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2016/08/16

君津・大坂の神楽

君津市大坂の浅間神社で奉納された獅子神楽を撮影。

20160816浅間神社の祭礼(毎年8月16日)に、悪魔祓いを祈願して舞います。演目は、「前かがり」「おん幣の舞」「鈴の舞」「くるい」で、「おん幣の舞」の途中に神楽歌が入ります。

君津の山間部に伝わる獅子神楽は、人の成長する過程を表現したものが多く、大坂の演目にも類似性が認められます。

大坂の神楽歌
1 オーエ 千早振る 天の岩戸を アコリャ 押し開き アズイトズイト
2 オーエ いざや神楽を アコリャ 参らせる アズイトズイト
3 オーエ 神楽と書いたる二文字は アコリャ 神楽しむと アコリャ 書くぞかし アズイトズイト
4 オーエ 神も楽しむ アコリャ 御神楽なり アズイトズイト
5 オーエ かほどめでたき折からは アコリャ みな白妙の御幣を持って泰平楽世と トゥ

この神楽は、大坂部落会神楽保存会の皆さんが伝統を守っています。

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 式典(拝殿)
10:30~ 獅子神楽奉納
お囃子太鼓(入れ込み)
前かがり→おん幣→鈴→くるい
馬鹿囃子
11:00ころ 終了

【メモ】
囃子方は、笛1・小太鼓2・大太鼓1・鉦1。「前かがり」は座って舞った後(おのう)、立ち上がって舞う。「くるい」は途中で合いの手が入って転調する(おくり)。胴布の色が小豆色で珍しい。見物人は集落の皆さんが十数人、カメラマンは4人。神社に駐車場あり。
拝殿は三方が開き、正面左側に囃子方が座る。床は高くないが、役員さんが座るので脚立を推奨。今回はISO感度を上げ、ノーフラッシュ撮影。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/08/15

金沢・ミュージアム巡り

三日目は、ミュージアム巡りです。

兼六園の周辺は、金沢が誇る美術館・博物館が集中する一大文化ゾーンです。気になるミュージアムをいくつか巡りました。

20160813a朝一番に、石川県立美術館へ。
お目当ては、江戸初期の陶工・野々村仁清作「色絵雉香炉」(国宝)と「色絵雌雉香炉」(国重文)です。仁清の彫塑的な作品の代表作で、水平な尾で緊張感がある雄、柔らかな仕草の雌と、雌雄一対の作品です。それぞれ長く別々の個人所蔵で遠く離れ離れになっていましたが、再びこの地で一対に戻りました。
このほか、館内には古九谷の銘品や、加賀前田家のコレクション(前田育徳会尊經閣文庫分館)を展示しています。(館内は撮影禁止、写真はパンフレットを引用)。

続いて、県美の隣にある石川県立歴史博物館&加賀本多博物館へ。

明治末~大正初めに建てられた旧陸軍兵器支廠の赤れんが倉庫3棟を改装した博物館群で、1棟が歴史発見館、2棟が交流体験館、3棟が加賀本多博物館です(愛称「いしかわ赤レンガミュージアム」)。

20160813b_21棟では、金沢の歴史を、縄文~幕末(第1展示室)、明治~現在(第2展示室)に分け、映像や実寸模型で使ってビジュアルに展示して見応えがあります(説明ガイド機も無料です)。

中でも、「加賀・能登の祭り」をテーマにした展示は秀逸。石川県内の祭礼・行事の再現模型のほか、3面スクリーンの巨大映像+迫力音+振動で臨場感あふれる「祭礼体験シアター」など、充実度がすごかったです。シアター映像は、「でか山を曳く」(七尾・青柏祭)、「祭りの宝庫・能登」(能登・とも旗祭り、七尾・石崎奉燈祭、七尾・お熊甲祭り)、「獅子舞う国」(加賀・親子獅子、金沢・加賀獅子、羽咋・小獅子、七尾・獅子舞)、「火の風流」(白山・虫送り、宝達志水・秋祭り、能登・あばれ祭り)。ここまで祭礼・行事に力を入れた展示は珍しいと思います。

