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2015/01/25

佐倉・井野の辻切り

佐倉市の井野地区で行われた辻切りを撮影。

20150125井野の「辻切り」は、毎年1月25日、組ごとに藁蛇を作り、ムラに通じる辻を蛇の呪力で遮断して、悪霊や悪疫が入るのを防ぐ民俗行事です。

朝から、組ごとに藁を持ち寄ってヤド(年番)の庭先や井野会館に集まり、ムラ境に掛ける大蛇(大辻)と、家の門口に掛ける小蛇(小辻)を作ります。井野区で6体、井野原区で2体の大辻が作られます。

藁蛇は、組により足の数や目玉の作り方、ヒイラギの葉の飾り方などが少しずつ異なりますが、井野区ではムラ境6カ所の木に頭を外に向けて巻き付けられ、1年間、集落を守ります。

【この日の進行スケジュール】
・井野2番・3番組(井野会館)
9:00~ 集合、作業開始
10:45ころ 藁蛇(2体)完成
11:00~ 藁蛇を掛ける
3番組(井野会館そば)→軽トラで移動、2番組(東の細い畦道
11:50ころ 終了

・井野4番組(ヤド)
9:00~ 集合、庭先で作業開始
11:30ころ 藁蛇完成、直会
13:30~ 藁蛇を掛け、辻を切る(東の畑道
14:00ころ 終了

【メモ】
気温13度と暖かい一日、朝8時に現地入り。新興住宅地に囲まれたユーカリが丘線の内側にポッカリと旧志津村の雰囲気が残る。井野会館で2番・3番組の作業を見学。大辻は男衆、小辻は女衆が分担して製作。完成後、3番組の大辻を井野会館そばの木に掛け、古い藁蛇は畑で焼却。その後、2番組の大辻を細い畦道の木に掛ける(軽トラ移動で追いつけず)。1番組の大辻1を確認後、撤収中に常連カメラマンの「蝙蝠の瞳」さんから4番組の情報を得て、ヤドの農家へ移動。畑の木に大辻を掛けた後、道に溝を切り、五穀を撒いて埋め戻す、文字通りの「辻切り」を見学(ヤドは毎年変わるとのこと)。最後に石川園芸の看板を入った奥の竹藪で1番組の大辻2を確認して撤収。
見物人は、井野会館で2~15人、4番ヤドではなし。カメラマンは、井野会館で6~7人、4番ヤドでは4人。井野会館と千手院に駐車場あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/01/12

京都・冬の特別拝観2015(洛東編)

洛中から洛東の東福寺へ移動。

20150111f東福寺(臨済宗東福寺派)では、特別公開中の龍吟庵を見学。
塔頭(たっちゅう)寺院の筆頭で、木造の偃月橋を渡ると、趣あるこけら葺きの方丈(国宝)が見えてきます。
室町初期の建築で、応仁の乱(1566-76)でも焼けることなく、方丈としては現存最古。寝殿造(外)と書院造(内)の折衷で、建築様式が変遷する過渡期の特徴をよく残しています。室中の間(中央)に掲げられた「龍吟庵」の額は、足利義満の直筆。
方丈を囲む3つの庭は、白砂の「無の庭」、雲間から昇天する龍を表した「龍の庭」、鞍馬の赤石を敷き詰めた「不離の庭」で、昭和の作庭家・重森三玲の作品です。
小さな庵ですが、桃山期の庫裏や表門(いずれも国重文)も残り、見応えがありました。

20150111g頂妙寺(日蓮宗)では、本堂、仁王門(いずれも通年公開)を見た後、特別公開の俵屋宗達筆「紙本墨画牛図」(国重文)、「京都十六本山会合文書箱」などの寺宝を見学。
「牛図」は、立牛と臥牛の双幅で、普段は京都国立博物館にありますが、期間を変えて一幅ずつを展示中。下地が乾かないうちに次の色を落とす「墨のたらしこみ」という技法で描かれています。今回見学したのは立牛の方でしたが、墨の濃淡に宗達の筆使いが伝わってくるようでした。
「京都十六本山会合文書箱」は、複雑な構造で落とし蓋の底に文書を隠した文箱。織田信長から禁教とされた苦労が偲ばれます。
境内の墓地には俵屋宗達のものと伝わる墓がありました。

