2018/10/20

船橋・船橋大神宮奉納相撲

船橋市の船橋大神宮で奉納された相撲を撮影。

20181020【現地配布資料の説明】
「船橋大神宮恒例の奉納相撲は、天正十八年(1590)、徳川家康公が東金に鷹狩りに行く途中、船橋御殿に宿泊しました。土地の人達は、家康公をもてなすために近在の漁師の子供らを集め、元気一杯に相撲を取る姿を見せました。家康公は大変喜び、これを賞し、信仰厚かった船橋大神宮に奉納したものと伝わっています。
以後、大人相撲へと発展した歴史はありますが、毎年船橋大神宮例祭の10月20日に行われます大人の奉納相撲の最初の一番は必ず子供に取り組ませるのは、前記の故事によるものです。」

【この日の進行スケジュール】
9:00~9:30 開会式
(土俵清祓いの神事→国旗掲揚→挨拶)
11:00~ 奉納相撲(個人戦)
12:00~ 昼休憩
13:00~ 相撲甚句
13:30~ 奉納相撲(団体戦)
14:30~ 閉会式
(弓取式→表彰式→力士手締→委員長胴上)
15:00ころ 閉会

【メモ】
昨年は雨で中止となり2年ぶりに開催。最初の一番(鳶頭が介添して男児2人の取組。「はっけよい、のこった」でなく「豊年、万作」の掛け声)が終わった頃に現地入り。個人戦の途中、近くの神楽殿で十二座神楽の奉納が始まる。音が重なるので相撲甚句は神楽の終了を待って披露。後半の終盤に三役戦、弓取式、力士手締、胴上げと見どころが多い。観客・カメラマンとも多数。神社に駐車場あり。
今回は、事前のリサーチ不足とまさかの電池切れで撮影は撃沈。教訓「ミラーレス機は電力消費に注意」。今年はロケハンとして、次回にリベンジしたい。

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2018/10/13

流山・人形供養会

流山市駒木の成顕寺で行われた人形供養会を撮影。

20181013人生の節目節目で世話になり、大切な想い出とともに過ごした人形たちに感謝し、焚き上げて供養します。

流山の人形供養は古くから行われ、今年で34回を迎えます。

導師が「流山人形供養の碑」前で読経し、人形たちに塩・酒・米を撒いて祓い、木剣数珠という法具で祈祷します。小学生の代表が「人形に捧げる言葉」を読み上げ、参列者が焼香し、忌み竹で囲んだ斎場で人形たちをお焚き上げします。

もとは平和台の本行寺で始まりましたが、現在は、流山市観光協会の主催で、毎年10月第二土曜日に成顕寺で行われています。

【この日の進行スケジュール】
9:00~ 人形受付
10:00~ 開会
10:20~ 導師入場
(読経→人形に捧げる言葉→焼香→散華)
10:40~ お焚き上げ
11:00ころ 閉会

【メモ】
成顕寺(日蓮宗)は鎌倉期の創建。明治の神仏分離前は諏訪神社が拝殿で、成顕寺は奥の院だった。人形を供養する文化は日本独特で欧米にはない風習。供養会に持ち込まれる人形は毎年数百体でほぼ変わらない。導師が木剣数珠をカチカチ打ち鳴らし九の字に切って邪気を祓うのは日蓮宗寺院ならでは。お焚き上げで燃やすのは人形の一部に止まる。参列者は数十人、カメラマンは6人。寺に臨時駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2018/10/07

袖ケ浦・奈良輪の神楽

袖ヶ浦市奈良輪の福王神社で奉納された「奈良輪の神楽」を撮影。

20181007家内安全と五穀豊穣を祈願して、福王神社の秋例大祭(旧行10/9、現在は10月第一日曜日)で奉納されます。

街道の参道入口から神楽櫃(軽トラ積載)が囃しながら坂道を登り、神社へ繰り込みます。
拝殿で神職(飽富神社宮司)による神事が催行され、来賓・氏子が見守る中、神楽舞が奉納されました。
演目は「舞かかり・御幣の舞・剣の舞・狂いの舞」の4つ。御幣の舞では途中で神唄が入ります。

