2017/05/27

松戸・東葛雅楽会の雅楽

松戸市・松戸神社で奉納された東葛雅楽会20周年記念の雅楽を見学。

20170527雅楽は、大陸から伝来した楽器や舞が日本独自の発展を遂げ、平安中期に完成した古典音楽です。朝廷や貴族社会で奏された正統の音楽として、「俗楽」と区別されました。

この日は、東葛雅楽会の設立20周年記念で、管弦、浦安の舞、舞楽が神前奉納されました。

東葛雅楽会は、平成8年、東葛地区の神職で結成され、県内では松戸神社のほか、廣幡八幡宮(柏)や玉前神社(一宮町)などで奉仕しています。

【この日の進行スケジュール】
17:00~ 管弦(双調音取→武徳楽→胡飲酒破)
17:35~ 神楽(浦安の舞)
17:50~ 舞楽(抜頭(右方))
18:05ころ 終了

【メモ】
管弦とは、三管(笙・篳篥・龍笛)両弦(琵琶・筝)三鼓(鞨鼓・太鼓・鉦鼓)で奏する器楽合奏。篳篥が主旋律を奏し、龍笛が旋律を装飾し、笙が和音を付ける。神楽は、日本固有の歌舞に外来の篳篥を取り入れた国風歌舞で、今回は「浦安の舞」を披露。舞楽は、大陸系(唐楽)が赤系の装束で舞う「左方」、朝鮮半島系(高麗楽)が緑系の装束で舞う「右方」と呼ばれる。今回の演目「抜頭」は、天平年間にベトナムの僧が朝鮮に伝え、猛獣を討って歓喜する姿を表す。なので右方なのに赤系の装束。里神楽系を見慣れた目には、舞楽特有の動きがとても新鮮だった。
松戸神社の神楽殿は、昨年建て替えられ、杉戸絵(獅子に牡丹)は市有形文化財。見物人は30~40人ほど、カメラマンは3人。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2013/05/04

鴨川・嚴島辨財天本開帳

鴨川市磯村・嚴島辨財天で行われた60年に一度の癸巳年本開帳を撮影。

20130504_2【現地案内板の説明】
「当磯村弁財天の由来は、平安朝時代、仁明天皇の承和年間(西暦八百四十年頃)唐より帰朝した慈覚大師が当地巡錫の折、弁財天女のお姿を自作有りて此処に安置したと伝えられ、往事は浮島弁財天と云われ、房総屈指の漁村として、繁栄の名を歌われた磯村漁民の祖先が、大漁万作、海上安全、開運繁栄のお守り神として崇敬して、今日に残した古来からの伝統的な祭祀の行事が伝承されている事は広く知られているところです。
以来千有余年の永い歳月の間、台風や大津波や大地震など、幾多の天災地変に遭遇して参ったのであり、現在の弁財天尊像は、江戸時代、徳川吉宗の享保十五年(1730年)その頃今より二百五十一年前御宮方大仏師杢之進の謹作された鎌倉時代の様式で、福徳円満なお姿にして、一面八臂の珍しい御座像と云われています。八つの手にそれぞれ右手には鉾矛、棒鎰箭、左手には鉾矛、輪宝、宝弓、宝珠を十五人の童子と牛馬を従え、頭に宝冠をいただきそのなかに白蛇がいてお守りする像であり、本格的な気品の高い彫像とされています。
当神社大祭は、癸巳年の本開帳、癸亥年の中開帳がそれぞれ六十年毎に行われ、当日は岸より島までの海上に船橋が架けられ、多くの人々が参拝される伝統行事として、受け継がれています。
なお、例祭は一月十四日十五日の両日に行われます。」

【本開帳の進行スケジュール】
5月4日
7:30~ 祭典(嚴嶋神社)
8:30~ 御魂遷し(弁財天輿、天王様、八雲神輿東西)→漁協御旅所へ
10:00~10:30 記念式典(漁協ステージ)
11:00~18:00 町内巡行:弁財天輿
15:00~17:00 弁天島巡行:八雲東西・川口・熊野の4神輿、担ぎ屋台
19:30~21:00 各社巡行(漁協広場周辺)