20150111h次の建仁寺(臨済宗建仁寺派)では、特別公開中の霊源院へ。塔頭寺院の一つで、五山文学の最高峰。70年ぶりに京都国立博物館から里帰りした「中巌円月坐像」(国重文)、「毘沙門天立像」と茶室を見学。
「中巌円月坐像」は、南北朝期の肖像彫刻の傑作。その胎内から発見された「毘沙門天立像」は、鎌倉期の慶派仏師の作。高さ37.5cmと小さいながらも精巧な細工で、左手の水晶玉には伝教大師最澄が持ち帰った仏舎利を納めています。
方丈の二つの茶室「也足軒」と「妙喜庵」も見学しましたが、初の特別公開だけに、小さな方丈は大勢の人で身動きが取れず、早々に退散。

20150111i最後は、六道珍皇寺(臨済宗建仁寺派)です。洛の内と外の境界に位置するので、古くから「あの世とこの世の境」(六道の辻)とされてきました。
特別公開の「薬師如来坐像」(国重文)、「閻魔大王像」、「小野篁像」、「毘沙門天像」、「熊野観心十界図」などの寺宝と冥界へ通じる井戸を見学。
平安期の公卿・小野篁は、百人一首にも登場する実在の人物ですが、昼は朝廷で嵯峨天皇に仕え、夜は冥界で閻魔大王に仕えたという奇怪な伝説があります。庭の一角に、冥界へ行く「冥土通いの井戸」と、この世に戻る「黄泉がえりの井戸」が残っています。
「熊野観心十界図」は、冥界の六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天界)を描いた地獄絵です。どの道に生まれ変わるかは生前の行状で決まるので、我が身を振り返って反省させられました。

今回の京都・冬の特別拝観では、九寺四院を巡りました。
一泊二日のツアーでしたが、シーズンオフとはいえ、拝観券売場の行列や駐車場待ちの渋滞を考えると、個人で廻るより効率的だと思いました(新幹線+観光バスで楽ちんですし)。
旅の機材はRICHO GRでした。28mmだけで撮り歩くのは不便ですが、あれこれ工夫して撮るので面白かったです。

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2015/01/11

京都・冬の特別拝観2015(洛中編)

洛西の寺々から、洛東の智積院へ移動。

20150111a智積院(真言宗智山派)では、長谷川等伯筆「楓図」と息子・久蔵筆「桜図」(いずれも国宝、通年公開)の襖絵を見た後、7年ぶり特別公開の宸殿を見学。
賓客を迎える建物で、京都画壇の巨匠・堂本印象が、庭のテーブルでお茶を飲む和装の女性たちをカラフルに描いた現代的な襖絵「婦女喫茶図」が斬新な印象でした。大書院には国宝の「楓図」がレプリカで再現されています(写真)。

20150111b夕方、京都駅前のホテルにチェックイン。夜はぶらぶらと京都タワーへ。
昭和39年(1964)に観光用として完成したタワーで、ビルの上にモノコック構造(骨組みなし)という珍しい構造です。京の町家の瓦屋根を波に見立て、灯台をイメージしています。高さは131m(展望室まで100m)、東京タワーの大展望台より50m低いですが、高いビルがない京都の夜景はずっと遠くまで輝いて見えました。

二日目は、洛中の東寺、本法寺、妙顕寺と、洛東の東福寺、頂妙寺、建仁寺、六道珍皇寺を巡りました(一部、順不同です)。

20150111c世界遺産の東寺(真言宗)では、通年公開の金堂(国宝)、講堂(国重文)の立体曼荼羅仏像群(国宝or国重文)を見て、特別公開の五重塔(国宝)を見学。
塔は元慶七年(883)に建立され、焼失と再建を繰り返し、現在の塔は寛永二十一年(1644)再建の五代目。高さ55mの日本一高い五重塔で、京都のシンボルです。
初層内部は、極彩色の文様が描かれた煌びやかな空間。中心を貫く心柱を大日如来に見立て、その四方を金色の四如来像が守っています。須弥壇の下の穴から、心柱を支える巨大な石の土台を見ることができます。ちなみに二層から上は骨組みだけで空洞だそうです。

20150111d本法寺(日蓮宗)では、巴の庭(国名勝、通年公開)を見た後、21年ぶり特別公開の本阿弥光悦作「花唐草螺鈿経箱」(国重文)、長谷川等伯筆「佛涅槃図」(国重文)などの寺宝を見学。
桃山期に活躍した光悦の菩提寺だけに、ゆかりの寺宝を多く所蔵しています。「花唐草螺鈿経箱」は、大檀家だった光悦が紫紙金字の法華経(国重文)を納入して寄進したもの。夜光貝の緻密な細工が見事でした。他に、赤楽の馬上杯、翁面(いずれも光悦作)も公開されています。
長谷川等伯の「佛涅槃図」は京都三大涅槃図の一つ。10m×6mの巨大な和紙に寝釈迦さまを描いたもの。本物は京都国立博物館にあり、複製の展示でちょっと残念でした。