「神唄
千早ふる 天の岩戸を押し開く
いざや神楽を舞ひ遊ぶ
神をいさめて一踊り
白衣の御幣を持って悪魔を拂ふ
そこで楽を太平楽とあらたまる」

かつては青年団が神楽を継承しましたが、その青年団も昭和46年に解散。青年団OBによる保存会も十年ほどで解散し、現在は、青年団OBを中心とした奈良輪神楽愛好会の皆さんが継承しています。

【この日の進行スケジュール】
10:30~ 神楽櫃の繰り込み(街道の参道入口~福王神社)
11:00~ 拝殿神事
11:25~ 神楽舞奉納(舞かかり→御幣→剣→狂い)
11:40ころ 終了

【メモ】
福王神社は、街道の参道口からつづら折りの坂を登った上にある。かつては神輿が急坂を降りたと云うが、担ぎ手がおらず途絶えている。獅子神楽は、例大祭(1月第二日曜日)と大晦日にも奉納。舞手と囃子方が祭り衣装ではなく着物姿なのが粋。後継者がおらず絶滅寸前とのことで後継者難が深刻。
季節外れの真夏日となり、見物人は地元の皆さんが20人くらい、カメラマンは2人。舞手の後方に防風柵が写り込み撮影アングルは限られる。望遠で背景を整理しながら撮影。神社に駐車場なし(隣の青年館にスペースあり)。
忙しい中、色々と教えていただいた会長さん、愛好会の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/10/29

浦安・浦安囃子(70周年記念公演)

浦安市・浦安市文化会館で行われた浦安囃子保存会結成70周年記念公演を撮影。

20171029浦安囃子は、戦後、浦安の祭りを自分たちの囃子で盛り上げようと、5人の漁師が江戸・葛西囃子を伝習して始まりました。

大太鼓(おおなり)1・締太鼓(しめ)2・笛(とんび)1・鉦(よすけ)1の5人囃子で、締太鼓の「上げ」で始まり、「屋台→昇殿→鎌倉→四丁目→玉→玉送り→神田丸」と進み、「屋台」に戻って終わります。

昭和22年に「浦安囃子睦会」が結成されてから今年で70周年。記念公演では、第一部として浦安囃子、第二部として里神楽「宝剣泥棒」、フィナーレに「寿獅子と大黒舞」が演じられました。

【この日の進行スケジュール】
13:30~ 第一部
400歳の調べ→保存会長挨拶→浦安囃子→保存会70年の歩みとともに→浦安小お囃子部による祭囃子
14:25~ 休憩
14:35~ 第二部
里神楽(宝剣泥棒)
15:30~ 休憩
15:40~ フィナーレ
寿獅子→大黒舞→実行委員長挨拶→手打ち
16:00ころ 終了

【メモ】
第一部では、5人合わせて400歳の師匠方が「屋台」を演奏。第二部の里神楽「宝剣泥棒」は、台詞のある面芝居でコミカルな掛け合いが面白い。フィナーレは、厳かな寿獅子で始まり、最後は全員で賑やかに舞い納めた。
お囃子とともに古いVTRをオムニバスで流したり(保存会70年の歩みとともに)、照明を落とし、スポットライトに浮かび上がる金獅子(寿獅子)など、演出が上手く、魅せるステージ公演だった。
台風接近の中、客席はほぼ満席。カメラマンは3人ほど。駐車場は市役所Pを利用。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/10/21