5月5日
9:00~16:00 町内巡行:弁財天輿
13:00~16:00 町内巡行:八雲西・川口・熊野の3神輿、担ぎ屋台新
(八雲神輿西・担ぎ屋台新は神社坂下で留め置き)
16:00~17:00 弁天島巡行:弁財天輿、天王様、八雲東・川口・熊野の3神輿
17:00~ 御魂返し(還幸祭)
17:30~18:30 町内回り:八雲神輿東、担ぎ屋台旧(川口・熊野の2神輿は帰社)
19:00~19;30 宮入:八雲神輿西、担ぎ屋台新
20:30~ 宮入:八雲神輿東、担ぎ屋台旧

【メモ】
今年は60年目の癸巳年本開帳。年齢的に次の機会は(たぶん)ないので、撮影テーマは開帳時にしか見られない舟橋と神事、女衆が担ぐ弁天輿、新旧担ぎ屋台の3つに絞った。
5月3日朝6時から、舟橋の設営作業を見学。4日、午前は神事と弁天輿の町内巡行、午後は新しくなった担ぎ屋台を中心に撮影。
この日は主催者も驚く人出で(弁天拝観は3時間半待ちで断念)、カメラマンもTV各局や報道のほか凄い数。漁協広場は休憩場所も露店も足りず、強い日差しの中を空腹で歩き回ることに…。体力を消耗してモチベーションが続かなかった。
駐車場は鴨川マリーナの臨時P利用(鴨川小校庭は祭り関係者、鴨川マリーナは出店者、漁港は来賓、青年の家はバス専用)。公式撮影で忙しい中、色々教えて頂いたA写真館のSさん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2012/05/26

香取・おらんだ楽隊

水郷佐原水生植物園の「水郷佐原あやめ祭り」で行われたおらんだ楽隊を撮影。

20120526旧佐原・扇島地区に伝わる神楽(=お囃子)で、西洋風の出で立ちからおらんだ楽隊と呼ばれます。

もともと扇島地区の人々は、香取神宮の式年神幸祭の船渡御で御座船を曳く引舟隊の神楽を務めており、「香取神宮御座船引船隊」が正式な名称です。

現在のような形になったのは、江戸末期~明治初期ころで、神楽に洋風の音楽を取り入れて演奏したのが始まりとも、戊辰戦争で負傷した水戸藩官軍の鼓笛手が、当地の病院に入院中に伝えたとも云われています。

赤い陣羽織にぶっさき袴、手甲と脚絆をつけ、頭に鉢巻きという出で立ちで、旗を先頭に行進しながら演奏します。楽器は洋式の大太鼓・小太鼓と篠笛で、曲目は「なみあし」「はやあし」「かけあし」「がいせん」の4曲を歩調に合わせて奏でます。

扇島地区の農家の長男が伝承し、現在は扇島神楽隊の皆さんが伝統を守っています。時代の変化を取り入れた芸能として貴重な存在で、県無形民俗文化財です。

【この日の進行スケジュール】
10:00~10:15ころ おらんだ楽隊(行進)
13:30~14:00ころ おらんだ楽隊(サッパ舟~行進)

【メモ】
この日は「あやめ祭り」オープニングでの公開。東関東道を潮来ICで降り、10時15分に現地入り。公式サイトでは午前の部は10時半からとなっていたが、10時からに変更され終わったところだった。午後の部はゲート前からサッパ舟で佐原囃子を奏でながら園内水路を1周半して、園内奥の船着場に上陸。そこから「なみあし」でゲートまで行進して終了。香取神宮神幸祭でも「かけあし」は聞いたことがないので、大太鼓の奏者に尋ねたところ、「大きな楽器を抱えて駆け足するのは大変で、滅多にやらない」とのこと。なるほど昔と違いメンバーが高齢化しているので無理もありません。この日の観光客は少な目で珍しそうに眺めていた。カメラマンは3人。駐車場あり。あやめは一分咲き?で見ごろはまだ先。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2012/05/19