2棟では各赤れんが棟の改修方法の違い、3棟では加賀八家筆頭の本多家5万石に伝わる火事装束が興味を曳きました。

最後は、話題の金沢21世紀美術館です。

20160813c2004年に開館した新しい美術館で、コンセプトは「世界の同時代の美術表現に市民とともに立ち会う」。収蔵作品は、ジャンルの枠を超えた現代アートが中心です。

交流ゾーンでは恒久展示作品の一部を無料鑑賞できます。お目当ては、レアンドロ・エルリッヒの作品「スイミング・プール」(2004)。水面を境に上と下の人々の出会いを創出することを狙った作品で、斬新な発想が面白いです(上からは無料ですが、下に入るのは有料です)。

美術館の建物は、円形・全周ガラス張りで、建物自体がアートです。数々の建築賞を受賞しています。
この美術館は、斬新さで話題になり、海外旅行サイトでも人気急上昇。この日も、無料の交流ゾーンを始め、カフェレストラン、ミュージアムショップなど、館内は大混雑でした。

今回の旅は、2泊3日で金沢の文化と歴史を巡りました。現地での足が欲しかったので、北陸新幹線ではなくクルマで行きましたが、金沢は見どころが徒歩圏に集まっているので、クルマはほとんどホテルに置きっ放しでした。
帰りは金沢森本IC→北陸道→上信越道→関越道→外環道と走り7時間ほどで帰宅。旅の機材はRICHO GRでした。

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2016/08/14

金沢・金沢城と東茶屋街

兼六園から石川橋で百間堀を渡ると金沢城です。

20160812dもとはここに加賀一向一揆衆の拠点だった本願寺(浄土真宗)の金沢御堂がありました。天正期に織田信長が一揆を平定し佐久間盛政に築城させ、豊臣秀吉が能登から前田利家を移し、加賀前田家十四代の居城となりました。

石川門(1788)から入り、三の丸跡→河北門(2010)と内堀→橋爪門(2015)→二の丸跡→五十間長屋・菱櫓・橋爪門続櫓(2001)→鶴丸倉庫(1848)→本丸跡→三十間長屋(1853)と見て回ります(定番コース)。

天守閣は、慶長七年(1602)に落雷で焼失し、二度と再建しなかったのは徳川幕府の目を気にしたのかも知れません。藩政期から残る門・倉・長屋は、いずれも国重文。平成の復元建物は、往時の工法で正確に再現しています。
さすが加賀百万石、江戸城に勝るとも劣らない規模です。

20160812e玉泉院丸庭園は、2代藩主・利長公の正室・玉泉院(永姫)の御殿跡です。兼六園より四十年も前に、京都から庭師を招いて作庭されました。
明治期の廃城後に埋め立てられ、旧陸軍の駐屯地が置かれたり、戦後は県の体育館と駐車場があったので、庭園の存在は地元でもあまり知られていませんでした。体育館を他に移し、発掘調査をして、平成27年に江戸末期の姿に復元したそうですから、すごい熱意だと思います。
玉泉庵で呈茶を頂きながら見る池と色紙短冊積石垣の借景が見事でした。

20160812f玉泉院丸口から尾山神社へ向かいます。

藩祖・利家公と正室・おまつの方を祀り、創建は明治6年(1873)、歴代藩主別邸の金谷御殿跡に建てられました。本殿と拝殿は創建当時の建物で、境内に珍しい母衣を着けた利家公の銅像とおまつの方の石彫像があります。
有名な神門は、文明開化が流行していた明治8年(1875)の建築。高日櫓にギヤマンを入れ、御神灯を揚げて日本海航路を照らす灯台の役割をしたと云います。拝殿前から逆光で見ると、櫓のギヤマンが色とりどりに輝き、とてもきれいでした。
東神門(玉泉院丸口に近い方)は、宝暦大火(1760)の類焼を免れた旧金沢城二の丸が使われており、こちらも必見です。

20160812g日が暮れてから、ひがし茶屋街を散策。
にし茶屋街より規模が大きく、観光客も多いです。日暮れ時、茶屋の格子に灯りがともって風流だろうな…と考えるのは皆同じで、多くの人が散策中(特に西洋系の外人さんが多い印象)。
もっとも夕方は、大抵の土産店は閉まり、お座敷に向かう芸妓さんを見かけたり、格子の奥から三味線の音が聞こえたりすることもなく、ただ散策するだけですからあまりお勧めできないかも…。
写真は、芸妓さんじゃなくて花嫁さん。古い町並みに、和装が素敵でした。