白子・白子神社式年祭

白子町・白子神社で行われた61年毎の式年祭を撮影。

20171020【現地パンフレットの説明】
「永承三年(1048年)、今から968年前、平安時代に創建された白子神社は平成29年に式年祭の年を迎えます。
式年祭とは、式年(一定期間を定める意)に一度大祭を行うことです。
今から300年余り前の宝永五年(1708年)に白子神社は正一位白子大明神の極位に昇られ、これを記念して61年毎の式年祭が定められました。
式年祭を行うことにより、神社のご神霊の甦りとご神威の発揚がなされます。」

【今回の進行スケジュール】
初日(10/20)式年祭
10:00~11:00 本殿祭
修祓→宮司一拝→献餞→奉祝祝詞奏上→本庁幣献幣→祭詞奏上→奉幣神事→舞楽(蘭陵王)→玉串拝礼→本庁幣撤幣→撤饌→宮司一拝→宮司挨拶→奉賛会長挨拶→退下
11:00~ 本殿御開帳
午後 浦安の舞(2回)

中日(10/21)神幸祭
9:00~ 本殿御開帳
9:10~ 獅子舞奉納(南日当獅子舞保存会)
前かがり→幣束舞→鈴舞→くるい
9:30~16:00 神輿渡御
御霊遷し→宮出し→白潟・関廻り→白子海岸→還御
午後 豊栄の舞・浦安の舞

最終日(10/22)奉納行事
9:00~ 本殿御開帳
和太鼓・子供みこし他

【メモ】
61年に一度の祝い年。次回は見られないので初日・中日と二日間通って撮影。初日:小雨の中、午前中本殿祭。続いて、本殿御開帳へ。御神体は白亀の上に白蛇が乗った「玄武」。白色の玄武は珍しい。午後、拝殿で「浦安の舞」奉納。舞手(東金・八幡神社宮司)の雅な所作が美しい舞。中日:本降りの雨の中、朝一番で南日当の獅子舞。その後、神輿にビニールをかけることもなく威勢よく宮出し。雨が強まり、撮影を切り上げて撤収。
今回の反省点は、現地入りが遅れて舞楽を撮り逃したこと。式典後の奉納だろうとの予測が外れた。早めの現地入りは鉄則と改めて痛感。見物人は地元の皆さんが多数、カメラマンは数人。神社に臨時Pあり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/10/16

東庄・東大社やぶさめ神事

東庄町の東大社秋季例祭で行われた「やぶさめ神事」を撮影。

20161016_2平安期の康和年間(985-996)に始まったと伝わり、五穀豊穣を祈願して、氏子が奉納した的を、騎射装束の神職が弓で射ち、作物の豊凶を占います。

的は、裏に国家安泰・五穀豊穣と墨書し、一番(氏子中)、二番(溝原郷と東和田郷が各1本)、三番(羽計郷・石出郷で1本、今郡郷・鹿野戸郷で1本、谷津郷1本)、四番(諸持郷と東今泉が各1本)、五番(窪野谷郷)、六番(下飯田郷)、七番(高部郷)、八番(粟野郷)、十番(小南郷)の計13枚が立てられます。
昔は騎射でしたが、現在では歩射に変わっています。

放たれた矢を拾うと、白い矢は男児、赤い矢は女児を授かると云われます。

射終わった的は、拝殿に納めた後、各郷に戻されます。粟野郷と小南郷は、江戸期、境界を巡って争いが絶えず、役人の仲介で仲直りした経緯から、今でも神職立会いのもと、一の鳥居前で三枚合わせの的の中板を交換する仲直りの儀礼が、二百数十年以上続けられています。

【この日の進行スケジュール】
14:00~ 流鏑馬祭祭典
14:40~ お的神事
15:10~ 的の中板交換(粟野郷・小南郷)
15:15ころ 終了

【メモ】
的の一番(阿玉郷)は明治に氏子中の奉納に変わり、九番(松谷郷)は欠番。四番(東今泉)のみ合わせ扇の丸い的。射手は相当数の矢をテンポよく射つ。手作りの弓矢で中々当たらないが、不作になると困るので、各郷の役員は的を射手に近づけたりと自由な雰囲気。拝殿内に納めた的は、羽計と石出、今郡と鹿野戸の分は的板と竹を半分に割って分ける。
見物人は、地元の皆さんが数十人、カメラマンは2人。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/10/15