秩父・秩父歌舞伎正和会

平成秩父座で行われた正和会の秩父歌舞伎を撮影。

20120519_4秩父は江戸期に生糸の集積で栄えた地域で、江戸の文化が伝わり、すでに江戸中期には盛大な秩父夜祭りや屋台芝居が演じられていました。

秩父歌舞伎は、江戸後期に初代板東彦五郎が修得して帰郷し、近郷の村人に教えたのが始まりです。
昭和初期まで近郷各地で盛んに演じられていましたが、その後は衰退。戦前の「出征遺家族慰問の夕べ」を最後に戦時中は中断。昭和22年、かつて演じた人々が正和会を結成し、伝統の秩父歌舞伎を復活させました。
地芝居では珍しく、週2回の稽古を欠かさず芸を磨き、襲名披露も行っています。

正和会の秩父歌舞伎は、秩父市無形民俗文化財に指定されているほか、国重文の「秩父夜祭りの屋台芝居」(12月3日)で屋台の張り出し舞台でも演じられます。

【この日の進行スケジュール】
15:10~16:20 「絵本太閤記-十段目尼崎閑居之場」

【メモ】
正和会の第30回定期公演は、初の掛け舞台「平成秩父座」で行われた。 「絵本太閤記-十段目尼崎閑居之場」は、謀反を起こした光秀の閑居が舞台。前段は、光秀の子・十次郎が初菊と祝言を上げて出陣する。中段は、泊めた旅僧の正体が真柴久吉と知った光秀が、久吉と間違えて母を竹槍で突く。そこに敗走した十次郎が戻り、光秀に戦況を伝えると自害して果てる。後段は、旅僧姿の久吉とその家臣・正清が現れ、光秀に戦場での再開を約して去る。役者は素人と思えないハイレベルな演技。
桟敷席は多数の見物人で埋まり、その後方にはカメラマンの三脚と脚立がずらりと並ぶ。当日は炎天で、レンズ鏡筒が熱くなるほど。そのせいかVRがしばしば誤作動。機材にも暑さ対策が必要だった。

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秩父・貴布祢神社神楽

平成秩父座で行われた下吉田井上・貴布祢神社神楽を撮影。

20120519_3下吉田井上地区の貴布祢神社に伝わる神楽で、江戸後期の文化年間に、神官が村人に江戸で伝習させたのが始まりと伝わります。

岩戸神話系の神楽で、一神一座の三十六座が伝わり、貴布祢神社の春祭(4月3日)と秋祭(10月3日)に境内の神楽殿で奉納されています。

秩父地方で最古の神楽で、特に「翁の舞」、「猿田の舞」は芸能的に高く評価されています。現在は、貴布祢神社保存会の皆さんが伝統を守っています(埼玉県指定無形民俗文化財)。

【この日の進行スケジュール】
14:00~ 神楽「大蛇攻め」
14:40ころ 終了

【メモ】
こちらも平成秩父座での協力出演。演目は、神明社神楽と同じヤマタノオロチ退治を描いた「大蛇攻め」。ストーリーは、老夫婦と櫛名田比売が嘆いていると須佐之男命が現れる→話を聞いた須佐之男はオロチ退治のため酒瓶を用意する→オロチが比売を食べるか酒を飲むか迷う→結局、酒を飲んで酔っ払う→オロチを討ち、草薙の剣を比売に与えて夫婦になる→大幣束を手にめでたく舞う。同じ演目でも伝承地域ごとに内容が違い、面白い。保存会長さんの解説がユニークで、満席の桟敷を前に「地元の祭りでは観客は数人。こんな大勢の人に見てもらえてうれしい」と挨拶。写真は、最高齢の82歳の演者による翁。燻し銀のような演技が見事でした。

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秩父・萩平子ども歌舞伎

平成秩父座で行われた萩平子ども歌舞伎を撮影。

20120519_2萩平地区には、農村歌舞伎が盛んだった明治期に建てられた茅葺き屋根の歌舞伎舞台が現存します(埼玉県有形民俗文化財)。

昭和初期まで興行芝居が行われていましたが、戦後は使われることもなく荒廃。平成3年、秩父歌舞伎正和会の公演で60年ぶりに村歌舞伎が復活しました。
地元有志が萩平歌舞伎舞台保存会を結成し、歌舞伎と舞台の保存伝承に取り組んでいます。

