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2015/02/28

船橋・大仏追善供養

船橋市本町の不動院で行われた「大仏追善供養」を撮影。

20150228a【現地案内板の説明】
「船橋の海は、江戸時代初めころから半ば近くにかけて幕府に魚介を献上する、「御菜浦」とされた好漁場でした。
元禄16(1703)年の大地震による海底地形の変化などで、翌年から魚介の献上は中止され、代金納になりました。その後この漁場を巡って、近隣(堀江・猫実・谷津・鷺沼など)の漁師たちと多くの争いが起こりました。
文政7(1824)年、船橋村と猫実村(現在の浦安市)との漁場の境界を巡る争いが続いていた時、船橋漁師の占有漁場に他村漁師の船が侵入してきました。その中に、一橋家の幟を立てた船があり、乗っていた侍を船橋の漁師が殴打し、幟を奪ってしまいました。大きな事件であったことから、船橋の漁師総代3名が入牢させられました。1名は牢死し、1名は牢を出て間もなく死亡しました。そのため、延享3(1746)年の津波による溺死者と、漁場を守り死んでいった漁師総代の供養をあわせて行うようになったのです。
大仏追善供養は事件の翌年の文政8(1825)年以来、毎年1月28日(明治以降は2月28日)に行われるようになりました。本来この大仏は、津波によって溺死した漁師や住民の供養のため、延享3年に建立された石造釈迦如来坐像です。供養の日には、炊きあげた白米の飯を大仏に盛り上げるようにつけます。これは牢内で食が乏しかった苦労をなぐさめるためといわれています。大仏の西側には漁師総代2名の供養碑が建てられています。」

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 追善供養
読経→焼香→飯盛り
10:30ころ 終了

【メモ】
毎年2月28日に船橋漁協の主催で行われる。不動院(真言宗)の門前に鎮座する大仏の顔や肩、胸に飯を盛るように付ける。境内でなく門前にあるのは、地元の話では、建立の趣旨から宗派に関係なく誰でも参れるようにとのことらしい。9時ころから漁協関係者が準備を始め、10時に不動院と他寺の僧侶が二人で読経して焼香。漁業関係者が焼香し飯盛り。大仏に盛った飯を食べると風邪をひかないとされる。
この日は土曜日で見物人は30人前後と多く、狭い門前は人でいっぱい。カメラマンも多い。不動院に駐車場なし(付近のコインP利用)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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