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2015/10/24

名古屋・熱田神宮

地下鉄で南下し、熱田神宮へ。

20151024a熱田神宮は、三種の神器の一つ「草薙の剣」を御神体として祀っています。

素戔嗚尊がヤマタノオロチを退治した際、その尾から出てきた天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を、天照大神に献上しました。天孫降臨の際、剣は瓊瓊杵尊に鏡・玉とともに授けられます(三種の神器)。垂仁天皇のころ、伊勢神宮を創祀した倭姫命(斎宮の祖)が、東国平定に向かう日本武尊に剣を授けました。
東国へ出陣した尊は、途中の駿河・焼津で賊が野に火を放った際、この剣で草を薙ぎ払って討ったことから「草薙の剣」と呼ばれるようになりました。

尊は、東国平定の帰路、尾張に立ち寄った際、婚を結んだ宮簀媛命に剣を預けます。その後、伊吹山中の賊平定に出陣した尊は、途中、伊勢・亀山で病没。媛は、尊から託された剣を尾張氏一族の祭場・熱田の地に祀り、のちの熱田神宮となりました。

巨大な鳥居や広大な本宮、深い神社の杜は伊勢神宮を想起させる荘厳な趣きでした。ちなみに、三種の神器のうち、鏡は伊勢神宮に、勾玉は宮中に祀られています。

20151024b境内には、社宝を収蔵する熱田神宮文化殿(宝物館)があります。月毎のテーマ展示のほか、春と秋に特別企画展があり、訪れた時は秋季企画展「利休を超えた織部とは?」を開催中でした。

熱田神宮には、1900年の歴史にふさわしく、年間約60の祭典と約10の特殊神事が伝承されています。
氷上姉子神社大々神楽(3月最終日曜)、舞楽神事(5月1日)、春秋の熱田講社祭などの折にゆっくりと再訪したいと思いました。

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2015/10/23

名古屋・名古屋城

金の鯱(しゃちほこ)で有名な名古屋城を見学。

20151023a名古屋城は、関ヶ原で勝った徳川家康が、天下取りに向けて本拠を清洲から名古屋に移し、御三家筆頭の尾張徳川家の居城とした城です。築城に当たっては、加藤清正など西国大名らが普請を分担し、石垣などにその刻印が残っています。

明治維新後も、大小の天守や櫓、本丸御殿、二ノ丸御殿などが破却されずに残っていましたが、昭和20年の名古屋空襲でほとんどを焼失。天守閣と正門は昭和34年の復元で、大小の天守閣は外観を再現した鉄筋コンクリート製です。内部は、展望室(7階)、城下の町並み再現(3階)、石垣の石運びや金鯱の実物大模型(5階)などがある展示施設になっています。
最近、名古屋市が天守閣を木造で忠実に再復元することを決めたようです。

有名な金の鯱は、水を呼ぶとされる架空の生き物で、火除けとして雌雄一対で天守を守っています。金板張の木造製で、初代の金量は270kgでしたが、現在のものは18金44kgだそうです。

20151023b天守閣の隣では、平成21年から本丸御殿を復元工事中です。
尾張藩主の住居兼政所で、実際には将軍が上洛する際の御成御殿として使われました。
現在は玄関と表書院部分が公開中です。御成御殿だけあって、木曽檜を使い当時の建築方法で忠実に再現した瀟洒な建物で、圧倒されました。平成30年の完工を目指して他の部分も復元中で、完成が楽しみです。

次は、熱田神宮へ移動します。

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2015/10/17

柏・塚崎神明社の十二座神楽

柏市・塚崎神明社の例大祭で奉納された十二座神楽を撮影。

20151017【現地案内板の説明】
「例年十月十七日の神明社の大祭に神楽殿で奉納上演されます。
古代神話をもとにした神楽舞で、巫女・猿田彦・湯笹・狐・恵比寿・餅投げ・鍾馗・玉取り・天宇妥女命・大幣・大蛇退治・天岩戸の十二の舞曲からなるものです。
代々塚崎地区の長男によって継承され、寛文九年(1669)には、すでに神楽舞が行われていたようです。神楽殿に掲げられた絵馬や手洗鉢をみると、県内でも比較的古くから伝承されてきた里神楽のひとつです。」

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 例大祭(午前の部)
10:30~ 神楽奉納
巫女の舞→玉取りの舞→狐の舞→天宇妥女命の舞
11:50~ (休憩)
13:00~ 例大祭(午後の部)
13:30~ 神楽奉納
恵比寿の舞→猿田彦の舞→湯笹の舞→餅投げの舞
15:30ころ 終了

