2018/01/07

君津・蔵玉の神楽

君津市蔵玉の熊野神社で奉納された獅子神楽を撮影。

20180107b小櫃川流域の村々では伝統的に神楽奉納が行われてきました。

蔵玉の神楽もその一つで、熊野神社の歳旦祭(旧行1/2)・春祈祷・宮薙祭・秋祭りに奉納されます。
演目は、「ヤマ」「サガリハ」「オンベの舞」「スズの舞」「オコリ」で、オンベの舞では途中に神楽歌が入ります。

戦後は後継者難で多くの地区で伝承が途絶え、蔵玉地区でも昭和58年ころに神楽保存会が解散。現在は、地元の有志による神楽愛好会が継承しています。

蔵玉の神楽歌
1 千早振う 天の岩戸 押し開き
2 これぞ 神代の 始めなり
3 いざや 神楽を舞いらする
4 神を いさめて 人踊り
5 皆白妙の 御幣を持って 悪魔を祓う そこで楽 泰平楽世と改まる

【この日の進行スケジュール】
12:40~ 神楽櫃を組立
13:30~ 歳旦祭(拝殿)
14:10~ 獅子神楽奉納
ヤマ→サガリハ→オンベ→スズ→オコリ
14:40~ 神楽櫃を分解
14:50ころ 終了
終了

【メモ】
かつて各村々が神楽を奉納した亀山神社(滝原)の祭礼で宮元を務めた由緒ある神楽。現在は、地元でのみ奉納。神楽櫃をその都度組み立て、終わったら解体するのが珍しい。神楽は石段下の鳥居前で奉納され、力強い端正な舞。囃子方は笛2・小太鼓2・大太鼓1。歳旦祭は、数年前から1月第一日曜日に変更。後継者難と舞手不足で中止になる年が多く、この日は長生村からの帰路、ダメ元で立ち寄ったところ見学できた。見物人は集落の皆さんが数人、カメラマンは3人。神社に駐車場あり。
拝殿に向いて舞うので、いい場面は逆光と強いコントラストでカメラマン泣かせ。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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長生・高根新屋敷の筒粥占い

長生村・八坂神社で行われた筒粥占いを撮影。

20180107a【現地解説板の説明】
「この占いは、高根新屋敷の鎮守祇園宮に伝わる神事で、長さ九センチの葦の筒一六本を、米一合の入った鍋に入れて火を焚き、筒の中に粥の満、満足らざるをもってその年の農作物の出来映えや、景気、不景気、吉凶を占うために古来より年頭の正月七日に行われている。」

【この日の進行スケジュール】
8:00ころ~ 準備
炉に榊と注連縄→鍋に水を沸かし米を入れて炊く→葦筒作り
9:00~ 筒粥神事(中殿)
祝詞(神前)→大祓詞(炉前)・葦投入→祝詞(神前)
9:30~ 判定→記録→貼り出し
10:00ころ 終了

【メモ】
地元では「高根新屋敷の祇園さま」と呼ばれる八坂神社。筒粥神事の起源は不詳だが、天保二年(1831)に行われていた記録が残る。神職が炉前で大祓詞を唱え続ける間、葦筒を入れて煮る。作物や天候・世情など16種を占う。判定は、最初の1本を「基準」(五分)とし、相対評価で一~十分を決定。皆で悩みながらも和気藹々と進む。結果は社殿に貼り出し、氏子には神符で配る。かつて氏子は、粥占いの結果を作付けの参考にした(現在は専業農家は2軒のみとのこと)。
他に見学者・カメラマンなし、神社に駐車スペースあり。詳しく教えて頂いた氏子総代さん、自治会長さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2018/01/02

富津・船祝い

富津市の富津漁港で行われた「船祝い」を撮影。

20180102船祝いは、年初めに豊漁と安全を祈願する伝統行事で、漁村ならではの風物詩です。
富津漁港では、船に大漁旗を掲げて御神酒を捧げ、集まった人たちに御ひねりを撒いて祝います。