20150111e次の妙顕寺(日蓮宗)では、本堂、光琳曲水の庭、龍華飛翔の庭、孟宗竹の坪庭(いずれも通年公開)を見た後、特別公開の酒井抱一筆「観世音菩薩像」など琳派の絵画を見学。
本堂の天幕には、何と千葉氏の月星紋が…。寺を開いた日像上人は、日蓮宗三聖人の一人で、松戸・本土寺から出て京都に初めて法華経を広めた人だそうです。意外な千葉つながりにすっかり舞い上がり、せっかくの琳派絵画の印象はほとんど残っていません(汗)。

本法寺や妙顕寺は、洛中北部の町家の中に点在しています。茶道の表千家、裏千家がすぐそばにあり、この日はちょうど初釜だったので、細い路地を和装の皆さんが行き来する京都らしい風情を見ることができました。

湯豆腐の昼食の後、次は洛東の寺々を巡ります。

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2015/01/10

京都・冬の特別拝観2015(洛西編)

1月の三連休を利用して、妻と冬の京都を訪ねました。

観光客が少ないこの時期は、冬の特別拝観として、いくつかの寺社で非公開の国宝・寺宝が公開されます。

初日は、洛西の妙心寺、仁和寺、龍安寺と、洛東の智積院を巡りました。

20150110a妙心寺(臨済宗妙心寺派)では、法堂天井の龍雲図、国宝の鐘、明智光秀の浴室(いずれも通年公開)を見た後、特別公開の三門(国重文)を見学。
禅の三つの悟りの境地(空・無相・無作)を意味する門で、慶長四年(1599)の建築。
狭い階段で楼上に昇ると、そこは極彩色の世界。金色に輝く観音菩薩像や色彩鮮やかな十六羅漢像、天井には鮮やかな迦陵頻伽(極楽浄土に住む想像上の人面鳥)図や龍図、柱や組物にも彩色が施され、素晴らしいものでした。

20150110b続いて、6年ぶり特別公開の妙心寺衡梅(こうばい)院へ。塔頭(たっちゅう)寺院(名刹の高僧の隠居邸)の一つで、方丈(国重文)と前庭、茶室を見学。
方丈は、慶長九年(1604)の再建。襖絵「龍虎羅漢図」(狩野派)は趣がありました。前庭は、妙心寺中興の祖・雪江禅師と四弟子を枯山水で表現した「四河一源の庭」。茶室「長法庵」は、大正期の移築で、楠の一枚皮で張られた天井が珍しい意匠でした。

少し時間があったので、同じく塔頭寺院の一つ、妙心寺退蔵院へ(通年公開)。方丈の庭園は、狩野元信の作庭。寺宝の「瓢鮎図」(国宝)は、山水画の祖・如拙が足利義持の命で描いた最古の禅画です。本物は京都国立博物館にあり、残念ながら方丈にあるのは模本でした。

20150110c昼食後、世界遺産の仁和寺(真言宗御室派)へ。6年ぶり特別公開の金堂(国宝)と経蔵(国重文)を見学。
金堂は、御所の紫宸殿を移築した桃山期の宮殿建築。高欄の周り縁や蔀戸に繊細な優雅さを残しています。内部には本尊・阿弥陀三尊像(江戸期)や四天王像、帝釈天像が祀られていました。
経蔵は、寛永~正保年間(1624-48)の建築。内部は八角形の回転式輪蔵(経巻棚)の小引出しに一巻ずつ経典が収められています。輪蔵を一回転させれば全巻を読経したのと同じ功徳とされました。輪蔵の彫像や壁の彩色画が色鮮やかに残っています。小引出しに振られた文字を縦に読むと「夫唱婦随」になる部分があるので、探すと面白いかも知れません。

20150110dさらに、世界遺産の龍安寺(臨済宗妙心寺派)へ。石庭(国史跡・特別名勝、通年公開)を見た後、10年ぶり特別公開の仏殿と西の庭を見学。
仏殿は、江戸期に焼失しましたが、古絵図に基づき昭和56年に再建。太い檜の柱に支えられた高い天井には墨と金泥で「下り龍」が描かれ、釈迦如来像(鎌倉後期)や天皇家の位牌を祀っています。
西の庭は、室町期の回遊庭園を昭和57年に復元したもの。龍安寺を創建した細川勝元(室町幕府三管領の一人)像と歴代細川管領の位牌を祀った廟があります。
しかし、龍安寺と云えばやはり石庭です。観光客が少ない分、存分に縁側に座って石庭の趣を楽しむことができました。
なお、龍安寺での特別公開は、3/10以降は茶室「蔵六庵」と115年ぶりに里帰りした襖絵「群仙図」に切り替わるそうで、こちらも興味深いです。