【メモ】
旧沼南町に伝わる十二座神楽で、船橋・高根町神明社の神楽の元とされる。この日は八座を奉納(鍾馗の舞、大幣の舞、大蛇退治の舞、天岩戸の舞は舞手不足で演じていない)。一人が何役も舞うので演目は順不同。長男継承原則も薄れている。
神楽殿は正面・左右の三方が開き、左に囃子方が座り、右に道具の箱が置かれる。下総地方の神楽殿の特徴で床が高く、三段の脚立でも役不足なほど。自由に動けるので撮影は容易。できるだけノーストロボ撮影を試みるが、かつて藁葺だった屋根は軒が深く、舞台は暗い上に天井3か所の蛍光灯でWBが引っ張られる。
この日は、幕間にミニ・コンサート(エレクトーン演奏)を入れながら、まったりと進行(新しい試み?)。見物人は15人(午前)~30人(午後)くらい、カメラマンは4人。最後の餅投げの舞では人が溢れる。神社に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/11

市原・根本神社の神楽

市原市馬立の根元神社で奉納された十二座神楽を撮影。

20151011根本・枝地区の鎮守・根元神社に、江戸・享保年間(1716-35)から伝わる十二座神楽です。

神社の例祭(旧行10/9)に合わせて、境内の仮設舞台で奉納され、地元では「みこう(巫女)」と呼ばれて親しまれています。

演目は「天狗の舞」「住吉の舞(子狐)」「玉八幡」「鍾馗様(鬼)」「弓八幡(鬼)」「医者どん(岡崎・鬼)」「老人の舞」「剣の舞」「恵比寿様(岡崎)」「湯立の舞(岡崎)」「戸隠の舞(天照大神)」「山の神」の十二座と巫女舞が伝わっています。お囃子は「岡崎」「コンコン」などの7曲です。

昭和47年に市原市無形民俗文化財に指定されました(当サイトでは文化財登録の名称に合わせています)。

【この日の進行スケジュール】
13:00~ 十二座神楽奉納
天狗の舞→住吉の舞→玉八幡→鍾馗様
(休憩)
弓八幡→医者どん→老人の舞→剣の舞
(休憩)
巫女舞→恵比寿様→湯立の舞→戸隠の舞→山の神
16:30ころ 終了

【メモ】
旧枝村根元の鎮守・根元神社の例祭(旧暦10/9)に合わせて奉納。昔は毎年演じられたが、現在は運営難から隔年(西暦奇数年)10/9直近日曜日に変更されている。根本・枝の氏子が保存会を作り、両町会が支援して継承。枝が「住吉の舞」「弓八幡」と巫女舞を、他を根本が担当。演目名は近隣の鶴峯八幡神社の神楽に似ている。鬼が正面から舞台に駆け上がる「弓八幡」、本来は直面(素顔)の男子が舞う「湯立の舞」、天照大神に扮した女児を抱え上げる「戸隠の舞」が特徴的。最後は山の神が餅を撒く。
仮設舞台は正面と左右の三方が開き、正面は桟敷席、奥に囃子方が入る。床が低くて撮影は容易。ただし右から撮ると背景にブルーシートが写り込む。仮設舞台の屋根が黄色いシートなので、WBが暖色系に引っ張られてカメラマン泣かせ。
観客は地元の皆さんが40人前後、カメラマンは10人。駐車場は根本公民館を利用可。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/10

館山・たてやま村歌舞伎

館山市・南総文化ホールで行われた「たてやま村歌舞伎」を撮影。

20151010【現地配付資料の解説】
「館山の村歌舞伎は、中断はあるものの明治の時代から昭和三十四年まで続いていたことが分かっています。
藤原も古茂口も、地区の青年らにより、農村最大の娯楽として神社の境内に設けられた舞台で村歌舞伎が行われ、地域を結束させる大きな役割を果たしてきました。
両地区は、道具の貸し借り、役者の交流も行い、昭和三十年代中頃に村歌舞伎が途絶えても、毎年、歌舞伎会をして交流していました。
藤原・古茂口村歌舞伎は、平成十四年「南総里見まつりフォーラム」で四十年ぶりに復活上演を果たしました。これを見た多くの人達が藤原・古茂口という地域にとどまらず、活動地域を館山市全域・市外にも広げ、多くの方々と共に『藤原・古茂口の歌舞伎』を守り、育て、伝えていくことを目的に平成十五年に『たてやま村歌舞伎保存会』を設立しました。
平成十四年の復活をかわ切りに、藤原地区に残されていた歌舞伎の台本を使い、毎年一演目ずつ上演することを柱として、活動して参りました。
こどもの役者も育ち、皆様の前で『里見八犬伝』『白波五人男』などの演目を上演してきました。これからも、皆々様のご支援ご協力を賜りながら『藤原・古茂口村歌舞伎』継承のため歩んで参ります。」