初めに、船霊に御神酒と神饌を供え、御神酒をかけて浄めます。その後、船主が舵を握り、舳先に先手が立って安全祈願の儀式があります。船主が「面舵よ」「取舵よ」「ヨーソロ」と声をかけ、先手が手を右に上げ「おもーかじよ」、左に上げ「とーりかじよ」、上に上げ「ヨーソロ」と復唱します。最後に船上から御ひねりを撒きます。

【この日の進行スケジュール】
8:00ころ~ 船祝い
船ごとに時間が異なり、漁港内のあちこちで行われる
9:30ころ 終了

【メモ】
朝7時に現地入り。場所は、大勢の人が集まっているのですぐ分かる。船ごとに行うため時間はバラバラ。船主が到着して乗り込むと始まる。御ひねりは百円硬貨やお菓子。子供たちが優先だが、大人も負けずに熱くなっていた。強風で、海に落ちた御ひねりも相当あったが、子供たちがタモ網で上手に回収していた。
集まった人は百人ほど、カメラマンは5~6人。始まりそうな船があると、みなそちらへ走る。漁港に駐車スペースあり。
撮影は、強い北西風と朝の光線の向きを考えると、西寄りの岸壁よりも真ん中の岸壁(漁協事務所の所)が吉。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/01/29

八千代・下高野の辻切り

八千代市下高野区で行われた辻切りを撮影。

20170129ムラに疫病や災いが入らないように、毎年1月下旬(天神ビシャ後に決定)、藁で大蛇を編み、集落の境6か所に掛けます。

八千代市内の辻切り行事は8か所に残り、下市場区・上高野区・下高野区・下町区(村上)・台町区(村上)が藁蛇型、高津区・小池区・勝田区が注連縄型です。

目や舌の作り方、本体に挿す枝、御神札の種類など、地区ごとに少しずつ違います。下高野区では、目・舌に唐辛子(伏見甘長)を使い、背に塞神の御神札・幣束・ヒイラギ・スギの小枝を挿します。

【この日の進行スケジュール】
9:00~ 藁蛇作り(頭・胴体を6体)
12:00~ 休憩
13:00~ 飾り付け(目・舌・挿し物)
13:40~ 辻にかける(青菅、上高野、米本、保品、先崎、青菅の境)
15:30ころ 終了

【メモ】
青菅地区(佐倉市)との境に近い農家のビニールハウス内で作業。頭部に使う藁をすき、2人一組で大辻(蛇)6体と自宅用の小辻(蛇)を編む。和気藹々と作業が進み、できた大辻と小辻を板で押して転がし、滑らかに仕上げたところで昼休憩。午後1時、目・舌・挿し物で飾り付けて完成。すぐ前の辻(青菅との境)に掛け、あとは軽トラに分乗して順番に掛けて回る。
今回、作業と並行して小辻作りを体験させてもらい、藁を編む難しさを実感。小休止では、自家製の甘酒やかき餅を馳走になりながら、地区の古い話を聞かせて頂く。見学者はなく、カメラマンは3人。駐車は下高野区公会堂にスペースあり。お世話になった地区の皆さん、まっくろくろすけさん、ありがとうございました。できあがった小辻は、さっそく床の間に飾りました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/01/15

匝瑳・ひげなで三杯

匝瑳市今泉の稲生神社(今泉5412)で行われた「ひげなで三杯」を撮影。

20170115今泉地区では、神社の当番を16集落が年番で担当しています。新旧当番の交代は、毎年1月15日、神社で行われます。

当日は、当番引継ぎの儀式として、新旧当番区が他区の役員をもてなす祝い膳と、酒を飲み競う「ひげなで三杯」、当番引継ぎ行事が行われます。

「ひげなで三杯」は、東西に分かれて二人ずつ酒を飲み競います。
小椀で一杯、大椀で一杯を飲み干し、どちらかが髭をなでると、さらに大椀に三杯目が注がれます。飲み干せないで先に椀を置いた方が負けです。

