をないで出来上がった大しめ縄は、長さ約十m、太さ約一.五m、重量約七〇〇kgあり、近郊では屈指の大きさを誇る。
赤城神社には、上州(群馬県)の赤城山の土あるいはお札が流れ着いたという伝説があり、「流山」という地名の由来とも言われている。
大しめ縄は、現在では祭礼の後も取り除かれずに、一年の間人々を見守っている。」

【この日の進行スケジュール】
8:00~ 大しめ縄作り開始
13:30 吊り上げ
15:00ころ 終了

【メモ】
二百年ほど前から続く、赤城神社例大祭の準備行事(市無形民俗文化財)。今年の制作担当は5・6・8丁目(7丁目は年番)。各町とも男衆(大しめ縄・吊り縄)と女衆(鳥居・板碑用のしめ縄)に分かれて作業開始。昼休憩なしで一気に作り上げる。大しめ縄は、長さ5.5mの青竹を割って背合わせにして芯とし、稲藁(新川地区の農家から調達)で包み、表面を縄できつく絞め上げ、太綱を作る。これを3本積み重ね、立木に縛り付けて固定し、全員で力を合わせて撚り合わせ、大しめ縄に仕立てる。チェーン滑車で巻き上げ、落ちないようにワイヤーで固定し、飾りの吊り縄を巻いて終了。かつては露天の丸太組みに固定し、例大祭が終わると撤去した。昭和47年から一年中吊すようになった(現在の屋根付き専用建屋は昭和58年に完成)。古い大しめ縄は、上の作業と並行して降ろされ、分断されて市の焼却場で処分される。見物人は地区外の人も多数、カメラマンは10人ほど。神社に駐車場なし。
忙しい中、詳しく教えて頂いた神社総代さん、神社委員会役員の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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