2019/03/09

写真でつづる千葉県と鉄道展

市川市中央図書館で開催中の巡回展「写真でつづる千葉県と鉄道」展に行ってきました。

201900309この巡回展は、千葉県博図公連携事業(博物館・図書館・公民館が連携して情報発信)の企画です。
明治150年の節目に、県内の鉄道をテーマに、鉄道開通から現在までの歩みを写真で辿っています。

写真は、第一部「鉄道の発達・変わる景色」(総武鉄道の開通など)、第二部「鉄道と世相・時代の一面」(戦時下の出征風景など)、第三部「消えた鉄道・失われた路線」(軽便鉄道や人車鉄道など)、第四部「鉄道連隊と千葉県・隠れた主役」(旧陸軍鉄道第一・二連隊など)の4部構成で52点が展示されています。

併せて、京成電鉄から各種記念乗車券や改札鋏・合図灯の出展と、館所蔵品の昔の鳥観路線図や沿線行楽案内などの資料を展示。館職員さんによる鉄道模型やプラレールもありました。

個人的には、姿を消した鉄道(第三部)と鉄道連隊(第四部)の展示と解説が興味深かったです。

この巡回展は、昨年11月に野田市立南図書館からスタートし、今回の市川市中央図書館で最後。期間は3月14日まで開催中です。

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2019/02/25

「下勝田の獅子舞」の獅子頭

かつて佐倉市下勝田・天満神社で奉納されていた「下勝田の獅子舞」。

20190225後継者難で平成16年を最後に廃絶し、現在はその舞を見ることはできません。

佐倉市史に次のような記述がありました。

「下勝田の三匹獅子舞は、毎年七月十五日(旧くは二月二十五日、九月三日も演じた)の午後、三十三歳まで若連が下勝田の天満神社で演じ、夜は下勝田共同館(旧くは西光寺)で舞う。夜の獅子を模範獅子といい、年配の舞手が演じ、猿という役が加わる。この獅子舞には、天下泰平、五穀成就、家内安全と書かれたダシという万灯が出る。獅子頭の名称は、雌獅子、中獅子、雄獅子といい、雌獅子には角がなく、中獅子と雄獅子に角がある。(~中略~)獅子舞を囃す楽器は、篠笛と鋲打ち太鼓である。これらは囃子方が担当する。獅子の腰に付けた太鼓は、ほどんど音がしない。また手に鈴や御幣を持って舞うことがある。」

演目は、神楽(庭固め→雌獅子→中獅子→よつあげ→雄獅子→デンツクデン)、幣束(庭固め→雌獅子→幣束がえし→よつあげ→雄獅子)、橋渡り(振り込み→庭固め→雌獅子→中獅子→よつあげ→雄獅子→デンツクデン→橋渡り)の3つの舞があったようです。

夜の「模範獅子」は、年配の舞手が猿面に蓑笠の衣装で踊ったようで、佐倉市史は「仮面をつけるということは個性を超えた存在を示すことであり、蓑笠をつけた衣装は非常に遠いところからお出でになることを意味するもので、山の神とか祖霊神のなり変わりであるとされるので(~中略~)神人一体の舞であると解される」と書いています。

このほか、昼の獅子舞の演目の間に(夜は獅子舞の前に)、輪になって弥勒踊りを踊ったといいます。

廃絶して久しい「下勝田の獅子舞」ですが、その獅子頭は、和田ふるさと館歴史民俗資料室に良い状態で保管・展示されています。
今も年2回、春祈祷(2月25日)と祭礼日(7月15日)に天満神社に里帰りし、神事が行われているそうです。

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2019/02/24

佐倉・百万遍(春祈祷)

佐倉市天辺・宝寿院の春祈祷で行われた「百万遍」を見学。

20190224宝寿院(真言宗)は、弘法大師ゆかりの地蔵菩薩を祀り、「渋なし蕨」の伝承が残っています。

春祈祷(毎年2月24日)では、農事が始まる節の折目に五穀豊穣を祈願して「百万遍」が行われます。

地区の人々が、長さ約六間(10.9m)の大数珠の周りに輪になって座り、中央には鉦叩き役と数取り役が座ります。鉦の音に合わせて念仏を唱えながら、大数珠を左回りに廻します。途中、房が付いた親玉が廻ってくると、少し高く掲げて一礼し、次の人に廻します。
数珠の廻った回数は、数取り役が「一千遍」「一万遍」などと書かれた木札で数えます。

