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2012/03/03

松阪・城と城番屋敷

思うところがあって、妻と1泊2日で伊勢神宮へ参拝に行って来ました。

20120303a東名→伊勢湾岸道→東名阪→伊勢道と渋滞もなく、午後1時半、最初の目的地・松阪に到着。まずは松阪城跡へ向かいます。

松阪は、戦国期に秀吉の重臣・蒲生氏郷が城を築き、楽市楽座や参宮街道を町中に付け替え、12万石の城下町として栄えました(氏郷は、築城後2年で会津若松42万石に栄転)。
江戸期には紀州藩領となり、伊勢白粉(おしろい)と松阪木綿で全国有数の商都として発展。三井家などの豪商(松阪商人)が江戸で成功を収めています。

松阪城は、江戸前期に天守閣が倒壊し、その後は陣屋が置かれました。現在は、氏郷が安土城と同じ工法で組んだ美しい石垣だけが残っています。
築城時に接収した寺社の墓石も使っていて、雨に濡れると石の文字が浮かび上がるそうです。

20120303b城跡の外(旧三の丸)には、槙の生け垣に囲まれた御城番屋敷が残っています。
江戸初期に紀州から松阪城番に遣わされた横須賀党の精鋭20人が住んだ組屋敷で、現存する武家長屋として貴重な建物です(国重文)。敷地内には、旧城内にあった米蔵も残っています(県文化財)。

長屋には今も子孫が住み、「わが党各家は永世変わらず苦楽をともにし、家門の繁栄を図ること」と「紀州藩祖徳川頼宣公と長保寺海弁僧正の恩義を忘れてはならないこと」を誓った「苗秀社」を結成し、整然と維持管理しています。

次は、松阪出身の国学者・本居宣長の軌跡を訪ねます。

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