次は洛東の智積院から洛中の寺々を巡ります。

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2015/01/03

九十九里・真亀上の神子舞

九十九里町真亀上地区で行われた神子(かっこ)舞を撮影。

20150103真亀地区の鎮守・須賀神社に伝わる三匹獅子舞で、大獅子・中獅子・女獅子が囃子方の笛・太鼓に合わせて舞います。
演目は「平一番・平二番・平三番・つらうら・弓・剣(つるぎ)・二人剣・綱・山廻(めぐり)」が伝わっています。

年2回演じられ、春祈祷(毎年1月3日)では、ムラ廻りで真亀上区から納屋区までの5区を悪魔祓いしながら歩きます。途中、役員宅の庭先と神社・寺の境内で神子舞を奉納します。
夏の祭礼(天王さま、7月海の日の直前日曜日)では、おんべん囃子・合連唱・獅子連とともに神輿の渡御に供奉し、番所や浜で神子舞を演じています。

【この日の進行スケジュール】
7:30~ 須賀神社出発、ムラ廻り(徒歩)
熊野神社→役員宅5軒→水神社(真亀上)→役員宅6軒→浄泰寺→役員宅6軒→水神社(真亀下)→龍宮神社(龍神さま)
13:00~ 昼食(会長宅)
14:00~ ムラ廻り(クルマ)
サンライズ九十九里→蛭子神社→三枝神社(子安さま)→役員宅1軒→稲荷神社
18:00~ 須賀神社宮入り

【メモ】
一人立ち三匹獅子舞で、真亀では「神子(かっこ)舞」と呼ぶ。軽トラを仕立てた神楽櫃とともに地区内を廻る(移動距離約9km)。囃子は締太鼓と小鼓、篠笛。獅子は、腹に鞨鼓をつけ、手に短いバチを持つが叩いている様子はない。舞いは三匹舞いが中心で、各獅子の一匹舞はなし。獅子頭は無角で、口と牙で見分ける。舞手は、ムラ廻りでは小学生の子供が務めるが、真亀下・水神社での奉納は高校生が演じて迫力があった。
見物人は、各神社で地元の人が十数人、カメラマンは8人ほど。駐車場は真亀コミュニティセンターを利用可。宅内での撮影を快諾いただいた上、ご接待までいただいた役員宅と地区の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2015/01/01

御宿・高山田神楽囃子

明けましておめでとうございます。今年も当ブログをよろしくお願いします。

今年の初記事は、御宿町高山田の春日神社で奉納された獅子神楽です。

20150101高山田地区に370年余り受け継がれる伊勢系の獅子神楽で、春日神社の歳旦祭(元旦)と秋例祭(9月下旬)に神社境内で奉納されています。
起源は、寛永年間(1624~43)に春日神社の遷宮記念で祭り囃子とともに奉納されたのが始まりと伝わります。

秋例祭では、神輿の渡御に先立って「降神の舞・悪魔払いの舞・招福の舞・太平謳歌の舞」が奉納されます。歳旦祭では、秋例祭には演じていない「てまり数え歌」が舞われます。

舞とお囃子は、高山田神楽囃子保存会の皆さんが継承しています(御宿町無形民俗文化財)。

【この日の進行スケジュール】
11:00~ 神楽囃子奉納
降神の舞→悪魔払いの舞→招福の舞→てまり数え歌→太平謳歌の舞
11:40ころ 終了

【メモ】
「房総の郷土芸能2013」のステージ公演以来、いつか現地を訪ねたいと思っていてやっと実現。今回は歳旦祭で、春日神社の社殿が新しくなって初の奉納とか。囃子方は、篠笛・締太鼓・摺鉦で軽快なテンポを奏でる。演目名が独特(内容的には、他の地区で「布舞・幣束舞・鈴舞・怒り」と呼ぶものと同じ)。てまり数え歌は、獅子の仕草が可愛く、地区の皆さんも一緒に歌って参加。ほのぼのとしたムラ祭りの雰囲気が残るいい獅子神楽だった。見物人は地区の皆さんが多数、カメラマンは3人。神社に駐車場数台あり。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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