この行事は、地元では「地蔵さまのオビシャ」と呼ばれ、大切に受け継がれています。

【この日の進行スケジュール】
12:30~ 準備(天辺青年館)
13:30~ 百万遍
13:45~ 直会
14:30ころ 終了

【採訪メモ】
かつては本堂で行ったが、現在は地蔵堂そばの天辺青年館で行われる。導師はおらず、区長さんの合図で鉦に合わせながら大数珠を左に廻す。念仏を唱えながら廻す形態から、和気藹々とおしゃべりしながら廻す形に変化しており、信仰行事としての性格は薄れている。親玉が廻る度、数取り役が木札を数枚ずつ移し、木札がなくなると終了。昔はもっと長い時間を廻したが、実際に百万回も廻した訳ではないという。
百万遍のあと、茶菓子で直会して1時間ほどで解散。この日は19世帯から21人が参加。女人講による地区が多い中、天辺では男性も参加するのが特徴。見学者は私を含め2人、寺に駐車場なし(和田ふるさと館から徒歩推奨)。
詳しい資料を頂いた上、現地で案内を頂いた和田公民館のEさん、詳しく教えて頂いた宝金剛寺住職さん、お世話になった区長さんはじめ地区の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2019/01/20

市川・にらめっこおびしゃ

市川市大野・駒形大神社で行われた御奉謝(おびしゃ)を見学。

20190120【現地案内板の解説】
「駒形大神社は経津主神を主神に、大野の地域に伝説として残っている平将門を合祀した神社です。
この、駒形大神社には、古くから五穀豊穣と村内安全を祈願する御奉謝の行事が伝えられています。かつては一月十九日、当番宿に集まった氏子たちによって、神社に飾る注連縄がつくられ、次に三臼の餅がつかれました。
最初の一臼は供物の下に敷く、径五寸(15cm)ばかりの煎餅をつくり、二臼目は烏帽子型兜・擬宝珠型兜・皿頭型兜の型をした供物をつくります。三臼目の餅は集まった氏子たちが、互いに投げ合う餅ぶつけに使います。餅に当たるとその歳の厄を祓うといい、またこの餅は、風邪除けに効き目があるともいわれています。これで一日目の行事は終わりです。
二十日は前日用意した供物・注連縄・酒肴等を捧げて神社に参拝、太鼓を打ち鳴らして題目を唱え、終わって御神酒を頂き、当番宿に引きあげます。このあと、宿では二組に分かれて行司役を中央に、両組から一人ずつ出て向かい合い、互いににらみ合って行司役の合図をまち酒を呑みあいます。このとき笑った方が負けとなり、さらに大盃につがれた酒を呑むことになります。こうした行事のあるところから、俗に『にらめっこおびしゃ』の異名が付けられています。
これらの行事は安政六年(1859)の記録を、明治11年(1878)に書き写したものによって踏襲されてきましたが、太平洋戦争後は一月二十日の一日で、総ての行事を済ませるように改められ、毎年、神社の社務所で行われています。この行事は昭和四十年、市の民俗文化財に指定されています。」

【この日の進行スケジュール】
8:00 呼太鼓、氏子中集合
8:30~ 式場始(しばきり=分担決め)
注連縄・蓬莱飾り作り
10:00~ 五穀豊穣祈願
念仏→玉串奉奠→大盃
10:30~ 餅搗き
煎餅→兜作り→餅投げ
12:00~ 昼食休憩
13:30~ 当番渡し(神札・日記受渡しの儀式)
14:10~ にらめっこの儀式
15:00~ 直会
17:20ころ 終了

