2008/10/05

松戸まつり

昨日と今日,地元で恒例の松戸まつりが開催されました。オフィスで仕事をしていると,窓の外から音楽が聞こえて賑やかでした。

081005もとは農業品評会(昭和24年)として始まった市民祭も,早や35回目。市制施行65周年の今年は,例年になく盛り上がったようです。
JR松戸駅周辺が中心ですが,最近ではすっかり定番の感があるYOSAKOIや,カーマニア垂涎の旧車フェスティバルのほか,新たに甲冑武者行列が登場したとか(見ていないので…)。

写真は,昼食で外に出たときに携帯で撮った「チーバくん」です。2010年千葉国体のマスコットで,横から見ると千葉県の形に見えます。最近,あちこちのイベントで見かけるようになりました。
デザインは,千葉出身のイラストレーター坂崎千春氏。おなじみSuicaのペンギンを手がけた人です。

チーバくん,子どもたちには大人気でした。

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2008/09/28

松戸・祖光院の曼珠沙華

埼玉・巾着田に曼珠沙華を見に行ったものの,すごい人出で写真どころではありませんでした。落ち着いて曼珠沙華を撮りたくなって,松戸の祖光院に行って来ました。

080928ここの曼珠沙華も,林の中に群生していますが,林の中には入れません。それだけに,大事に育てられている感じがします。

赤い曼珠沙華に混じって,白い曼珠沙華の群生もあり,なかなか絵になります。静かな境内で心静かにシャッターが押せました。ただ,花の近くに寄れないので,200mm以上の望遠系ズームは必携です。今回は,三脚とVR70-200mmF2.8Gを使用しました。

曼珠沙華の花期は短く,すでに見ごろは過ぎています。この日も,痛んだ花が多くて構図に苦労しました。
今年の曼珠沙華撮影も,これで終わりです。来年,満開の時期にもう一度訪れることにしましょう。

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2008/09/23

日高・曼珠沙華2008

秋晴れに誘われて,妻と埼玉・日高に曼珠沙華を見に行きました。

080923この時期,巾着田の曼珠沙華は満開です。林の小径から見ると赤い絨毯のようでした。

花の数もすごいですが,見に来ている人の数もすごい…。大混雑で動きが取れませんでした。アマチュア・カメラマンもたくさん来ていました。三脚も可ですが,あの混雑ではいずれ三脚使用禁止になるかも知れませんね。

写真は,魚眼レンズで超広角的に撮りました。DX Fisheye 10.5mmF2.8Gは,パープル・フリンジが出やすいのが弱点です。このサイズでも,円周部の樹木にパープル・フリンジが目立ちますね。

早々に巾着田の撮影を切り上げ,シャトルバスで高麗(こま)神社へ向かいます。
御祭神は,666年ころ高句麗から渡来し,武蔵国高麗郡を治めた高麗王若光を祀っています。重厚な本殿で驚きました。
裏手には,代々宮司を務める高麗家の旧宅(1596年築,国重文)があり,この日は特別に内部を見学することができました。

今回は,池袋から電車を利用しました。特急で1時間の小旅行でした。

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2008/09/20

佐倉・街歩き

久しぶりに佐倉の街を撮り歩きました。

080920京成佐倉駅から歩いて佐倉城趾へ。城郭は残っていませんが,馬土手などが復元されています。天守閣跡を見て,旧大手門跡からかつての武家屋敷街を目指します。

かつての武家屋敷街には,鏑木小路と呼ばれる界隈に3軒の武家屋敷が残っています。禄高で家の造作が決められており,質素な武士の暮らしぶりが伝わります。ひと休みして,次は佐倉順天堂を目指します。

途中,佐倉鎮守の麻賀多神社や旧川崎銀行佐倉支店のレトロな市立美術館を見て,ずーっと歩くと佐倉順天堂記念館に到着します。佐倉順天堂は,江戸末期に蘭医・佐藤泰然が開いた医塾です。最先端の手術を施術した病院で,のちに順天堂大学となりました。当時の佐倉は,「西の長崎,東の佐倉」と言われるほど,蘭学が盛んだったそうです。

