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2011/01/31

伊豆・天城越え

河津から下田街道を北上し,天城峠へ。

110131修善寺から天城峠を越え,下田へと抜ける下田街道は,川端康成の小説「伊豆の踊子」の舞台となりました。

小説では,旧制一高生の主人公が,自我を見つめ直す旅の途中,天城峠で旅芸人の一座と出会います。一緒に旅をするうちに,踊り子の純粋さに惹かれ,いつしか自意識を解き放ち,最後は下田港で純粋な涙を流して別れるまでの物語です。

小説には街道の風景が点描されています。今回,河津~旧天城峠~修善寺へ抜けましたが,つづら折りの旧街道は未舗装で,往時の旧天城トンネルも明治の雰囲気が残っていました。
写真は,河津七滝の一つ,初景滝にて。もろに観光写真ですが,一応,三脚+スローシャッターで滝を白く流してみました。

今回の旅の機材は,AF-S DX 12-24mmF4G,18-55mmF3.5-5.6GII,Nikon D40,SB-600,三脚は軽量のスプリントPROでした。帰りは,沼津ICから東名に入り,途中,御殿場アウトレットに立ち寄り,大した渋滞もなく19時ころ帰宅しました。

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2011/01/30

伊豆・河津桜

2日目は,「稲取の朝市」に立ち寄ってから,河津町へ。

110130河津といえば,早咲きの河津桜で有名です。今年も,町をあげての「河津桜まつり」が2/5~3/10まで開催されます。

河津桜は,現地解説板によれば,昭和30年ころの2月,地元の飯田さんが河津川沿いの雑草の中に芽吹いた1mほどの桜の若木を見つけ,庭先に植えたのが始まりだそうです。
10年後にやっと花を咲かせ,きれいに咲く桜は飯田家の屋号から「小峰桜」と呼ばれて親しまれました。

その後の調査で,新種(寒緋桜と早咲き大島桜の自然交配種)の桜と分かり,昭和49年に「河津桜」と命名され,翌年には町の木に指定されました。

写真は,飯田家の原木です。まだ1分咲きくらいでしょうか。河津川の桜並木にも行って見ましたが,こちらは数輪が開花した程度で,まだまだ早かったです。

次は,伊豆半島を縦断して天城峠へと向かいます。

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2011/01/29

伊豆・稲取のつるし雛

妻を誘って,東伊豆・稲取に「雛のつるし飾り」を見に行って来ました。

110129稲取の「雛のつるし飾り」は,九州柳川の「さげもん」,山形酒田の「傘福」とともに,日本三大つるし飾りに数えられます。

稲取では,桃の節句に端布で一針一針縫い合わせて作った小さな和裁細工を,竹ひごの輪から赤い糸に吊り下げて飾ります。
江戸後期ころからの風習で,初節句を迎える子や孫の無病息災と良縁を願って,母から娘へ手作りで受け継がれてきました。吊す飾りは,「うさぎ」「巾着」「三角」「柿」「座布団」「三番叟」「這い子人形」「桃」など34種類。それぞれに意味や決まりごとがあります。

この美しい風習も時代とともに廃れてしまい,平成6年に地元の婦人会が復刻させて現在に至ります。
稲取では,毎年この時期「雛のつるし飾りまつり」を開催中です。この日は「雛の館」と「むかい庵」の2カ所を見学しました。写真は,「雛の館」での1枚。雛壇を彩るつるし飾りは,見る人を優しい気持ちにしてくれます。

この日は東名厚木IC~小田原~熱海~伊東と渋滞もなく,昼ころに稲取着。夜は稲取温泉でのんびりと1泊。明日は,河津~天城へと向かいます。

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2011/01/16

横芝光・屋形の里神楽と潮祭

横芝光町(旧横芝町)屋形の四社神社で行われた里神楽と潮祭を撮影。

110116_b四社神社は,大同元年(806)に創建された古社。毎年1月第三日曜日(旧行1月18日)に,里神楽と湯立て神事(潮祭)が行われています。

里神楽は,別名「十二面神楽」と呼ばれ,江戸・元禄期に九十九里の豊漁を祈願したのが始まり。湯立ては,神楽の途中で行われます。境内の大釜に沖合いから運んだ海水を沸かし,神職が笹葉を浸して里人に振りかけ,郷中安穏と豊漁を祈願します。