山武・富田の羯鼓舞・獅子舞

山武市富田の駒形神社神幸祭で奉納された羯鼓舞・獅子舞を撮影。

20161015旧富田村の郷社・駒形神社の神幸祭は、3年に一度、10月16~17日前後の土~日曜日に行われます。神幸祭では、神輿の宮出しに先立ち、富田地区に伝わる羯鼓舞(西区)と獅子舞(東区)が奉納されます。

西区の羯鼓舞は、道化(弓持ちのヒョットコ、猿)を伴い、三匹獅子(大獅子・中獅子・雌獅子)が腹の羯鼓をバチで叩きながら舞います。東区の獅子舞は、二人立ち獅子神楽で平舞(布舞・幣束舞・鈴舞・くるい)を舞います。

神輿は、榊、御神旗、三匹獅子、獅子山車の先導で、初日は東区を、二日目は西区を渡御します。

【初日の進行スケジュール】
12:00~ 羯鼓舞(西区ヤド前)
13:00~ 奉納舞(駒形神社)
羯鼓舞→獅子舞→稚児舞
14:00~ 式典
14:30~ 宮出し→神輿渡御(東区)
18:00~ 奉納舞(御仮屋)
羯鼓舞→獅子舞

【メモ】
今年は神幸祭の年で、10/15~16に催行された。今回は初日の行事を撮影。神社では、東西両区の役員が挨拶を交換し、羯鼓舞→獅子舞の順に奉納。羯鼓舞は、道化を先頭に舞場を周った後、三匹が同時に舞い、個別舞はない。獅子舞は、ベテランの舞手が見事な舞を披露。宮出し後、神輿に供奉する道中では舞なし。稚児による「中山」「大漁節」が随所で演じられ、華やかさを添えていた。
見物人は地元の皆さんが多数、カメラマンは8人。狭い境内は人であふれ、場所の移動もままならないほど。神社に駐車場なし。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/10/09

千葉・生実神社の奉納芝居

千葉市中央区の生実神社で行われた奉納芝居を撮影。

20161009b生実神社の秋季例祭(毎年10月体育の日の前日)は、子ども神輿が渡御し、夜は奉納芝居が披露されます。

明治初めに能・歌舞伎を奉納したのが始まりで、明治中ごろから芝居が演じられるようになりました。

娯楽が少ない農村で大人気でしたが、戦後、TVや娯楽の普及で観客が減り、昭和36年に中断。地元青年会が昭和45年に復活させ、毎年、神社例祭で演じて今年で115回を数えます。
現在は、「奉納演芸大会」として、前半は町内在住の希望者による舞踊・詩吟・フラダンスの披露で、後半に芝居が上演しています。

宵宮は、19時ころから「湯花進献式」(大釜の湯を参拝者に振り掛けて祓う神事)が行われています。

【この日の進行スケジュール】
18:00~ 奉納演芸
舞踊・詩吟・フラダンスなどの披露
19:45~ 奉納芝居「赤い陣羽織」
1幕1場・おやじの家夕暮れ時→2幕1場・同深夜→3幕2場・代官屋敷の前
20:50ころ 終了

【メモ】
境内の仮設舞台で、役者は青年会メンバーやその家族・知人が演じる。せりふや振付け、仮設舞台や大道具の設営、衣装などすべて手作りで運営。今年の演目は「赤い陣羽織」。女好きで派手な陣羽織を着た代官が、権力を笠に農夫の女房に言い寄る物語を、面白おかしく熱演し、撮影を忘れて楽しめた。
舞台正面には客席(パイプ椅子)が設けられるので、後方から撮影。本格的な舞台照明のおかげでストロボ不要。見物人はほぼ満席の100人以上、カメラマンは3人。神社に駐車場なし(路駐取締りあり)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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四街道・亀崎ばやし

