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2022/04/17

久留米・坂本繁二郎生家

20220417近代洋画の巨匠・坂本繁二郎(1882-1969)は、明治15年、久留米の京町に生まれました。

坂本家は、久留米藩士で百五十石の御馬廻役組でした。
城外の京隈小路の屋敷には、九代目の繁二郎と母親も明治42年(1909)まで住んでいました。

明治43年(1910)、繁二郎は結婚を機に、東京の新居に母を呼び、屋敷を売りに出します。購入したのは、同じ旧藩士の山田家で、山田家は「久留米に残る唯一の武家屋敷」として大切に維持し続け、平成14年(2002)に市へ寄贈しました。

解体調査の結果、江戸後期から明治7年(1874)にかけて三期に別れて建てられたものと判明。生家は、古い部材を活かし、繁二郎が20歳の明治35年(1902)頃の姿に復原され、平成22年から一般公開されています。

繁二郎と同級で親友の青木繁が居候した茶室には、青木が描いた襖絵(複製)も再現されています。

20歳で初めて上京した繁二郎は、二科会の創設に参加。渡仏(39歳~42歳)後は久留米に戻り、八女に永住して87歳で亡くなるまで九州の地で創作活動を続けました。

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