いよいよ最後の目的地,旧堀田邸へ。最後の佐倉藩主・堀田正倫が明治23年に建てた屋敷です。広い和庭園とともに復元されて,国の重要文化財になっています。観光ボランティアさんの説明が面白かったです。

帰りはJR佐倉駅に出て,総歩数は約1万7千歩でした。
今回は電車だったので,機材はDX17-55mmF2.8Gだけの軽装備でした。終日歩き回って足が疲れましたが,色々な発見があって楽しかったです。

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2008/09/14

館山・やわたんまち

館山・鶴谷八幡宮の例大祭,「やわたんまち」(八幡の祭り)に行って来ました。

080913旧安房国社の鶴谷八幡宮に近隣10社の神々を招き,国司が主催した祭礼が始まりで,かれこれ千年余も続く南房総最大の祭りです。

午後1時ころ現地に到着。八幡宮の境内はすでに人で一杯でした。午後1時~4時ころの間に,各神社の神輿が次々に駆け込んで来ます。着くなり若衆たちが激しく揉み,おらが村の神輿を誇示します。どの神輿も大きいので迫力がありました。
午後4時ころ,最後の神輿が到着。その後は,町内の神明神社へ移動します。夜の山車巡行を撮るため,事前にルートをロケハンして待機。

午後7時ころ,山車5台が順番に集まって来ます。山車は,1台ずつ南町交差点から新宿踏切を越えてUターンし,最後は神明神社前に勢揃いします。いつの間にか通りは見物人でいっぱいです。他の地域では見られない舟型の山車が珍しかったです。午後8時ころ解散となり,各山車が町内へ戻って行き,祭りの初日が終わりました。

アマチュア・カメラマンは,それほど多くない感じでした。今回の機材は,DX17-55mmF2.8GとVR70-200mmF2.8G,夜間用にSB-600を使用しました。D300のISO感度は上限3200ですが,夜祭り撮影には十分ですね。
反省点は,事前のリサーチと暑さ対策が不十分だったこと。このため,撮影のモチベーションが持続しませんでした。

午後9時すぎに現地を出発し,一般道で帰宅は深夜になりました。来年は2日目を見てみたい,と思わせる勇壮な祭りでした。

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2008/09/06

栄町・房総のむら

約10年ぶりに,栄町にある房総のむらへ行ってきました。

080906「房総のむら」は,江戸時代の町や村を再現した,県立の体験型野外博物館です。町ごと再現しているので,江戸時代にタイムスリップしたみたいです。

ただし,日光江戸村みたい?に忍者やチャンバラはありません。県の施設なので,商家や民家の中で匠の指導を受けながら昔の遊具や日用品の制作体験ができる,まじめな体験学習施設になっています。

今回は,実戦投入したD300の試し撮りを兼ねて撮影しました。
新機能のAF51点3Dトラッキングは,面白い機能ですね。ピントが合った後,構図を変えてもファインダー内で赤いフォーカス枠が被写体をロックして追い続けます。精度や速度は完璧とは言えませんが,動体撮影に限らず普通の撮影でも積極的に使えます。
ファインダー視野率は100%になりました。ぎりぎりのフレーミングが多い私には,うれしい改良です。でも,ピクチャーコントロールはちょっと微妙。太陽光下の絵作りはD200の方が好ましく感じました。

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2008/08/31

松戸・野菊の墓文学碑

晴れたかと思うと急に土砂降り…,このところ不安定な天気で写欲が湧かない週末が続きます。

080831少し晴れたので,妻と愛犬を連れて,松戸市矢切の西蓮寺境内にある「野菊の墓文学碑」へ。

「野菊の墓」は,明治39年に伊藤左千夫が発表した純愛小説です。左千夫は,九十九里の旧成東町(今の山武市)の生まれですが,小説では矢切を舞台に政夫と民子の悲恋が描かれています。