夕食は、路線バスで片町へ戻り、大衆洋食屋「グリル・オーツカ」さんへ。
1957年創業の老舗で、「ハントンライス」(オムライスの上に海老フライ・ホワイトソース・トマトケチャップを乗せる)が地元B級グルメとして人気です。店内には、芸能人の色紙がたくさん飾ってありました。
夫婦でハントンライスじゃなく、肉料理とビールを注文してごめんなさいでした。

明日はミュージアムを巡ります。

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2016/08/13

金沢・兼六園

二日目は、兼六園と金沢城跡へ。

20160812a兼六園(国特別名勝)は、江戸初期に5代藩主・綱紀公が城内に別荘と庭園を造ったのが始まりです。江戸後期に12代・斉広(なりなが)公が「兼六園」と名付けました。

宋の故事に因み、「六勝」(宏大(こうだい)・幽邃(ゆうすい)・人力(じんりょく)・蒼古・水泉・眺望の六つの優れた景観)を全て兼ね備えた名園という意味です。

桂坂口から入り、ことじ灯籠→雁行橋→唐崎松→根上松→黄門橋→夕顔亭→噴水と見て回ります(定番コースです)。澄んだ水を湛える池や曲水が見事で、いつか雪吊りのシーズンにも訪れたいと思いました。

ここでふと疑問が…。高台にある兼六園にどうやって水を揚げてるんだ?
兼六園の水は、辰巳用水(寛永大火(1631)の翌年、城下の防火目的で掘削)から引いています。犀川から10.6km、極めて緩やかな上り勾配(平均4/1000)にすることで、水流が自然に高台の兼六園に揚がるというから驚きです。
さらに、水は小立野口の沈砂池→曲水→霞ケ池→瓢池→城の白鳥堀へ流れ、再び逆サイフォンの原理で内堀→二の丸堀へ揚がる仕組みで、昔の人の知恵に二度びっくりです。

20160812b随身坂口を出て、金沢神社へ立ち寄ります(入園券を見せれば何度でも再入園可です)。
ご祭神は学問の神様・菅原道真公で、境内に「金城霊沢」という泉があります。
その昔、百姓の藤五郎がこの沢で芋を洗ったところ、泥から砂金がたくさん採れ、藤五郎は砂金を村人に分け与えたので、皆が幸せになったと伝わります。いつしか沢は「金洗いの沢」と呼ばれ、「金沢」の地名の元になりました。泉を囲った堂宇は12代・斉広公によるもので、天井絵の白龍が見事です。

20160812c再び園内に戻り、成巽閣(せいそんかく)を見学。江戸末期、13代・斉泰公が母・真龍院のために造営した「巽御殿」で、国重文です。

真龍院(隆子)は、京都五摂家の鷹司家から12代・斉広公に嫁ぎ、38歳で仏門に入り真龍院と称しました。実子はありませんでしたが、孝養の高い13代・斉泰公、14代・慶寧公がよく庇護し、明治3年(1870)、この館で83年の生涯を終えています。

豪華な「謁見の間」、蝶・花鳥が描かれた障子腰板やガラス板(ぎやまん)など、大名家に相応しい格式と女性らしい優美さを備えた書院造りで、大名家の奥方御殿として貴重なものです。

この後、石川県立伝統産業工芸館と加賀友禅会館に立ち寄り、金沢城跡へ向かいます。

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2016/08/12

金沢・西茶屋街と寺町界隈

にし茶屋街は、金沢三茶屋街(主計町・東・西)の一つです。

20160811d出格子の茶屋が軒を連ねる町並みは、規模はやや小さいですが、一番芸妓さんが多く、観光客は少なめです。

昼間の見物より夜のお座敷を楽しみたいところですが、商家の旦那衆のような豪気もなく、一見さんお断りも少なくありません。なので、金沢市西茶屋資料館で、芸妓さんのお座敷の雰囲気だけ味わいました。

