« 日田・小鹿田(おんた)焼の里 | トップページ | 日田・私塾「咸宜園」跡 »

2022/05/09

日田・豆田町界隈

日田は、北部九州の交通の要衝として、古くは豊臣秀吉が直轄地(太閤蔵入地)とし、江戸期には幕府直轄領(天領)となりました。

20220508b寛永十六年(1639)、日田に代官所(陣屋)が置かれます。明和四年(1767)には西国郡代に格上げされ、九州全域を監察するようになりました。

陣屋に集まる公金の経理を担当したのは、豆田の商人たちでした。代官と諸藩を取り次ぐ御用商人たちは、公金を元手に諸藩に高利で金を貸す「掛屋」(両替商)を始め、財を成します。こうして還流した莫大な資金は「日田金」(ひたがね)と呼ばれました。

裕福な商人のもと、日田には全国から文人墨客や珍しい品々が集まり、華やかな町人文化が栄えました。三隈川の鵜飼、日田祇園祭の山鉾などは、往時の華やかさを今に伝えています。

豆田の町は、3度の大火を経て、江戸末期~大正期の古い建物が軒を連ね、風情があります(国重要伝統的建造物群保存地区)。妻と散策しながら、天領日田資料館、岩尾薬舗日本丸館を見学(廣瀬家資料館は工事中)。

麦屋カフェで休憩し、私塾「咸宜園」跡に向かいます。

| |

« 日田・小鹿田(おんた)焼の里 | トップページ | 日田・私塾「咸宜園」跡 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 日田・小鹿田(おんた)焼の里 | トップページ | 日田・私塾「咸宜園」跡 »