この場所には,政夫が民子を待った村はずれの坂道の大銀杏がありました。今は切り株だけが残っていて,小説の一節を刻んだ文学碑が建っています。
高台から畑の風景を眺めていると,どこからか「民さんは野菊のような人だ」と政夫の声が聞こえてきそうです。

この日は,江戸川が増水して,矢切の渡しが欠航していました。そのせいか,柴又側から訪れる人もなく,ひっそりしていました。

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2008/08/26

日本の祭り写真展

東京ミッドタウンの富士フイルムスクェアで開催中の「日本の祭り入賞作品展」に行ってきました。

080826キタムラ主催の写真コンテストの応募作品1万2千点余から選ばれた入賞作品の中から,特に秀逸な作品を展示しています。
応募はしていませんが,祭りを撮る際にいつも気になることがあり,皆さんはどうしているのか興味があったので出かけました。

それは,「肖像権」の問題です。最近では,どのフォトコンもこの問題を撮影者においてクリアした上で応募することを条件にしています。
地域の人々の習俗をテーマに撮る祭り写真では,祭り装束の個人を撮らせてもらうこともあれば,御輿や山車をメインに撮ることもあります。前者の場合,その人に承諾をもらえばすみますが,後者の場合,たまたま写った全員から承諾をもらうのは現実問題として不可能です。撮るときに意識して撮影していますが,限界があるように感じていました。

今回の入賞作品を見ると,個人をメインの被写体として撮った作品を除くと,人物は顔が写らない後ろ姿だったり,大きくぼかして処理している例が多かったです。やはり,皆さん相当「肖像権」を意識して撮っているようで参考になりました。

「日本の祭り入賞作品展」は,8月28日までです。

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2008/08/24

MFシステムとの別れ

ニコンMFシステムを処分して,機材を整理しました。

長い間お世話になったMFのAi-sレンズ群。マニュアルで写真を撮るのは至高の楽しみでした。
でも,老眼が進んだせいか,スプリットプリズムでのピント合わせが困難になってきました。この1年間の撮り方を振り返り,フィルムもAFで楽しむことにして,思い切ってMFシステムを処分しました。

今回処分したのは,F3とMD-4,Ai-s 28/2.8,35/2,50/1.4,105/2.5,180/2.8ED,TC14ASでした。いつもの中野F店に持ち込みましたが,さすがに後ろ髪を引かれる思いでした。
代わりに,フィルム用にBiogon T* 28/2.8と,デジ一眼のD300を購入しました。

D300が加わって,結局使わなくなったD200と稼働率の低いAF-S DX VR 18-200/3.5-5.6Gも手放しました。
防湿庫がガラガラになり,危険な予感です…(笑)。

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2008/08/21

会津・野口英世記念館

野口英世は,明治9年(1876),猪苗代湖畔の貧しい農家に生まれました。

0808211歳のとき,囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負いますが,貧しくて医師にかかれませんでした。15歳のとき,癒着した左手の大手術を受け,これがきっかけで医学を目指します。19歳で上京し,21歳で医師試験に合格しました。
順天堂医院や伝染病研究所に勤めた後,24歳でアメリカに渡り,ロックフェラー研究所で蛇毒の血清,梅毒スピロヘータの研究で実績を上げました。
42歳のとき,南米で黄熱病の病原体を発見し,以後は黄熱病の研究に没頭します。50歳でアフリカに渡り,現地で研究中,自らも黄熱病に感染して亡くなりました。

野口英世の生家(上の写真)は,当時のまま保存されています。母屋には,英世が火傷をした囲炉裏や,19歳の上京時に床柱に刻んだ「志を得ざれば再び此の地を踏まず」の文字が残っています。雄大な磐梯山と猪苗代湖に育まれ,世界的な偉人となった野口英世は,会津の大きな誇りだったことでしょう。

今回の会津の旅は,これで終わりです。帰路は,磐梯熱海温泉に立ち寄ってから常磐道で帰宅しました。

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