2018/01/08

撮影機材の点検

師走に撮影機材をメンテナンスに出せなかったので、三連休の最終日、いつもの銀座SCに持ち込みました。

20180108毎年、「点検パック」Bコース(ローパスフィルタ清掃、各部動作点検、AF精度、レンズマウントの点検など)ですが、今回は、Df導入から5年目なので、ボディ側のピント点検・調整を加えたAコースを選択。

年明けでSCが混んでいて、Df×2台で所要時間は4時間ほど。点検ではDf2号機(黒)に「若干の後ピン傾向」が見つかり、調整されて戻ってきました。うーむ、気付かなかったよ。こうなると、手持ちのレンズもまとめて点検に出したい気が…。

待ち時間は妻と銀座をぶらぶら。
写真は、銀座シックス(旧松屋銀座)の吹き抜けを飾る巨大なバルーン。芸術家・草間彌生氏のアート作品「風船」です(iPhone6で撮影)。
知らない間にいろいろ面白い店ができていて、銀座は目が離せない街です。

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2018/01/07

君津・蔵玉の神楽

君津市蔵玉の熊野神社で奉納された獅子神楽を撮影。

20180107b小櫃川流域の村々では伝統的に神楽奉納が行われてきました。

蔵玉の神楽もその一つで、熊野神社の歳旦祭(旧行1/2)・春祈祷・宮薙祭・秋祭りに奉納されます。
演目は、「ヤマ」「サガリハ」「オンベの舞」「スズの舞」「オコリ」で、オンベの舞では途中に神楽歌が入ります。

戦後は後継者難で多くの地区で伝承が途絶え、蔵玉地区でも昭和58年ころに神楽保存会が解散。現在は、地元の有志による神楽愛好会が継承しています。

蔵玉の神楽歌
1 千早振う 天の岩戸 押し開き
2 これぞ 神代の 始めなり
3 いざや 神楽を舞いらする
4 神を いさめて 人踊り
5 皆白妙の 御幣を持って 悪魔を祓う そこで楽 泰平楽世と改まる

【この日の進行スケジュール】
12:40~ 神楽櫃を組立
13:30~ 歳旦祭(拝殿)
14:10~ 獅子神楽奉納
ヤマ→サガリハ→オンベ→スズ→オコリ
14:40~ 神楽櫃を分解
14:50ころ 終了
終了

【メモ】
かつて各村々が神楽を奉納した亀山神社(滝原)の祭礼で宮元を務めた由緒ある神楽。現在は、地元でのみ奉納。神楽櫃をその都度組み立て、終わったら解体するのが珍しい。神楽は石段下の鳥居前で奉納され、力強い端正な舞。囃子方は笛2・小太鼓2・大太鼓1。歳旦祭は、数年前から1月第一日曜日に変更。後継者難と舞手不足で中止になる年が多く、この日は長生村からの帰路、ダメ元で立ち寄ったところ見学できた。見物人は集落の皆さんが数人、カメラマンは3人。神社に駐車場あり。
拝殿に向いて舞うので、いい場面は逆光と強いコントラストでカメラマン泣かせ。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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長生・高根新屋敷の筒粥占い

長生村・八坂神社で行われた筒粥占いを撮影。

20180107a【現地解説板の説明】
「この占いは、高根新屋敷の鎮守祇園宮に伝わる神事で、長さ九センチの葦の筒一六本を、米一合の入った鍋に入れて火を焚き、筒の中に粥の満、満足らざるをもってその年の農作物の出来映えや、景気、不景気、吉凶を占うために古来より年頭の正月七日に行われている。」

【この日の進行スケジュール】
8:00ころ~ 準備
炉に榊と注連縄→鍋に水を沸かし米を入れて炊く→葦筒作り
9:00~ 筒粥神事(中殿)
祝詞(神前)→大祓詞(炉前)・葦投入→祝詞(神前)
9:30~ 判定→記録→貼り出し
10:00ころ 終了

【メモ】
地元では「高根新屋敷の祇園さま」と呼ばれる八坂神社。筒粥神事の起源は不詳だが、天保二年(1831)に行われていた記録が残る。神職が炉前で大祓詞を唱え続ける間、葦筒を入れて煮る。作物や天候・世情など16種を占う。判定は、最初の1本を「基準」(五分)とし、相対評価で一~十分を決定。皆で悩みながらも和気藹々と進む。結果は社殿に貼り出し、氏子には神符で配る。かつて氏子は、粥占いの結果を作付けの参考にした(現在は専業農家は2軒のみとのこと)。
他に見学者・カメラマンなし、神社に駐車スペースあり。詳しく教えて頂いた氏子総代さん、自治会長さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2018/01/02