【採訪メモ】
式場始の分担どおり組ごとに注連縄を作って張り、大根で鶴亀・松竹梅の蓬莱飾りを作って飾る。五穀豊穣祈願では氏子のみ(神職なし)で大太鼓に合わせて南無阿弥陀仏を唱和し、大盃を廻し飲む。その後、シンコ餅を搗く。一臼目の「煎餅」は、日記受渡しの儀式の際、新当番に2片ずつ配られる(無病息災)。当番渡しは新当番が5人ずつ前に出て、行司役から盃を受け、神社神札・日記を回して確認し、最後に新ヤド役が背中に背負って引継ぐ。続いて末社日記の引継ぎが行われる。にらめっこは卓上に小盃と沢庵2切れを置き、東西組が相対して睨みながら熱燗を飲む。笑うと双方が大きな罰盃を受ける。笑わそうとヤジが飛び、和気藹々と進む。全8組(東部1~4組・西部1~4組)が対戦するが勝ち負けはなく、3組終わる毎に全員で高砂を謡う。
見物人は50人以上、カメラマンは報道ほか多数。神社裏に駐車場あり。
お忙しい中詳しく教えて頂いた氏子中の皆さん、貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2019/01/05

印西・別所の宝剣様

印西市別所の宝泉院地蔵寺で行われた宝剣様を見学。

20190105宝泉院(天台宗)に伝わる宝剣は、平安期に飢饉・悪疫が流行し、慈覚大師円仁が当地で悪疫退散・五穀豊穣の護摩供修法を行った際に使ったとされ、薩摩の名工・波平行安の作と伝わります。

毎年1月5~6日の両日、宝剣を奉じて檀家を廻り、厄祓いと五穀豊穣を祈願する「宝剣様」が受け継がれています。

出発前の法要後、錦布の箱に納めた宝剣が奉持役に渡されて、ムラ廻りに出発。住職を先頭に、奉持役、札持ち、籠背負いが続き、金剛鈴の音とともに檀家を廻ります。
各戸では、仏壇に宝剣を祀り、般若心経と地蔵尊の真言(おんかあかあかびさんまえいそわか)を唱和し、護符2枚(厄除地蔵尊・百由旬内無諸災難)を渡します。最後に奉持役(又は住職)が宝剣を家人にかざして厄を祓います。
檀家は、お布施として金一封(昔は米一升)を籠背負いに渡します。

二日間で別所・鳴沢・別所新田・宗甫地区の檀家60軒ほどを廻ります。

【この日の進行スケジュール】
8:30 集合(宝泉院)
8:45 法要
9:00~ 檀家廻り(午前)
12:00 寺に戻り昼食
13:00~ 檀家廻り(午後)
16:00ころ 寺に戻り法要

【採訪メモ】
初日、住職・檀家総代・役員など10人での檀家廻りに同行。奉持役の持つ宝剣は意外に重かった(3㎏くらい?)。札持ちは風呂敷包みに木札と御守り。籠背負いは、昔はお布施の米を入れる籠を背負ったが、現在は護符を入れた箱を持って廻る。檀家によっては玄関先で読経することも。初日は別所・鳴沢地区40軒ほどを廻った(歩いた距離7.5km)。二日目はクルマ移動もあり。古老によれば、戦前~昭和30年代までは船橋や浦安まで行ったとのこと。
地元ケーブルTVのほか見学者なし。寺に駐車場あり。
大変お世話になった住職さん、檀家総代の市長さん・役員さん、檀家の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2019/01/02

上野・ムンク展再び

妻・下の娘と一緒に、上野・東京都美術館で開催中の「ムンク展」に行ってきました。

20190102ノルウェーを代表する画家ムンクの展覧会は、2007年の国立西洋美術館以来2度目です。
前回は、オスロ市立ムンク美術館が収蔵する作品から、装飾画家としてのムンクをテーマに108点が来日しました。今回は、「共鳴する魂の叫び」をテーマに、初期~晩年の作品101点でムンクの画家としての生涯をたどります。

構成は、「1ムンクとは誰か」「2家族-死と喪失」「3夏の夜-孤独と憂鬱」「4魂の叫び-不安と絶望」「5接吻、吸血鬼、マドンナ」「6男と女-愛、嫉妬、別れ」「7肖像画」「8躍動する風景」「9画家の晩年」の9つに分けて60年間の画業を主題ごとに紹介しています。

今回の見どころは、初来日のテンペラ・油彩の「叫び」(1910?)です。ムンクは、同じモチーフで複数作品を描いた画家でしたが、この「叫び」も1893年に描いた初版を描き直した現存する5点の一つです。
同時期の「絶望」(1894)と並んで展示されていましたが、こちらは前回も来日していました。油彩のほか、リトグラフや版画の作品・原板なども珍しかったです。