当番区の引継ぎでは、新旧当番が対座して盃を酌み交わし、御神体を引継ぎ、一本締めで納めます。新当番は、御神体を集落に持ち帰る際、神社を出るまでは何があっても後ろを振り返ってはならないとされています。

【この日の進行スケジュール】
10:20~10:45 神事
11:00~12:00 祝い膳(座奉行が奉仕)
12:15~12:40 ひげなで三杯
12:40~12:55 当番引継ぎ
13:00ころ 終了

【メモ】
午前10時ころ現地入り。神事が終わると神職は帰り、祝い膳の宴席には参加しない。宴席では「座奉行」(裃姿の男児2人)が御神酒を振る舞い、1巡目は小盃、2巡目は中盃、3巡目は大盃に注ぎ三献する。男児は宴席が終わると帰り、ひげなでには参加しない。ひげなでは、行司役と東西2人の座を作り、賽銭を入れる箱、大小の酒椀を用意する。小椀(0.7合)→大椀(1.5合)と飲み干し、どちらかが髭をなでると大椀に三杯目を飲む。周囲の声援と笑い声の中、対戦が進む。対戦が終わると、座を整え、当番引継ぎが行われてお開きとなった。
見物人は数人、カメラマンは2人。神社に駐車スペースあり。詳しく教えていただいた総代の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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白子・幻の牛込獅子舞

白子町の子之上神社(牛込1808)で奉納される獅子舞を見学に行きましたが、すでに中断していました。

20170115a【現地案内板の説明】
「天保年間(一八三〇~四三)、牛込村の名主で船主の長五郎(姓斎藤)が、村内青年達に健全な娯楽、修養を奨励する意図をもって、獅子舞の諸道具を若衆に寄贈したことから始まったといい伝えられている。
流派を、いっせん流といい、しなやかな舞踊が初期には特徴であった。
毎年、氏神の子の上神社の祭礼に奉納したり、正月と九月に区内の各戸をまわり、悪魔祓いをする外、町内外の祭典や行事に出演している。演目の主なものに平獅子、四つ足、亀獅子、玉獅子、蛇遊び、おそめ、蜘蛛、鳥さし、和唐内などがある。」

【この日の進行スケジュール】
9:00~ 獅子頭を飾り置き(拝殿)
9:30~ ムラ廻り

【メモ】
匝瑳市の「ひげなで三杯」に向かう途中、牛込宮本獅子舞保存会による獅子舞を見学に立ち寄る。現地に着くと、拝殿内に集落の皆さんが集まり、獅子頭(新・旧)に榊と御神酒を備えて飾り置きされていた。役員さんによると、舞手と囃子方がおらず、ここ2年ほど獅子は舞っていない(神社祭礼も同じ)。
現在は、地区の皆さんが見守る中、獅子頭に悪魔祓いを祈願した後、獅子頭を持ってムラ廻りをして終了する。地区の皆さんも残念そうだった。

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2017/01/07

鴨川・呵萬数珠(かあまんずず)

鴨川市の待崎須賀神社(広場819)で行われた「呵萬数珠」(かあまんずず)を撮影。

20170107毎年1月7日、子供たちが数mの大数珠と幣束を持ち、「カーマンズズ、キレタラツナゲ、ツナイダトコロデ、ヨーイヤセ」と唱えながら家々を祓って廻り、おひねり(賽銭)をいただく風習が現在も残っています。

子供たちは、小学高学年をリーダーに氏子の家々を廻り、玄関先で「ショウバイハンジョウスルヨウニ、アクマヲハラッテ、ヨーイヤセ」と唱え、戸主を幣束で祓います。
お年寄りがいる家では、大数珠の親玉を足腰の痛い所や悪い所にあて、早く良くなるように祈願します。

もとは僧侶が鉦を叩きながら念仏を唱え、信徒が輪になり大数珠を繰りながら唱和する「百万遍念仏」で仏教行事ですが、待崎地区では神社の行事として神仏習合の珍しい形態で行われています。