定期公演は毎年10月ですが、この日は平成秩父座での公演。子どもたちによる歌舞伎2座(吉例曽我対面-工藤館之場、青砥稿花紅彩画-稲瀬川勢揃之場)が演じられました。

【この日の進行スケジュール】
13:00~13:50 「吉例曽我対面-工藤館之場」
14:40~15:10 「青砥稿花紅彩画-稲瀬川勢揃之場」

【メモ】
「吉例曽我対面-工藤館之場」は、正月の工藤祐経邸が舞台。祝賀に参じた朝比奈三郎が、工藤に曽我兄弟を対面させる。ところが、曾我兄弟にとって工藤は親を討った敵。血気にはやって工藤に仇討ちを迫る曾我兄弟だが、工藤は「富士の巻き狩の総奉行を務める大事な身。役目が終わったら討たれてやろう」と約束し、御狩場の通行手形を年玉に渡して幕。役者は小学生8人、中学生9人、高校生2人。
「青砥稿花紅彩画-稲瀬川勢揃之場」は、桜咲く稲瀬川が舞台。捕手に追い込まれた5人の盗賊が、意地と粋を見せて大見得を切る名場面。役者は小学生6人、中学生4人。
歌舞伎独特の抑揚をつけた長い台詞を、間違えることなく演じきった子どもたちに会場は拍手喝采。

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秩父・神明社神楽

平成秩父座で行われた荒川白久・神明社神楽を撮影。

20120519荒川白久地区に伝わる神楽で、江戸後期の安政年間に上州から白久に伝えられました。

岩戸神楽系で十七座が伝わり、年3回(3月第二日曜・7月最終日曜・11月23日)、鎮守・神明社の神楽殿で奉納されています。

当時、白久村で盛んだった村歌舞伎芝居の影響を受け、神楽の舞法が歌舞伎的だったり、神楽面に隈取(くまどり)があったりと、独特です。
この神楽は、神明社神楽保存会の皆さんが伝統を守っています(秩父市指定無形民俗文化財)。

【この日の進行スケジュール】
11:40~ 神楽「蛇打(じゃうち)座」
12:20ころ 終了

【メモ】
道の駅ちちぶの隣に作られた掛け舞台「平成秩父座」で行われた秩父歌舞伎正和会の定期公演に協力出演。演目は、須佐之男のヤマタノオロチ退治を演じる「蛇打座」。ストーリーは、老夫婦のもとにオロチの使いが来て櫛名田比売を連れて行く→旅の須佐之男命が現れ、話を聞いて比売を取り戻す→オロチ退治のため、酒瓶に眠り薬を混ぜて仕掛ける→オロチが酒を飲んで寝込んだところを退治する→比売とめでたく夫婦になる。約40分の五人舞。房総の十二座神楽と趣きが違って、えらく新鮮だった。写真は、櫛名田比売の舞い。
※関連記事は,写真ブログ「Perforation?」に掲載。

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2012/05/05

東葛印旛送り大師

柏・長全寺で行われた東葛印旛送り大師の結願式を撮影。

20120505二百年以上続く准四国八十八か所霊場巡りの伝統行事で、その年の「結願の寺」を5月1日に出発。五日間かけて旧柏16・旧沼南53・白井10・鎌ヶ谷5・松戸4の札所・掛所を右回り(天道回り)に巡り、5月5日に再び「結願の寺」に戻ります。

明治期に弘法大師尊像の厨子を担いで札所を回るようになったことから、「送り大師」とも呼ばれています。
大師講は、県内では下総地方に多く見られますが、数百人規模(今年は七百人)が列をなして巡拝する例は珍しく、県内はもとより全国一の規模と云われます。

今年の結願区は柏で、一番札所の柏・長全寺(曹洞宗)が「結願の寺」となりました(23年ぶりだそうです)。

【この日の進行スケジュール】
8:25~ 巡拝
名戸ヶ谷・法林寺→名戸ヶ谷・観音堂跡→豊四季・念仏堂
11:00~ 練り込み
12:00~12:45 結願式
感謝状授与→結願区先達挨拶→大師組合長挨拶→来賓挨拶(市長・衆議・県議)→結願区(柏)大世話人挨拶→次期結願区(増尾)大世話人挨拶
14:00~ 次年結願区に宝物引継・送込み
 