かつて,屋形区には,桓武平氏の祖・高望が置いた政務所(やかた)があったそうです。裁判や吉凶を,沸かした湯に入れた手の火傷で判断したと伝わるのも,そのせいかも知れません。

【この日の進行スケジュール】
12:30~ 神楽奉納
猿田彦命→臼女命→荒神→八幡大神→秋之神→種蒔→恵比寿大神→(湯立て神事)→手力雄之命→出雲大神
15:20ころ 終了

【メモ】
成田→横芝光町35kmを1時間で移動。13時に現地入りしたら,もう始まっていた。この日は十座を奉納。お囃子はテープで,笛吹きが足りないと保存会の皆さんも残念そう。舞台の床は高く,脚立は三段を使用。湯立てに備え,プロテクトフィルターを使用するも飛沫は少なめ。見物人は地区の皆さんが数十人,3回の菓子撒きでは子どもたちが多数集結。カメラマンは6人。駐車場あり。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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成田・新妻の鯉切りオビシャ

成田市新妻の諏訪神社で行われた鯉切りオビシャを撮影。

110116_aもとは,奥州征伐で源頼朝がこの地に立ち寄った際,集落を流れる根木名川の鯉を献上して武運長久・戦勝祈願したことに始まると伝わります。毎年1月20日前の日曜日(旧行1月20日),諏訪神社の拝殿で行われます。

神事の後,「鯉切り儀式」が行われます。奉納された大鯉を褒めちぎる「鯉の褒め問答」で始まり,裃姿の鯉切り役(当堂家の嫡男)が包丁と菜箸で格調高く調理する所作をし,神前に奉納します。
鯉切りが終わると「当番渡し」です。当堂が「日記」(御神体)を来堂(らいど=次の年当番)の背中に挿し,全員で「豊年だ!」「万作だ!」と叫びながら,アラレを撒いて終了します。

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 諏訪神社
神事(祝詞,修祓,玉串奉天)→鯉切り→当番渡し→アラレを撒く
10:45ころ 終了

【メモ】
新妻区共同施設で準備を整え,神社に運び込む。拝殿内は狭く,地区の皆さんで満員。鯉切り役は,当堂(とうど)家の長男で小学生が務める。堂々と大役を果たし,お父さんもホッとした様子。当番渡しは,「日記」(御神体=中は氏子一同の名を連ねた奉書)を来堂(らいど)の背中に挿して渡す。最後にアラレを撒く理由を聞きそびれた。県内のオビシャの中でも,鯉切り作法を伴うのが珍しい。見物人は地元の皆さんが数人,カメラマンは5人。駐車場なし,新妻区共同施設に駐車場あり。詳しく教えていただいた区長さん,ありがとうございました。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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2011/01/09

大網白里・永田旭連の獅子舞

大網白里町永田の矢口神社の春季例祭で奉納された獅子舞を撮影。

110109慶長年間に,隣村の萱場村から伝わったとされる,伎楽系の二人立ち獅子舞です。
元禄13年(1700),矢口神社が創建された際,鎮座祭で奉納され,以来,悪魔払いとして,春秋の祭礼時に奉納されています。
演目は,「布の舞」「幣束の舞」「鈴の舞」「剣の舞」「お染獅子」などが伝わっています(町指定無形民俗文化財)。

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 矢口神社 神事(祝詞,修祓)
10:40~ 獅子舞奉納
布の舞→幣束の舞→鈴の舞→剣の舞
11:00ころ 終了

12:00~ 光昌寺 獅子舞奉納
布の舞→幣束の舞→鈴の舞→剣の舞
12:20~ 直会

【メモ】
矢口神社と光昌寺で平獅子の4演目を奉納。神社では,カメラマン同士の申合せでノーストロボ撮影。自然光を生かすため拝殿外から撮影するも完全にミス・ポジション。素直に拝殿内からストロボ撮影すべきでした。次回,秋にリベンジかな。神社での見物人はなく,カメラマンは6人。駐車場あり。
光昌寺では,大広間で地区の皆さんに披露。こちらではストロボでバウンス撮影。見物人は地区の皆さんがたくさん集まり,カメラマンは3人。大駐車場あり。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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2011/01/08

