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2017/12/09

讃岐・高松城と平家物語

讃岐路に、高松城跡(玉藻公園)→県立ミュージアム→平家物語歴史館を訪ねました。

20171209a_3高松城は、天正十五年(1587)、豊臣秀吉から讃岐を拝領した生駒親正が築いた水城です。
江戸前期、常陸下館藩主・松平頼重(水戸光圀公の実兄)が12万石で入り、松平氏11代228年の城下町として栄えました。

本丸にあった天守閣(3層)は、明治中期に解体。現在は天守台の石垣だけ残っています。再建話があるものの、予算的な事情で先行き不明だとか。

写真は、海側にある月見櫓と水手御門。かつては海に面し、藩主の舟が戻るのを確認し(着見櫓)、門を開けて舟を着けたといい、水城ならではの構造です。訪れた時は引き潮で、堀が干上がっていましたが、夕方に再訪すると水が満ちていて、水城らしい姿を見ることができました。

20171209b続いて、香川県立ミュージアムへ。

旧歴史博物館だけに、香川の歴史全般がよく分かり、中でも空海に関する展示が詳しいです。

讃岐で生まれた空海は、30歳で出家。31~33歳まで唐に渡り、密教の教えを日本に持ち帰りました。43歳で高野山を開き、真言密教を布教。62歳で没しました。没後86年経った延喜二十一年(921)、醍醐帝から弘法大師の称号を贈られました。

展示は、東寺(京都)、金剛峯寺(和歌山)、善通寺(香川)が所蔵する国宝・重文のレプリカをふんだんに用いて、空海の生涯と事績を紹介しています。本物は滅多に見られないので、レプリカで通常見学できるのは有難いです。

写真は、藩主の御座舟「飛龍丸」の御座之間(復元)。金砂子で装飾した豪華な障壁画に、親藩松平家の格式を感じます(撮影可)。

20171209c20分ほど歩いて、高松平家物語歴史館へ。

平家の隆盛〜源平合戦〜平家滅亡を描いた「平家物語」の名場面17景を蝋人形で再現しています。日本最大の蝋人形館を謳うだけあって、おびただしい数の蝋人形です(館内撮影可)。

第6景(物怪)以降はおどろおどろしい場面が多くなるので、気が弱い人にはお勧めしませんが、添えられた解説が詳しくて思わず見入ってしまいました。

写真は、第2景「平家にあらずんば人にあらず」で、平清盛が子らと一門を集めて何やら評定中。

夜は旧知と合流して、市内某所にて美味しい手料理とお酒で至福のひと時を過ごし、そのまま泊。
明日は、栗林公園と屋島を巡ります。

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