富津・船祝い

富津市の富津漁港で行われた「船祝い」を撮影。

20180102船祝いは、年初めに豊漁と安全を祈願する伝統行事で、漁村ならではの風物詩です。
富津漁港では、船に大漁旗を掲げて御神酒を捧げ、集まった人たちに御ひねりを撒いて祝います。

初めに、船霊に御神酒と神饌を供え、御神酒をかけて浄めます。その後、船主が舵を握り、舳先に先手が立って安全祈願の儀式があります。船主が「面舵よ」「取舵よ」「ヨーソロ」と声をかけ、先手が手を右に上げ「おもーかじよ」、左に上げ「とーりかじよ」、上に上げ「ヨーソロ」と復唱します。最後に船上から御ひねりを撒きます。

【この日の進行スケジュール】
8:00ころ~ 船祝い
船ごとに時間が異なり、漁港内のあちこちで行われる
9:30ころ 終了

【メモ】
朝7時に現地入り。場所は、大勢の人が集まっているのですぐ分かる。船ごとに行うため時間はバラバラ。船主が到着して乗り込むと始まる。御ひねりは百円硬貨やお菓子。子供たちが優先だが、大人も負けずに熱くなっていた。強風で、海に落ちた御ひねりも相当あったが、子供たちがタモ網で上手に回収していた。
集まった人は百人ほど、カメラマンは5~6人。始まりそうな船があると、みなそちらへ走る。漁港に駐車スペースあり。
撮影は、強い北西風と朝の光線の向きを考えると、西寄りの岸壁よりも真ん中の岸壁(漁協事務所の所)が吉。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2018/01/01

2018年を迎えて

Turu7新しい年を迎えました。

本宅サイト「ぐるり房総」は、おかげさまで昨年20周年を迎えました。
この間、23万Prvとたくさんの皆さんに見ていただき、地域の皆さんからも暖かいお声がけをいただき、心から感謝しています。

「ぐるり房総」は、1997年に「心に残る房総」をテーマにスタートしました。
現在は、地域の隠れた魅力を訪ねる「房総の街」と、地域の伝統行事や祭事を記録する「房総の祭」の2つがメインになっています。

昨年は、街歩きを再開して新たな見どころを採訪したり、小集落に興味深い伝統行事を訪ねて撮影したりと、かなりマイペースな活動となりました。

今年も、肩に力を入れずマイペースで、地元の皆さんと一緒に楽しみながら各地の魅力に触れたいと思っています。そして、実際に見たり聞いたり感じたことを伝えることで、「地域の元気」を応援できればと願っています。

新しい年が、すべての皆さんにとって、幸多き年でありますように。
今年も、拙ブログと本宅サイト「ぐるり房総」をよろしくお願いします。

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2017/12/27

横芝光町・成田山御本尊上陸地

横芝光町・尾垂浜で行われた「成田山御本尊上陸聖地報恩法会」を撮影。

20171227尾垂浜は、成田山新勝寺の本尊・不動明王が上陸した地です。
平将門の乱(939)の時、朱雀帝の命により、寛朝僧正が不動明王像を奉じて海路で房総に入り、公津(成田)の地で将門調伏の護摩祈祷をしたのが、新勝寺の始まりです。

ちなみに、調伏祈願の満願日に将門が討ち取られたことから、今でも平将門を祀る神田明神の氏子は新勝寺に参拝せず、新勝寺の門徒は神田明神に参詣しないそうです。

上陸地には、開山1060年祭(1998)で波切不動尊像が建立され、毎年5/27と12/27、新勝寺の僧侶が巡錫して上陸聖地報恩法会が行われます。

【この日の進行スケジュール】
11:00~ 法会開始
洒水加持→読経→参拝者焼香→法話
11:20ころ 終了

【メモ】
鳥居前~不動明王像まで練り行列で入る。像前で儀式と焼香が行われ、導師の法話があり、20分ほどで終了。法話の内容は、お不動さまの教えの他、地元の人々による上陸地への奉仕活動に対する謝辞、来年は開山1080年祭で当地では4/22に稚児行列が予定されていることなど。
参拝者は地元の皆さんが十数人、カメラマンはなし。自分も1年間の感謝を込めて焼香。終了後、下げた供物のお裾分けで果物まで頂き、恐縮した。上陸地に駐車場なし(付近にスペースあり)。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2017/12/26