香取市里神楽演舞会

香取市伝承芸能保存連絡協議会の菅井さま(牧野神楽保存会)から,第1回香取市里神楽演舞会のご案内をいただきました。

110108香取地域で活動する七団体(山倉芸能保存会さん,新里芸能保存會さん,本矢作伊勢神楽保存会さん,大崎大和神楽保存会さん,新市場神楽親睦会さん,下小野神楽会さん,牧野神楽保存会さん)が連合して,伝統芸能の継承と啓蒙活動を目指すことになりました。

その第1回の合同演舞会が,2月13日(日),佐原文化会館で行われます。正午開場,午後1時開演です。

香取地域の十二座神楽と獅子神楽が一堂に会する機会は滅多にありません。
県内では,見る人もなく人知れず廃絶してしまった神楽が少なくありません。伝承者側としても,見学者がいると,やりがいも倍増すると聞きます。
貴重な伝統芸能を末永く継承していくためにも,地元の皆さんはじめ,郷土芸能や伝統行事に関心をお持ちの皆さん,お誘い合わせの上,ぜひお出かけください。

この他,連絡協議会さんでは,香取地域に伝承する大小の神楽を網羅した「神楽マップ」の作成も予定されているそうなので,こちらも楽しみです。

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2011/01/04

長生・一松神社の御神的

長生村一松の一松神社で行われた御神的神事を撮影。

110104_b【現地解説板の説明】
「天文三年(一五三四)よりと伝える「お的」は,今も正月四日正午より行われる。歩射形式で,神の矢,早稲,中稲,晩稲の四本を射て,その年の吉凶や豊凶を占う神事である。
お祭に使う物は,代々の家で作り持参する。紙は高塚の新右衛門殿。菰は中島の五郎兵衛殿。お備は向原の治郎右衛門殿,北中瀬の小新宅,中島の庄右衛門殿の三人が入で餅搗。的叺竹持参。弓矢は久手新家が作り,神酒,肴と持参。的は畑中の氏子中が総出で七右衛門殿で作る。入山津の権兵衛殿と大根の重郎兵衛殿は神酒,肴,椀,折敷,莚も持参。
当日は入の内匠殿を筆頭に宮席の面々参集し,古式により厳粛に執り行われます。」

【この日の進行スケジュール】
13:00~ 神事(祝詞,修祓)
13:10~ 浦安の舞
14:00~ 歩射(4本)
14:30~ 直会
14:50ころ 終了

【メモ】
東金→長生26kmを35分で移動。的を神前に捧げて神事の後,巫女舞。雅楽は神職による生演奏で驚く。歩射は,拝殿内から神職が座して4本の矢を射つ。直会は,膳(黒豆,なます,餅,神酒)に短く切り分けた弓の弦を添えていた。見物人は,地区の皆さんが30人ほど,カメラマンは4人。駐車場あり。甘酒の振る舞いがありました。神職の御厚意で拝殿の内外から撮影。詳しく教えて頂いた神職と役員の皆さん,ありがとうございました。写真は必ず送らせて頂きますね。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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東金・貴船神社の御神的

東金市山田の貴船神社で行われた御神的神事を撮影。

110104_a【現地解説碑の説明】
「毎年一月四日,本社で執行されるお的神事は,古来,山田村を中心とする遠郷近在の農,山,漁民の信仰深い民俗行事で,その起源は慶安四(一六五一)年と言われ,「歩射」により,その年の農作の豊凶を占うもので,当時制定された諸規則に則り,氏子総体で役割を分担し,これを忠実に伝承し今日に及んでいる。特に七献の盃,謡,お的を射る等の儀は最も重要視され格調高く執行され,神人一如の古い信仰の姿を具現する貴重な民俗文化財と言うべきである。」

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 神事(祝詞,修祓)
10:45~ 七献の盃
11:00~ 歩射(1本は天に,12本は的に射る)
11:30~ 当番渡し
11:50~ 謡い(貴船神社奉吟謡)
12:00ころ 終了 

【メモ】
年頭のおびしゃ行事で,正式には「春季御歩射大祭」。七献の盃(御神酒を七回に分けて酌み交わす)が3献まで進むと,歩射(ぶしゃ)。的と神域を準備し,「トリアゲ爺」役が1本目を天に放って神に捧げ,八咫烏を描いた的に12本の矢を射る。再び拝殿で盃が進み,5献めでオトウワタシ(新旧当番引継),7献めで全員がテープに合わせて吟謡して終了。見物人は地元の皆さんほか20人ほど,カメラマンは3人。駐車場あり。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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2011/01/03