四街道市亀崎の熊野神社で奉納された「亀崎ばやし」を撮影。

20161009a鎮守・熊野神社は、永和年間(1375-79)に紀州熊野神社から分祀して創建されました。

例祭は、かつては10月13日に幟たて、14日に宵まち、15日に本まち、16日に上りまちと幟かえしが行われました。参道や村の辻々に、時世を表す大津絵を描いた角行燈を立て、田舎芝居や映画を上映し、山車を曳き廻して亀崎ばやしで賑やぎ、近郷から多くの見物客で賑わいました。

「亀崎ばやし」は、神田ばやしの系統で、明治中期に印旛郡岩戸村・船尾村(今の印西市)から伝習したと伝わります。
戦後は長く中断しましたが、昭和53年に保存会(きらく会)が結成されて復活。演目は、「ひょっとこ」「おかめ」「白きつね」「獅子舞」などが演じられています。

【この日の進行スケジュール】
13:30~ 祭儀(神社総代)
13:40~ 亀崎ばやし(獅子舞→大笑)
14:00~ ハーモニカ演奏
14:40~ 亀崎ばやし(ひょっとこ→白狐→おかめ)
14:50ころ 終了

【メモ】
現在、例祭神事は10月15日に、祭儀と亀崎ばやし奉納はその直前日曜日に行われている。兼務社なので祭儀は神社総代により短時間で終了。亀崎ばやしは、途中で地元ハーモニカクラブの演奏を挟みながら、拝殿で奉納された。拝殿は正面と右側(来賓席側)が開き、左側に囃子方が座る。床は高くないので撮影は容易だが、来賓席の観覧を妨げないよう注意が必要。この日は雨上がりで見物人は30人前後、カメラマンは3人。神社に駐車場あり(数台)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/17

柏・塚崎神明社の十二座神楽

柏市・塚崎神明社の例大祭で奉納された十二座神楽を撮影。

20151017【現地案内板の説明】
「例年十月十七日の神明社の大祭に神楽殿で奉納上演されます。
古代神話をもとにした神楽舞で、巫女・猿田彦・湯笹・狐・恵比寿・餅投げ・鍾馗・玉取り・天宇妥女命・大幣・大蛇退治・天岩戸の十二の舞曲からなるものです。
代々塚崎地区の長男によって継承され、寛文九年(1669)には、すでに神楽舞が行われていたようです。神楽殿に掲げられた絵馬や手洗鉢をみると、県内でも比較的古くから伝承されてきた里神楽のひとつです。」

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 例大祭(午前の部)
10:30~ 神楽奉納
巫女の舞→玉取りの舞→狐の舞→天宇妥女命の舞
11:50~ (休憩)
13:00~ 例大祭(午後の部)
13:30~ 神楽奉納
恵比寿の舞→猿田彦の舞→湯笹の舞→餅投げの舞
15:30ころ 終了

【メモ】
旧沼南町に伝わる十二座神楽で、船橋・高根町神明社の神楽の元とされる。この日は八座を奉納(鍾馗の舞、大幣の舞、大蛇退治の舞、天岩戸の舞は舞手不足で演じていない)。一人が何役も舞うので演目は順不同。長男継承原則も薄れている。
神楽殿は正面・左右の三方が開き、左に囃子方が座り、右に道具の箱が置かれる。下総地方の神楽殿の特徴で床が高く、三段の脚立でも役不足なほど。自由に動けるので撮影は容易。できるだけノーストロボ撮影を試みるが、かつて藁葺だった屋根は軒が深く、舞台は暗い上に天井3か所の蛍光灯でWBが引っ張られる。
この日は、幕間にミニ・コンサート(エレクトーン演奏)を入れながら、まったりと進行(新しい試み?)。見物人は15人(午前)~30人(午後)くらい、カメラマンは4人。最後の餅投げの舞では人が溢れる。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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