とても見応えのある作品群で、年齢や境遇ごとに作風の変遷がよく分かる好企画でした。年始の休日で、会期末が近いこともあり、チケット窓口で10分、入場に20分ほど並び、場内も大混雑していました(「叫び」の前では1列で立ち止まり禁止)。
ただ、もともとムンクは表現主義派で、死・孤独・嫉妬・不安という自己の感情を暗い色調と非現実的な心象風景に描き込んだ独特の作風ですから、前回同様、ちょっと重かったです。

ムンク展は、2019年1月20日(日)まで開催されています。

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2019/01/01

2019年を迎えて

新しい年を迎えました。

Kagamimoti本宅サイト「ぐるり房総」は、おかげさまで22年目に入ります。
この間、たくさんの皆さんに見ていただき、取材先でお声がけをいただくことも多くなり、心から感謝しています。

「ぐるり房総」は、平成9年(1997)に「心に残る房総」をテーマにスタートしました。
現在は、千葉県内各地の隠れた魅力を訪ねた「房総の街」と、民俗・伝統行事を訪ねた「房総の祭」の2つをメイン・コンテンツとして情報発信しています。

昨年は4月から本業多忙となり、時間を見つけては街の見どころを訪ね、小集落の伝統行事を採訪するスローペースな活動となりました。
「平成」が終わり、新しい時代の幕が開けます。今年も、地元の皆さんと同じ目線で、地域の伝統と魅力に触れたいと思っています。

新しい年がより良い年でありますように。
今年も、拙ブログと本宅サイト「ぐるり房総」をよろしくお願いします。

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2018/12/17

伊香保・温泉神社と美術館

二日目は伊香保神社(温泉神社)と美術館を巡ります。

20181216a伊香保神社は、365段の石段の最上段に鎮座し、大国主命と少彦名命を祀ります。
伊香保温泉の石段が整備されたのは戦国時代で、そのころにはすでにこの地にあったようです。

境内には、明治11年(1877)の伊香保大火後に再建された仮宮と小さな神楽殿があります。解説板によると、毎年9月の例祭には神輿が出て、伊香保祭囃子(市無形民俗文化財)が奏されるようです。

20181216b続いて、温泉饅頭を求めて神社下の饅頭屋さんへ。

創業は明治43年、江の島・片瀬饅頭にヒントを得て、伊香保の湯(茶褐色)をイメージした湯乃花饅頭を考案。昭和天皇の陸軍特別大演習賜天覧御買上で全国に知られ、ここから各地に温泉饅頭が広まったそうです。
朝の開店直後でしたが有名店だけに長蛇の列…。気温-3度の中、しばらく並んでホカホカのできたてを頂きました。

伊香保の石段街を離れ、伊香保保科美術館へ移動。

20181216c竹久夢二、現代日本画家、友永詔三の木彫などの作品を収集・展示した私設美術館です。
特に大正~昭和にかけて活躍したデザイナー小林かいちの作品コレクションは国内唯一で、楽しみにしていました。

かいちは、京都を拠点に絵葉書・絵封筒のデザインを手がけたデザイン画家で、トランプや十字架など西洋的なデザインを取り入れ、アール・デコ調の作品が人気を博しました。デザイナーの先駆けですが、その人物像は謎で、幻のデザイン画家と云われます。

絵葉書・絵封筒やマッチ箱など小作品が中心ですが、独特の色彩とタッチで女性観を描いたレトロモダンな作品を堪能しました。

20181216d最後に、伊香保切り絵美術館へ。
切り絵作家の佐藤源治氏とお弟子さんの作品を展示した私設美術館です。
入館すると切り絵について詳しい説明があり、作品の鑑賞ポイントがよく分かります。

白と黒で光と影を表現する切り絵は、緻密に光を計算し尽くして表現する白黒写真との共通点が多い気がします。展示作品は作家ごとに作風が異なり、彩色セル画のような作品もあって奥深さを感じました。