市原・地磁気逆転地層

市原市田淵の「地磁気逆転地層」を見学。

20171226養老川沿いに露出した白っぽい地層は、77万年前に御岳山(長野)が噴火した火山灰が海底に堆積し、隆起したものです。

ここは、世界でも珍しい逆磁極帯→磁場遷移帯→正磁極帯の3つの層を連続して観察できる場所として、一躍注目を浴びることになりました。

地層ができた新生代四紀更新世前~中期(77万~12万6000年前)には、国際呼称がありません。申請どおり「国際標準模式地」として認定されると、国際呼称が「チバニアン」(千葉時代)に決まります。

写真は採掘調査の跡で、杭の色は、上から緑が正磁極帯、黄色が磁極が混在して定まらない遷移帯、赤が磁場が逆転している逆磁極帯を示しています。

学術的に何がどうすごいのかよく分からないけれど、ひと目見たいという(私のような)人々が、田淵集落に殺到。地元では、見学者駐車場として集会所(田淵会館)を提供したり、臨時トイレを作ったり、崖に降りる小径に竹の手すりを仮設したり…と対応に追われています。民有地なので何か申し訳ない感じ…。

訪れた時は、平日の午後で人が少なく、しばらく貸切り状態で見学できました。
以前は、崖の杭まで斜面を登り近づけましたが、現在は斜面が危険な状態で立入禁止に。訪れた時は、階段を設置する工事中だったので、これから訪れる人はもう少し待った方がいいかも知れません。

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2017/12/24

D40で第4世代FlashAirを使う

我が家では、古いD40(2006年発売)が現役です。

20171224小さくて600万画素しかありませんが、旅のお伴に手放せません。

ほとんど不満はないものの、旅先で撮った写真をすぐにUPできないのは今どきちょっと不便…ということで、東芝の第4世代無線LAN搭載SDカード「FlashAir16GB」(W-04)を導入しました。

この製品は、撮影画像をカードに書き込むのと同時にWi-fi端末に転送し、専用アプリで閲覧・保存ができます。
iPhoneに接続すると、撮った画像が片っ端から専用アプリに転送され、画像を選択してカメラロールに保存でき、かなり便利です。

注意点として、D40は古い機種なので、データ転送中の電源コントロール機能がありません。転送中に背面液晶が消灯するとカードスロットの給電が切れ、iPhoneとFlashAirカードの接続が途切れてしまい、カードを認識できなくなります。これは、D40の設定を「パワーオフ時間」→「カスタマイズ」→「再生/メニュー表示」10M・「撮影直後の画像確認」10M・「半押しタイマー」30Mにすれば回避できます。

転送する画像を選択できない、アプリの一覧表示でRAW画像はアイコンのみ、カメラの電源はこまめにオフ、画像を全消去する際に「カード初期化」は使わない※など、ちょっとした工夫が必要ですが、古いD40の活用範囲が広がりました。
※画像ファイルを消去する場合、「カード初期化」で行うと通信設定ファイル(FA000001.jpg)も削除され、通信できなくなります。再設定には、PCで専用サイトからソフトをDLして工場出荷状態へ戻すしかありません。

第4世代FlashAirは接続性と操作性が良く、手元にあるリコーGR+Eyefi-mobiカード(標準サポート)と比べても使い勝手が良い感じです。

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2017/12/10

讃岐・栗林公園と屋島

二日目は、朝から地元の方に案内して頂き、栗林公園→屋島を巡ります。

20171210a有名な栗林公園は、400年の歴史を持つ回遊式の大名庭園です。
もとは当地の豪族・佐藤氏が築庭し、戦国期に生駒氏、江戸期に松平氏が拡張し、松平家下屋敷が置かれました。

紫雲山を借景に、6つの池と13の築山を組み合わせ、変化に富んだ美しさは「一歩一景」と称されます。国特別名勝に指定され、文化財指定の庭園としては最大の広さだそうです。

