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2017/05/05

国東・半島めぐり

国東半島を横断しながら、いくつか見どころを廻りました。

20170505a国東半島の南西部にある田染(たしぶ)郷(豊後高田市)へ。
田染は、六郷の一つで宇佐神宮の荘園だった所です。中でも小崎地区は、鎌倉期に荘園を支配した田染氏の本拠で、村落や棚田の風景は700年前のムラの姿をとどめているというから驚きます。平成22年、国の重要文化的景観(田染荘小崎の農村景観)に選定され、脚光を浴びています。

房総では田植えが終わった時期なので、展望台から見た棚田の風景はさぞや…と期待しましたが、当地ではやっと田起こしが始まった段階でした。6月の田植え後は、夕日観音や金比羅から見渡す景色が素晴らしいそうなので、時期を合わせて再訪したいです。

20170505b国東半島の東部にある安国寺集落遺跡(国東市)へ。
弥生時代は、九州北部に稲作技術を持つ集団が渡来して定着して始まったと考えられています。田深川に沿った低湿地帯で見つかった安国寺集落遺跡は、出土品の多様さから「西の登呂遺跡」とも云われ、特徴的な土器は「安国寺式土器」と命名されました。
一帯は国史跡で、現在は、市の「弥生のムラ安国寺遺跡公園」として整備されています。復元された竪穴式住居4棟と水田、湿地帯と高床式倉庫群が、1800年前にタイムスリップした感じでした。

20170505c国東半島の北西部にある粟嶋神社(豊後高田市)へ。
海に突き出た岩窟に建ち、寛永二年(1625)、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀って創建されました。少彦名命は、一寸法師のモデルになった神様です。医療、とりわけ婦人病や子授けの御利益が大とされ、縁結びの神として恋人たちが訪れるようになりました。
神社前は恋叶ロードと粟嶋公園が整備され、ハート型のモニュメントに愛の南京錠がたくさん掛けられていました。

20170505d粟嶋神社をやや南下して真玉海岸(豊後高田市)へ。
水平線に沈む夕日の名所として知られ、風景写真を撮る人なら一度は見たことがある有名な撮影ポイントです。潮が引くと縞模様状の干潟と夕日が織りなすコントラストが美しく、この日は曇り空でしたが、日没時にはアマチュアカメラマンをはじめ、大勢の人が集まっていました。ちなみに、完全に日が沈むと人っ子一人いなくなり、静かな干潟に戻ります。

20170505e真玉海岸から1kmほどの所に海門温泉があったので、立ち寄りました。
後から知ったのですが、実は温泉県おおいたでも知る人ぞ知る秘湯だそうで、元旅館が廃業した後、2組のご夫婦が交代で管理人をして共同浴場を再開しています。
泉質は塩化物泉で、湯はぬるめ、茶褐色で強い鉄臭がして、タオルが茶褐色に染まるほどです。湧出口の湯は透明なので、酸化して茶褐色に変わるのかしらん?舐めてみると強い塩分の味がしました。

湯舟に浸かりながら、宇部から国東半島の山めぐりに来た人としばし旅談義。リタイア後、夫婦で車中泊をしながら登山を楽しんでいるとか。75歳と年齢を聞いて、またびっくり。お元気だなあ。
ちなみに、海門温泉の入浴時間は11時~20時、料金は350円です(第二・四木曜は休み)。

次は、宇佐市内を巡ります。

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