20160811eかつての芸妓さんは、10歳ころから稽古に励み、「たあぼ」と呼ばれて置屋の使い走りをしながら行儀作法を仕込まれました。
西茶屋資料館隣の西検番事務所(右の写真)は、芸妓さんの稽古場です。まだ就学年齢でしたから、大正~戦前には小学校の先生が出張して教える仮教室があったそうです。

夕方の茶屋街は、出格子に灯がともり、中から三味線の音が聞こえて風流でした。

にし茶屋街のすぐ隣は、寺町です。
江戸初期、徳川幕府の加賀征伐を警戒し、金沢城防衛の拠点として犀川南岸に集められた寺社70余が並ぶ重伝建保存地区です。

「寺カフェ」の看板に惹かれて、宝勝寺(臨済宗妙心寺派)へ。入口の吊り鐘を叩くと迎えてくれます。本堂内がカフェという大胆な発想に驚きますが、住職さんは墨蹟アーティストとしても有名で、個性的な活動をしていらっしゃいます。宇治金時は、削った氷の細かさ、抹茶と粒餡のバランスが絶妙で、加賀百万石らしい金箔のトッピングでした。

20160811f寺町で大人気の妙立寺(日蓮宗)へ。
寺町の寺院群の中でも、三代藩主・利常公の祈願所と最前線の出城としての機能を持った寺です。
敵に備え、あちこちに落し穴・隠し階段・寺外へ通じる地下道などの仕掛けがあって、別名「忍者寺」と呼ばれています。
見学は有料・要予約ですが、詳しいガイドツアー(有料)のおかげで迷子にならず安心です(当日予約も可)。並んででも見る価値があります(内部は撮影禁止)。

この後、いったんホテルに戻り、夜は金沢おでんの老舗・赤玉本店さんへ。やや薄口のつゆで、大きな車麩が金沢ならでは。地酒・天狗舞(五凛)によく合います。〆は熱々のおでんつゆをかける赤玉茶漬けで大満足でした。

明日は、兼六園と金沢城を巡ります。

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2016/08/11

金沢・長町界隈の武家屋敷

妻の休暇に合わせて、金沢へ行って来ました。

お盆の帰省ラッシュを見込んで朝4時に出発。外環道→関越道→上信越道→北陸道と渋滞もなく、朝10時に到着。

20160811aまずは長町武家屋敷跡界隈を散策。
もともと長町界隈(城の西側)には武家屋敷が並んでいました。大火や空襲に遭うこともなく、今も往時の雰囲気を残しています。

大野庄用水に沿って歩き、金沢市足軽資料館で下級藩士(25俵=6石)の、旧加賀藩士高田家跡で中級藩士(550石)の、武家屋敷跡野村家(有料)で上級藩士(1200石)の、前田土佐守家資料館(有料)で藩重臣(1万1000石)の暮らしぶりに触れます。

足軽資料館は、幸町周辺(城の南側)にあった2軒(清水家・高西家)を長町に移築して公開。足軽にスポットを当てた展示は珍しいです。一方、前田土佐守家は藩祖・利家公とまつ夫妻の次男が祖で、加賀八家(本多・長・横山・前田(別族)・奥村宗家・奥村支家・前田土佐守)として家老・年寄を務めた家格です。藩重臣と足軽の両方の暮らしを対比できて面白かったです。
ちなみに、八家筆頭の本多家は、徳川家康に仕えた本多正信の系統(次男が祖)で、房総・大多喜藩主で徳川四天王の本多忠勝とは別族です。

20160811b前田土佐守家資料館の向かいに、金沢市老舗記念館(有料)があります。
藩御用薬種商・旧中家薬舗の建物で、帳場や店の間などが復元されています。座敷に茶室や書院があって、茶道や書画をたしなんだ加賀商人の文化意識の高さを伺わせます(ちなみに中家薬舗さんは、香林坊交差点近くで現在も営業しています)。

庶民の慣習を伝える「花嫁のれん」や「加賀てまり」の展示がとても興味深かったです。

加賀友禅の「花嫁のれん」は、婚礼時に婚家の仏間に掛け、花嫁がのれんをくぐって婚家の先祖に嫁入りを報告したり、近隣に嫁入りを披露するもので、加賀の婚礼には欠かせません。