船橋・船橋大神宮の神楽

船橋市宮本の船橋大神宮で奉納された神楽を撮影。

110103【現地解説板の説明】
「平安時代の史書「三代実録」には「下総国意富比神」の名が見え,「延喜式」には「意富比神社」の名がある。この意富比神(おほひのかみ)は船橋大神宮(意富比神社おおいじんじゃ)の前身である。
神楽は正月,節分,10月20日の例祭,12月の二の酉に,境内の神楽殿で演じられ,4月3日の水神祭には船橋漁港でも行われる。伝えているのは船橋大神宮楽部の人達で古くからの習わしにより,谷津の人も参加している。
現在伝えられている演目は次の10座である。①みこ舞②猿田舞③翁舞④知乃里(ちのり)舞⑤天狐舞⑥田の神舞⑦蛭子舞(恵比寿舞)⑧恵比寿大黒舞⑨笹舞⑩山神舞
このうち恵比寿大黒舞は節分祭でのみ演じられる。
使用する楽器は舞楽に用いる楽太鼓(がくだいこ)と大拍子(だいびょうし,締太鼓),笛各1である。
神楽の由来はよくわからないが,曲目の構成からみて,12曲を基準とする「十二座神楽」の系統であると考えられる。」

【この日の進行スケジュール】
11:30~ 神楽奉納
みこ舞→猿田舞→知乃里(ちのり)舞→蛭子舞→翁舞→田の神舞→山神舞
12:30ころ 終了
※餅撒き等はなし

【メモ】
初詣で賑わう正月3日,七座が奉納されたので取材。上品で優雅な舞いでした。舞台は床も高すぎず,正面・左右ソデが開いており,撮影は容易(左に囃子方が着座)。脚立は不要ですが,少し目線を上げたかったので使用。ストロボは調光補正-1段でもややオーバー気味。見物人は初詣客が30人ほど,カメラマンは5人。駐車場あり(入場待ちに30分)。ついでに,灯明台(県文化財)の無料開放も見学できて良かった。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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2011/01/01

館山・洲宮神社御田植神事

新年の撮り初めは,館山市・洲宮神社で行われた御田植神事を撮影。

110101年頭に,境内を田に見立てて稲作儀礼を行い,一年の豊作を占う「庭田形式」の予祝行事です。洲宮神社では,元旦の歳旦祭の後に行われます。

白装束に扮したサクダイ(作代)が口上を述べると,応じるように氏子が竹の鍬形で田うないの所作をします。作代が籾を撒くと,幕をかぶり牛に扮した新婿が登場して代掻きをします。最後に,早苗に見立てた松葉を投げて田植えをして終わりました。

【この日の進行スケジュール】
10:00~ 樽開き(鴨川の地酒「寿萬亀」)
11:00~ 歳旦祭
11:10~ 御田植神事
挨拶→作代の口上→田うない→籾まき→代かき→苗植え
11:20ころ 終了

【メモ】
賀茂神社→館山14kmを30分で移動して泊。安房神社に初詣後,9時半ころ現地入り。作代の口上が面白い。大人も子どももみんな楽しそうで好印象。子どもたちにはみかんのお配りが,参詣者には御神酒と豚汁の振る舞いがありました。牛の動きが速く,レンズは広角が吉。口上のメモ録は失敗。見物人は地区の皆さんが多数,カメラマンは10人ほど。駐車場あり。
※詳細記事は,本宅サイト「ぐるり房総」に掲載。

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新しい年へ

あけましておめでとうございます。

2005年に始めた拙ブログは,7年目に入りました。今ではすっかり,1997年に始めた本宅サイト「ぐるり房総」の編集後記的な存在になっています。(笑)

本宅サイト「ぐるり房総」では,2002~2008年まで,年間3~5か所のペースで祭事を掲載していました。現地を訪れないうちに廃絶する祭事が増え,取材ペースを速めた結果,2009年は39か所の祭事を訪れました。2010年は,再訪を含めて58か所の祭事を取材し,走った距離は7844kmになりました。

今年は,少しスローダウンして,本当に興味深い祭事をじっくりと取材したいと思っています。特に,生活フィールドでもある下総地域に軸足を置きたいと考えています。

様々な地域で,地元の皆さんの暖かい心に触れ,感動の一年でした。今年も,謙虚な気持ちで,地元の視線に立った写真が紹介できたら…と願っています。

今年も,拙ブログをどうぞよろしくお願いします。

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