切り絵体験では、手先が器用な妻が挑戦。用意された下絵を選び、黒い紙を敷いてカッターで切り抜いていきます。作家さんが一番大変なのは下絵描きで、切り抜きの失敗はないそうですが、なかなか難しかったようでした。

この後、舞茸センターと農産物直売所に立ち寄り、関越道が混む前に帰宅。旅の機材はOLYMPUS OM-D E-M10III+M.ZUIKO D 12-40mm/f2.8 PROでした。

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2018/12/16

伊香保・源泉かいわい

水沢観音から北上して伊香保温泉の源泉へ。

20181215c伊香保の石段街を過ぎ、街道を左に逸れて河鹿橋へ。さらに5分ほど歩けば源泉に辿り着きます。

発見は1300年以上前で、泉質は硫酸塩泉、泉温は40~43度、湧出量は毎分4000リットル前後だそうです。無色透明ですが、酸素に触れると茶褐色に変わります。

源泉は透明なドームで保護され、地中からじわっと湧き出ています。そばに公共露天風呂があり、途中には源泉を飲める飲泉所があります。試しに舐めると、錆びた釘の味がしてかなり強烈でした。

源泉は石段に沿って湯樋(大堰)を流れ、湯口の樋(小間口)で9軒の源泉所有者(旅館)に権利分に応じた量が厳格に引湯され、引湯量により湯坪の大きさも決められたそうです(伊香保温泉特有の小間口制度)。

20181215dこの日は、伊香保関所跡とハワイ王国公使別邸(市史跡)も見学。

伊香保関所は、江戸幕府が寛永八年、三国街道の裏往還の要所だったこの地に置いた口留番所(正規の関所の要件に満たない小規模な番所)です。
現在は建物が復元され、関所に関する資料を展示しています(無料公開)。

20181215eハワイ王国公使別邸は、旧ハワイ王国駐日公使ロバート・W・アルウィン(1844-1925)の別荘を移築したものです。
氏は、慶応二年(1866)に駐在員として来日。明治14年(1881)に同国総領事に任命され、翌年、日本女性と結婚(日本初の国際結婚)。のち代理公使となり、ハワイへの日本人移民事業に尽力しました。
毎夏を伊香保の別荘で過ごし、地元では「アルウィンさん」と親しまれ、終生を日本で過ごしました。

現存する数少ない旧ハワイ王国ゆかりの史跡で、当時は平屋と二階建ての別棟がありました。併設のガイダンス施設ではハワイと日本、アルウィン家と伊香保の関係が詳しく分かります(無料公開)。

伊香保は先週の降雪が所々に残り、寒さで凍えます。早々に引き上げ、石段街の宿に撤収しました。

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2018/12/15

伊香保・水沢観音

師走の週末、妻と伊香保に行ってきました。

関越道から旧水沢街道を北上し、途中で水沢観音に立ち寄ります。

20181215a正式には五徳山水澤観世音(天台宗)といい、開創は1300年以上前、高麗の恵灌僧正によると伝わります。往時は30余堂を有する大寺でしたが、度々焼失し、元禄年間に徳川幕府が祈願所として再建しました。

参道石段の途中に仁王門(市重要文化財)、境内に観音堂(同)、六角二重塔(県重要文化財)、釈迦堂などがあります。

仁王門は、狩野派の絵師・狩野探雲の龍図が天井で睨みをきかせています。
観音堂は、軒唐破風の丸瓦に葵紋が入り、本尊の十一面千手観音菩薩(秘仏)を祀っています。
六角二重塔(上の写真)は、六角輪転の台座に六地蔵と大日如来を安置した輪蔵で、参拝者が左に3回廻して供養できる仕組みです。
釈迦堂は、平成の大修復で完成した近代的な「宝物殿」です。寺宝の円空作・一刀彫り阿弥陀如来坐像などを収蔵しています(特別無料拝観中)。

20181215bちょうど昼時になり、門前で水沢うどんの昼食。

讃岐(香川)・稲庭(秋田)と並ぶ日本三大うどんの一つで、その昔、参拝客に出したうどんが評判となりました。門前の街道筋に立派な構えのうどん屋が建ち並び、どこに入るか悩みます。
今回は、老舗の1軒でざるうどんと舞茸の天ぷらを頂きました。

次は、伊香保の源泉を目指して北上します。

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