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2022/05/07

柳川・旧藩主立花邸「御花」

柳川の旅の最後に、旧藩主立花邸「御花」を訪ねました。

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旧藩主の立花氏は、天正十五年(1587)、豊臣秀吉の九州仕置(国割)で立花宗茂が柳河十三万二千石を拝領しました。

関ケ原(1600)は西軍に加わり、所領没収の上、改易。筑後には田中吉政が三十二万五千石で入城し、立花氏は所領を失います。

しばらく浪人生活を送り、陸奥棚倉一万石の大名に復帰。元和六年(1620)、田中氏が二代で無嗣断絶すると、柳河に十万九千石で再封され、藩主に返り咲きました。江戸期、没収された旧領に復帰できた大名は立花氏だけとされます。

「御花」は、元文三年(1738)、五代藩主立花貞俶が二の丸御殿から「奥」の機能を移し、側室や奥女中を住まわせたことから、「御花」と呼ばれるようになりました。江戸末期には、本丸御殿の機能も「御花」に移り、藩主の私邸となりました。

和庭園(松濤園)と本館、西洋館は、明治43年(1910)、14代当主立花寛治が伯爵邸として整備したもの。現在も立花家が運営しています。敷地内の立花家史料館(殿の蔵)では、立花家伝来の武具と美術工芸品を展示しています。

今回の旅は、初めての柳川を西鉄「柳川特盛きっぷ」で満喫しました。旅の機材はNIKON Z50+Z DX 16-50/3.5-6.3でした。

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