【メモ】
この日は最終日の「結願式」。10時半、巡礼者が柏第一ホテル前の駐車場に集合。長全寺への練り込みは、露払い、法螺師、柏囃子、万灯、金棒突き、御詠歌連中、稚児、曼陀羅旗、結願旗、大師尊蔵、講員の順に長い列で40分かけてゆっくり進む。寺では、結願大塔婆の除幕の後、正午から結願式。今年の巡拝は連日雨に降られたが、おかげでいい修行ができたと先達住職の挨拶。次の結願区に宝物を引き継いで送り込み、新結願区では毎月21日のお籠もりで新たな修行が始まる。
この行事は規模が大きすぎて生半可な気持ちでは撮影できない。いつか出発の日から巡拝に同行して歩いてみたい。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2011/05/15

秩父・横瀬の人形芝居

埼玉・秩父地方に伝わる横瀬の人形芝居を撮影。

110515江戸末期、三峯神社の参詣で逗留した江戸の説経節家元から、地元の農民が説経節を伝習し、節に合わせて人形芝居を創作したのが始まりと云われています。

人形師は地元の皆さんで、右手を衣装の背から差し入れ、人差し指と中指で頭と手を操り、左手で衣装などをさばきます。衣装の裾をさばく所作が茶道の袱紗(ふくさ)さばきに似ていることから「ふくさ人形」とも呼ばれます。豆人形を一人一体で操り、「廻り舞台」を使うのも特徴です。

演目は「小栗判官実動記-矢取の場」、「江戸紫恋緋鹿子-八百屋お七忍の場」、「芦屋道満大内鑑-葛の葉二度之別の場」、「日高川入相桜-清姫怨霊の場」の4演目(横瀬四説経)が伝わり、5月第二日曜日(定期公演)と10月最終日曜日(よこぜまつり)に公開されています(県無形民俗文化財)。

【この日のスケジュール】
13:00 開場
13:30 開演
第一幕「葛の葉機織の段」(35分)→秩父屋台囃子(太鼓演奏)→第二幕「清姫怨霊の場」(25分)
15:30ころ 終了

【メモ】
横瀬町民会館にて上演(例年は5月第二日曜日)。第一幕「葛の葉機織の段」は、助けた狐が化けた妻(葛の葉)と幸せに暮らす陰陽師の前に、本物の許嫁(葛の葉)が現れる物語で50年ぶりの復活上演(上の写真)。第二幕「清姫怨霊の場」は、いわゆる娘道成寺もので、恋した山伏に裏切られた清姫が怨霊のあまり龍となり、山伏を追う物語。横瀬人形芝居保存会が伝承(会長は5代目家元)。房総にはない芸能で興味深かった。ステージなのでノーストロボ・三脚撮影。小さな人形は動きが早く、顔にピントを合わせるのが至難。観客は120人と盛況、カメラマンは10人ほど。駐車場あり。
※関連記事は,写真ブログ「Perforation?」に掲載。

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2011/05/08

市原・島穴神社お田植祭

市原市島野の島穴神社で行われたお田植祭を撮影。

110508島穴神社は,風鎮めの神様・志那都比古尊(しなつひこのみこと)を祀る古社です。

お田植祭は,戦後長い間中断していましたが,平成3年に復活。現在は,毎年5月第二日曜日(旧行5月10日)に,五穀豊穣と災難消除を祈願して神饌田で行われています。

手持ちの資料では,式次第は「手水の儀」「田植えの儀」「豊栄の舞奉納」「玉串奉奠の儀」となっていました。

【この日の進行スケジュール】
9:00~ 谷島野はやし連によるお囃子
10:00~ 神事(拝殿前)
祝詞奏上→修祓→神饌田へ移動
10:10~ 神事(神饌田)
献饌→玉串奉奠→撤饌→田植えの儀
10:35ころ 終了

【メモ】
土曜の早朝,雨の神饌田を訪問。濡れながら設営中の皆さんから「明日だよ」と教わり,日曜に再訪。うって変わって五月晴れ。早乙女は地元の小学生女児が中心で,5町内から二人ずつ計10人。揃いの茜ダスキに菅笠姿が賑やかに水田に映える。耕作長の音頭でおっかなびっくり泥田に入り,慣れない手つきで苗を植える。1列植えて終了。巫女舞「豊栄の舞」は,巫女役が来れず省略。見物人は地元の皆さんと早乙女の親御さんが多数,カメラマンは7人。駐車場あり。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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