【この日の進行スケジュール】
11:30 設営(各区氏子総代)
13:00 集合(各区役員・子供たち)
13:30~15:30 ムラ廻り
5班に分かれて神社発→氏子各戸を祓って廻る→神社着
16:00ころ 終了

【メモ】
11時ころ現地入り。当日は神職による儀式はなし。子供たちが集合すると、氏子総代さんの説明と唱文の練習。14時予定の出発は30分早まり13時半に(来年は13時発予定とのこと)。ムラ廻りは、5班体制で5地区を廻る。1つの班は子供が2~3人、キモイリ(手伝い)役の大人2人が付いて20数軒を担当。かつては2班体制で夜までかかったが、現在は2時間ほどで廻る。もとは男子の行事で、大勢でムラ廻りをし、おひねり(賽銭)を均等に分けたと云う。今は少子化に加えて子供たちが忙しく、わずかな手間賃では集まらないとのこと。参加した子供は15人(うち男の子3人)。見物人は子供たちの親御さんのみで、カメラマンは3人。神社に駐車場あり。
詳しく教えていただいた氏子総代・役員の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/01/02

南房総・下立松原神社のミカリ神事

南房総市白浜町の下立松原神社(滝口1728)のミカリ神事を撮影。

20170102【現地案内板の説明】
「下立松原神社のミカリ神事は江戸時代(文化十三年頃)から行われたとされる。
『ミカリ』という名の由来は、古く由布津主命が天富命と一緒に安房に上陸し、農作物を荒らす猪や鹿を狩って退治したことによるといわれ、鹿倉山は狩りをした場所、頂上の石宮三社は狩りをした神々であるという。また、山頂で宮司が叫ぶ『曲田の小平』というのは、狩りを助けた者だと伝えられている。
ミカリ神事は旧暦十一月二十六日の夜から十日間にわたって行われる。二十七日から三日間、宮司・氏子総代が社務所に籠もり、鹿倉山に行く。これを『サバシ参り』と称している。また、二十七日は『イチノビ(一の御日)』といって縄綯りをする。十二月一日は『注連張り』といって『イチノビ』に綯った縄を注連にして本殿の奥から鳥居まで、参道に沿って千鳥掛けに張り、神前に白い強飯などが供えられる。
ミカリ神事の最終日である十二月四日は、『夜明かし祭り』といい、前日からは神社役員の氏子総代も社務所に参籠し、夜になってから参道に大火を篝火として焚き、御霊が移された神輿が鳥居の先まで渡御し、お旅所の社務所に入る。こうして、十二月四日の夜明け前には神輿がお旅所から本殿に戻り、ミカリ神事は終わる。
下立松原神社のミカリ神事は今なお旧暦で神事が行われ、多少簡略化されてはいるものの、サバシ参り、縄綯い、夜明かし祭りの神事が現在も守られているなど、他の神社では失われたものが今も伝えられていて学問的にも貴重なものとされている。」

【この日の進行スケジュール】
19:30~ 大篝火に点火
19:40~ 御霊遷し(拝殿)
祭儀→御霊を輿に遷す→輿行列が出発
19:55~ 二の鳥居(祭儀)
祭儀→輿行列でお旅所へ
20:10~ お旅所(社務所内)
御霊遷し→祭儀
20:40ころ 終了

【メモ】
「房総のミカリ習俗」として県記録選択無形民俗文化財の一つ。今年はイチノビ(縄綯い祭)が12/25、夜明かし祭が1/2で、最終日の「夜明かし祭」を撮影。かつて行われていた、参籠前の宮司の禊(七浦でのシオアビ)と、山頂での叫び(曲田の小平)は、現在は省略されている。御霊遷しは、宮司のみ拝殿で祭儀執行後、灯りを消して真っ暗闇の中、輿が横付けして行われる(撮影不可)。拝殿から二の鳥居までは140mほど。鳥居前で短い祭儀を執り行い、お旅所(社務所)に戻る。
予想以上に真っ暗で、f2.8ズーム+ISO12800でもシャッター速度が上がらず。AFも迷い、素直に補助光ONが吉。見物人は地元の皆さんが多数、カメラマンは2人。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/01/01