写真は、飛来峰から南湖の眺望。紫雲山を背景に、偃月橋と掬月亭が織りなす風情は園内随一です。

20171210bクルマで屋島へ移動します。
古くから瀬戸内海の要衝で、大和朝廷が古代山城(屋嶋城)を築いたり、源平合戦では屋島の戦いの舞台となりました。

島は、隆起地層が侵食されてできた標高290mほどの平坦な台形で、典型的なメサ台地です。かつては海に浮かぶ島でしたが、現在は陸続きになっていて、頂上までドライブウェイで登ることができます。

今回は南嶺を遊歩道で一周。眼下に広がる瀬戸内の眺望が爽快です。途中の売店で、名物の「かわらけ投げ」(願掛け)を体験。地元の人が、輪っかを狙うより女木島をめがけて投げるんだよと教えてくれました。思いっきり投げると、ストレス解消になりました。

20171210c南嶺の屋島寺(真言宗)に立ち寄ります。
正式には南面山千光院といい、天平勝宝年間に鑑真和上が北嶺に開基し、のちに弘法大師が伽藍を南嶺に移しました。
四国霊場八十八か所の84番札所になっていて、お遍路さんが巡礼する姿が見られました。

本堂脇の千本鳥居は、太三郎狸を祀る蓑山大明神。多くの善行を積んで屋島の氏神さまになった狸で、四国狸の総大将です。「平成狸合戦ぽんぽこ」では、開発に抵抗する多摩の狸たちが助力を求めた四国の太三朗禿狸(年齢999歳)として描かれています。

お昼は、島の麓にある四国村の「わら屋」で、讃岐の釜揚げうどんと地ビールを堪能して、帰路に付きました。

今回の旅は、たくさんの人々の温かさに触れ、とても楽しい思い出になりました。旅の機材は、D40+AF-S18-55/3.5-5.6GIIでした。

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2017/12/09

讃岐・高松城と平家物語

讃岐路に、高松城跡(玉藻公園)→県立ミュージアム→平家物語歴史館を訪ねました。

20171209a_3高松城は、天正十五年(1587)、豊臣秀吉から讃岐を拝領した生駒親正が築いた水城です。
江戸前期、常陸下館藩主・松平頼重(水戸光圀公の実兄)が12万石で入り、松平氏11代228年の城下町として栄えました。

本丸にあった天守閣(3層)は、明治中期に解体。現在は天守台の石垣だけ残っています。再建話があるものの、予算的な事情で先行き不明だとか。

写真は、海側にある月見櫓と水手御門。かつては海に面し、藩主の舟が戻るのを確認し(着見櫓)、門を開けて舟を着けたといい、水城ならではの構造です。訪れた時は引き潮で、堀が干上がっていましたが、夕方に再訪すると水が満ちていて、水城らしい姿を見ることができました。

20171209b続いて、香川県立ミュージアムへ。

旧歴史博物館だけに、香川の歴史全般がよく分かり、中でも空海に関する展示が詳しいです。

讃岐で生まれた空海は、30歳で出家。31~33歳まで唐に渡り、密教の教えを日本に持ち帰りました。43歳で高野山を開き、真言密教を布教。62歳で没しました。没後86年経った延喜二十一年(921)、醍醐帝から弘法大師の称号を贈られました。

展示は、東寺(京都)、金剛峯寺(和歌山)、善通寺(香川)が所蔵する国宝・重文のレプリカをふんだんに用いて、空海の生涯と事績を紹介しています。本物は滅多に見られないので、レプリカで通常見学できるのは有難いです。

写真は、藩主の御座舟「飛龍丸」の御座之間(復元)。金砂子で装飾した豪華な障壁画に、親藩松平家の格式を感じます(撮影可)。

20171209c20分ほど歩いて、高松平家物語歴史館へ。

平家の隆盛〜源平合戦〜平家滅亡を描いた「平家物語」の名場面17景を蝋人形で再現しています。日本最大の蝋人形館を謳うだけあって、おびただしい数の蝋人形です(館内撮影可)。

第6景(物怪)以降はおどろおどろしい場面が多くなるので、気が弱い人にはお勧めしませんが、添えられた解説が詳しくて思わず見入ってしまいました。

写真は、第2景「平家にあらずんば人にあらず」で、平清盛が子らと一門を集めて何やら評定中。

夜は旧知と合流して、市内某所にて美味しい手料理とお酒で至福のひと時を過ごし、そのまま泊。
明日は、栗林公園と屋島を巡ります。

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