20160811c「加賀てまり」は、江戸期に徳川家から加賀藩三代藩主・利常公に嫁いだ珠姫(当時3歳)が持参したおもちゃが始まり。姫に因んで、娘が嫁ぐ際、幸せを願って娘に持たせるようになりました。

どちらも雅な展示が素晴らしくてお勧めです。

老舗記念館の2階は、金澤老舗百年會の加盟各店による逸品を展示。慶事に使う加賀水引や和傘、飴細工で造った花神輿など、古い伝統に裏打ちされた熟練の技を実感できます。

次は、犀川を渡ってにし茶屋街と寺町を巡ります。

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2016/08/09

館山・竜岡の神楽舞

館山市竜岡(りゅうおか)の龍岡神社祭礼で奉納された獅子神楽を撮影。

20160809竜岡区の南竜・北竜集落に伝わる獅子神楽で、五穀豊穣と無病息災を祈願して舞います。
演目は、「サガリハ」「幣」「鈴」「狂い」「十六」で、神楽櫃の囃子と謡いを伴います。
最後に獅子が人々の頭をパクパクと噛む「舞込め」があります。

戦後の一時期、後継者難で中断しましたが、昭和49年に復活。現在は、竜岡神楽舞保存会の皆さんが継承しています。

【この日の進行スケジュール】
12:00~ 式典(拝殿)
12:30~ 獅子神楽奉納
サガリハ→幣→鈴→狂い→十六(拝殿内)→舞込め
13:00ころ 終了

【メモ】
竜岡区の祭礼(毎年8/9~10)で演じられる二人立ちの獅子神楽。囃子方は、太鼓1・鉦1・笛1。長い謡いが入り、途中で拝殿内に入って舞うのが特徴。舞時間は30分と長めで、舞いながら舞手が交代する。一つ一つの所作がきびきびと決まり、熟練を感じさせる舞だった。
かつては獅子神楽のほか茶番劇、手踊りが出てたいそう賑やかだったという(現在は廃絶)。8/10は屋台が巡行し、宮入で獅子神楽を演じる。見物人は集落の皆さんや館博学芸員さんなど十数人、カメラマンは2人。神社に駐車場なし。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2016/08/07

印西・鹿黒の七夕

印西市鹿黒(かぐろ)地区に伝わる「鹿黒の七夕」を撮影。

20160807江戸期に始まったとされる旧暦七夕行事で、毎年8月6~7日、集落の小中学生の男子によって行われます。
子供たちは、7月下旬から竹を切ったり、短冊を作ったりと準備を整えます。6日の夜、オタチで集落内を祓って廻り、神社に戻っておこもりをします。7日の早朝、大笹飾りを神社下のため池(種の井池)跡に立てます。

集落の人々は、この日から七日盆に入り、大笹飾りの元にマコモ馬(真菰で編んだ馬)を繋いで、先祖の霊を迎えます。

旧暦の七夕と盆綱が合わさった珍しい行事です。

【今年の進行スケジュール】
8月6日
17:30~21:15ころ オタチのムラ廻り(八幡神社→集落70軒余→八幡神社)
21:30~ 夕食・おこもり(拝殿)

8月7日
5:30~ 小笹を亀成川へ流す
6:00~ 大笹飾りを立てる(種の井池跡)
6:30ころ 終了

【メモ】
行事は「親方」役(子供たちのリーダー)が取り仕切りる。今年は小学生7人、中学生5人が参加。6日夜のムラ廻りでは、各戸の玄関先でおひねりを貰い、親方役が榊で祓う。太鼓のリヤカーをグルグル回し、「賑やかし」役がワーっと大声で騒ぐのが面白い。中学生は手締めを4回打ってから、オタチを地面に3回打ち付け(る所作をして)悪魔祓いする。これを夜半まで繰り返し、その晩は神社で「おこもり」をし、おひねりを年齢に応じて分配する。7日は早朝、亀成川に小笹を流し、ため池跡に大笹飾りを立てて解散(かつては池畔に立てたが、20年ほど前に埋め立てられた)。
七日盆のマコモ馬を作った家は、今年はなかった(昨年は1軒)。
見物人は3人、カメラマンは3人。神社に駐車場なし(鹿黒集会所にスペースあり)。大笹飾りを立てる時間に間に合わなかったので、いつか再訪したい。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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