白井・七次の大日神楽

今年の初記事は、白井市の大日神社(根1388)の元旦祭で奉納された神楽を撮影。

20170101浦部(印西)から富塚に伝わった神楽(廃絶)を、昭和初期ころに伝習したとされ、「みこ舞」一座が舞われています。

戦時中に一時中断しましたが、昭和30年代に古老から笛・鼓を教わって再興。曲は、祭典の進行に伴い、3曲(神職の儀式に奏でるゆっくりした「練り」、みこ舞で奏でる「みこ舞」、最後に玉串奉奠で奏でる繰り返しの「奉幣」)が伝わります。

保存会等はなく、地元消防団とOBで伝統を守っており、元旦祭のほか、祈願祭(おびしゃ、2/17)と例大祭(10/15)でも奉納されます。

【この日の進行スケジュール】
23:50~ 元旦祭
祝詞奏上→修祓→神楽奉納(みこ舞)→玉串奉奠
0:30ころ 終了

【メモ】
昨年の現地調査を基に、今回は大晦日の23時ころ現地入り。焚火にあたりながら古老から詳しい話を伺う。長楽寺の除夜の鐘が響くころ、拝殿で元旦祭が催行。式次第はなく、淡々と進行して神楽を奉納。舞は、榊と鈴を持ち、両手を前に押し出して舞う。舞時間は5分ほど。厳かな中にも力強さを感じさせる。2月のおびしゃの前には、2週間の寒稽古をするとのこと。なお、現地では「巫女舞」と呼んでいるが、浦部から伝わったとすれば「神子舞」かも知れない。
見物人は昇殿者など十数人、カメラマンは私のみ。神社の駐車場は、当日は関係者以外不可(川沿いにスペースあり)。
詳しく教えて頂いた世話役・楽師・舞手の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/01/17

茂原・二宮神社のお的神事

茂原市山崎の二宮神社で行われたお的神事を撮影。

20160117b【茂原市文化財の説明】
「筒粥の神事:神事の当日(1月15日)午前8時、神殿を装飾し、社頭において、鉄鍋にて粥を煮る、葭殻(よしがら)を幣束に切り、筒12本を製し、コヨリにて編み連ね、これを中央に入れ、1時間煮て、氏子、村吏、社人立会いの上、筒粥を割り、筒の中に入った粥の多少により五穀の豊作・凶作を占う。

お的の神事:神事の当日(1月17日)午前8時、神殿を装飾し、拝殿の正面15間を隔て、お的を置き矢を3度放ち、当たった矢の行方により風、雨、旱(かんばつ)、地震の四兆を占う。

これらの神事は、神事をとり行う社家について旧来の家格を遵守し、神事に用いる用具や準備など、その役割分担が厳格に受け継がれている。また500年以上も前から行われているとの伝承がある。」

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 例祭(拝殿)
10:30~ 直会(公民館)
12:00~ 的立て
12:30~ お的(弓射)→占い
12:45ころ 終了

【メモ】
1/17のお的神事を撮影。午前10時から例祭式典(関係者のみ、撮影困難)。正午ころ、役員が的を立て、射手(社家)が弓矢を持参して神社に入り支度を整える。矢は六本ずつ三回の18本を放つ。当たるも当たらぬも神様の意思によるとされる。正式な弓と矢を使うのでかなり遠方まで飛び、跳矢は玉垣を軽く超える(神社入口周辺の駐車は危険)。今年は八本が的中し、判定は「雨は少なく風穏やかだが、地震が多そう」と出た。見物人は市内外から十数人、カメラマンは自分のみ。神社参道に駐車スペースあり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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