【この日の進行スケジュール】
13:00~ 開演(来賓挨拶、口上)
13:30~ 三番叟
13:40~ 三人吉三~大川端庚申塚の場
14:10~ 休憩
14:40~ 白波五人男~稲瀬川勢揃いの場
15:00ころ 終了

【メモ】
第68回館山市文化祭参加の「たてやま村歌舞伎・秋天公演」。三番叟は、白浜乙浜地区に伝承した一人三番叟をアレンジした子供舞で幼稚園年少が熱演。三人吉三は同名の盗賊三人が出会う物語。定番の白波五人男は最後に可愛い捕り手の子供たちが5人をお縄にして幕。各演目とも、素人とは思えない演技で拍手喝采。保存会長さんは技量について謙遜していたが、いつか藤原・古茂口地区で小屋掛けして上演して欲しい。
観客は小ホールに100人前後、カメラマンは2人。この日は初めて千葉〜館山の高速バス南総里見号を利用。ホール前のバス停で乗降できてとても便利だった。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/10/04

富津・山王竜神の舞

富津・飯野神社祭礼で行われた「山王竜神の舞」を撮影。

【保存会の現地口上】
20151004「今日は、飯野神社の御祭礼お目出度うございます。
今から百四十数年前、飯野村に置かれた飯野藩主保科氏の陣屋がありました。面積約四万坪の敷地は、今も延長約1.6kmの周濠によって囲まれ、広大な陣屋は江戸時代に日本三大陣屋の一つと呼ばれ、千葉県指定文化財となっている史跡でございます。この中に飯野地区の皆様が崇拝する飯野神社が鎮座致して居ります。

その昔、日照りが続き、お濠の水が涸れてしまい、村人は雨乞いを思い立ち、竜神の舞を奉納して恵みの雨を降らせ豊作となりました。

それでは、竜神の舞保存会の活動についてご紹介申し上げます。先輩の方々が、二十一年前の平成六年十月二十日、千葉県文化会館において、第二十六回千葉県老人クラブ連合会主催の芸能大会で、「竜神の舞」を上演して最優秀賞に選ばれ千葉県知事賞を受賞しました。
その関係で、幕張メッセ開会式、上総アカデミアパーク開会式、東京湾アクアライン開通式、館山自動車道開通式等、幾多の祝賀会で活躍して参りました。引き続いて現在も私達会員は、毎年種々のお祝いの行事で「竜神の舞」を演じています。

竜神の舞保存会会員一同は、日頃より切磋琢磨し技術の向上に努めて居ります。本日は皆様のご健康とご多幸を祈念し合わせて、五穀豊穣と地域の発展を竜に託し、これより山王祭りばやし保存会のお囃子にのせまして「竜神の舞」を奉納(ご披露)致します。どうぞ、ご覧ください。」

【神輿の進行スケジュール】
6:45 例大祭式
6:55 神輿発輿祭(出立7:00)
8:00 二間塚御旅所修祓式(二間塚公民館)
8:45 お振り奉納(飯野神社)
9:50 二間塚→山王受渡の儀(石井電化センター横)
11:00 山王御旅所修祓式(山王公民館)
12:20 山王→下飯野受渡の儀(さくらクリニック横)
13:00 下飯野御旅所修祓式(下飯野公民館)
13:45 神明神社広場
14:50 下飯野→上飯野受渡の儀(雲宮区界)
15:20 上飯野御旅所修祓式(上飯野公民館)
16:50 上飯野→本郷受渡
17:10 本郷御旅所修祓式(本郷公民館)
18:45 参道入口
20:00 還御祭

【竜神の舞のスケジュール】
9:30~ 竜神の舞 1回目(石井電化センター横)
11:20~ 竜神の舞 2回目(山王公民館)
(老人施設を慰問:14:00~つつじ苑→15:00~かずさ三条の里)
18:30~ 竜神の舞 3回目(飯野神社山王区舞台前)

【メモ】
神社祭礼(毎年10/1)は、早朝から宮神輿が5地区(二間塚→山王→下飯野→上飯野→本郷)を渡御。ムラ境では受渡の儀が行われ、地区内の若衆が担ぐ。担ぎ手が少ない地区(下飯野・上飯野・本郷)では一部トラックに積んで巡行。竜神の舞は、山王区に伝わり、陣屋のお濠の水が枯れないように舞うとされる。神輿渡御と無関係に舞い、神事を伴わない(飯野神社でも鳥居外で舞い納める)ので、供奉芸能ではなさそうだが詳細不詳。
祭礼は大勢の人出と露店で賑わう。神輿渡御、竜神の舞ともカメラマンは2~3人。神社に臨時駐車場あり。詳しく教えて頂いた上、振る舞いまで頂いた各地区世話人の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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