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2016/08/14

金沢・金沢城と東茶屋街

兼六園から石川橋で百間堀を渡ると金沢城です。

20160812dもとはここに加賀一向一揆衆の拠点だった本願寺(浄土真宗)の金沢御堂がありました。天正期に織田信長が一揆を平定し佐久間盛政に築城させ、豊臣秀吉が能登から前田利家を移し、加賀前田家十四代の居城となりました。

石川門(1788)から入り、三の丸跡→河北門(2010)と内堀→橋爪門(2015)→二の丸跡→五十間長屋・菱櫓・橋爪門続櫓(2001)→鶴丸倉庫(1848)→本丸跡→三十間長屋(1853)と見て回ります(定番コース)。

天守閣は、慶長七年(1602)に落雷で焼失し、二度と再建しなかったのは徳川幕府の目を気にしたのかも知れません。藩政期から残る門・倉・長屋は、いずれも国重文。平成の復元建物は、往時の工法で正確に再現しています。
さすが加賀百万石、江戸城に勝るとも劣らない規模です。

20160812e玉泉院丸庭園は、2代藩主・利長公の正室・玉泉院(永姫)の御殿跡です。兼六園より四十年も前に、京都から庭師を招いて作庭されました。
明治期の廃城後に埋め立てられ、旧陸軍の駐屯地が置かれたり、戦後は県の体育館と駐車場があったので、庭園の存在は地元でもあまり知られていませんでした。体育館を他に移し、発掘調査をして、平成27年に江戸末期の姿に復元したそうですから、すごい熱意だと思います。
玉泉庵で呈茶を頂きながら見る池と色紙短冊積石垣の借景が見事でした。

20160812f玉泉院丸口から尾山神社へ向かいます。

藩祖・利家公と正室・おまつの方を祀り、創建は明治6年(1873)、歴代藩主別邸の金谷御殿跡に建てられました。本殿と拝殿は創建当時の建物で、境内に珍しい母衣を着けた利家公の銅像とおまつの方の石彫像があります。
有名な神門は、文明開化が流行していた明治8年(1875)の建築。高日櫓にギヤマンを入れ、御神灯を揚げて日本海航路を照らす灯台の役割をしたと云います。拝殿前から逆光で見ると、櫓のギヤマンが色とりどりに輝き、とてもきれいでした。
東神門(玉泉院丸口に近い方)は、宝暦大火(1760)の類焼を免れた旧金沢城二の丸が使われており、こちらも必見です。

20160812g日が暮れてから、ひがし茶屋街を散策。
にし茶屋街より規模が大きく、観光客も多いです。日暮れ時、茶屋の格子に灯りがともって風流だろうな…と考えるのは皆同じで、多くの人が散策中(特に西洋系の外人さんが多い印象)。
もっとも夕方は、大抵の土産店は閉まり、お座敷に向かう芸妓さんを見かけたり、格子の奥から三味線の音が聞こえたりすることもなく、ただ散策するだけですからあまりお勧めできないかも…。
写真は、芸妓さんじゃなくて花嫁さん。古い町並みに、和装が素敵でした。

夕食は、路線バスで片町へ戻り、大衆洋食屋「グリル・オーツカ」さんへ。
1957年創業の老舗で、「ハントンライス」(オムライスの上に海老フライ・ホワイトソース・トマトケチャップを乗せる)が地元B級グルメとして人気です。店内には、芸能人の色紙がたくさん飾ってありました。
夫婦でハントンライスじゃなく、肉料理とビールを注文してごめんなさいでした。

明日はミュージアムを巡ります。

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