2019/05/05

大洗・めんたいパーク

妻と茨城・大洗町の「めんたいパーク大洗」へ。今回は下の娘も一緒です。

20190505 外環道→常磐道と走り、水戸大洗ICからR51で大洗へ。

めんたいパークは、明太子の老舗・かねふくが全国4か所(大洗・常滑・神戸三田・大阪ATC)で運営する明太子のテーマパークで、大洗はその最初の施設だそうです。

館内に入るといきなり工場直売店ですが、まずは奥に進んでスケソウダラの知識を学ぶトンネルギャラリーへ。

スケソウダラの「鳴声」を再現した音響ゾーンやパネル、映像を見たりしながらトンネルを抜けると、明るく近代的な工場に直結。

ガラス越しに製造工程を見学して、直売店に戻ってお土産を購入。フードコートでは、できたて明太子のおにぎり(おいしい)と明太子ソフトクリーム(微妙)が大人気でした。

わが家は明太子が大好物なので、なかなか面白かったです。GW後半とあって、館内は家族連れで大混雑でした。

次は、ネモフィラが見ごろのひたち海浜公園へ向かいます。

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2019/05/04

埼玉・サイボク(埼玉種畜牧場)

妻と一緒に、埼玉・日高市のサイボクハム(埼玉種畜牧場)本社に行ってきました。

20190504 種豚と肉豚の育成から肉製品への加工、販売までを自社で行っている食品加工メーカーで、欧州の食品品質コンテストで金メダル常勝の実力派です。最近ではアド街などTVで取り上げられて、埼玉県外にも知られるようになりました。

創業は、戦後、フィリピンから復員した笹﨑龍雄氏(故人)が「食こそ人間の根本」として、昭和21年(1946)、日高に育種牧場を開いたのが始まりです。

肉(ミート)の理想郷(ユートピア)を目指す「ミートピア構想」を掲げて、日高の本社工場には直売ショップ、レストラン、農産物直売所、日帰り温泉施設やミニアスレチックなどが併設され、ちょっとしたテーマパーク的な複合施設になっています。

この日は、GWイベント「とこトンまつり」を開催中。諸国うまいもの市や和菓子販売なども出て、家族連れなどで場内は大混雑でした。ちょうどお昼どきだったので、屋外のフードコートで一番人気のスペアリブ(土日祝限定)とノンアルビールでBBQ気分を味わいました。

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2019/04/27

バッテリー上がりとパルス充電

GWに1号車を動かそうとしたら、セルが回らないほどバッテリーが上がっていたので、パルス充電を行いました。

20190427_1 1号車を動かすのは半年ぶり、4年前に交換したバッテリーは走行距離3000kmほどです。ジャンプスターターを繋いで一発始動…と思ったら始動できず。どうやら深放電の場合はジャンプスタートできないようです。

鉛バッテリーの劣化は、「サルフェーション現象」が原因とされます。放電時、化学反応で生成される硫酸鉛(通常は電解液に溶け込みます)が、放電を繰り返すうち負極板に結晶化して固着し、絶縁抵抗となって充放電の性能を著しく低下させます。

劣化したバッテリーを普通に充電しても、硫酸鉛が固着している限り性能は回復せず、このためディーラーでは新品交換を推奨します。
これに対し、短周期で高電圧を繰り返しかけることで固着した硫酸鉛を分解しながら充電し、バッテリー本来の性能を回復させるのが「パルス充電」です。

1号車にはACDelco製の輸入車用汎用バッテリーが付いていました。車載のままパルス充電器を接続。弱った状態での計測値は蓄電量10%・電圧10V。充電電流を10Aにセットして7時間ほど充電すると、それぞれ100%・14.5Vにまで回復しました。

満充電後は、エンジン始動はもちろん、時々不安定な動きを見せた電装品関係が復調しました。これまでいかに電圧不足で使っていたかを痛感しました。

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2019/04/13

市川・里見公園の紫烟草舎

市川市の里見公園にある北原白秋の旧宅「紫烟草舎」を訪ねました。

20190413_1 北原白秋(1885-1942)は、旧柳川藩(現福岡県柳川市)の商家に生まれ、早稲田大学に進学。学業の傍ら詩作に励み、24歳で詩集「邪宗門」を発表。26歳の時に発表した詩集「思ひ出」は、文壇で高い評価を受け出世作となりました。

白秋は、大正5年(1916)5月~6月ころまで市川・真間の亀井院で暮らしていたことがあり、その後、江戸川対岸の小岩に移り住みました。自ら「紫烟草舎」と名付けた小岩の旧宅は、江戸川改修のため取り壊されましたが、里見公園に移築復元されています。

【現地案内板の説明】
「『からたちの花』『砂山』などの作詩で親しまれている詩人・北原白秋(明治18年~昭和17年)は大正5年の夏から約一年間、当時小岩にあったこの離れにおいて、すぐれた作品の創作を続けた。白秋自身、紫烟草舎と名づけたこの建物はその後、江戸川の改修工事のためにとりこわされ、解体されたままになっていた。たまたま、本建物の所有者、本市在住の湯浅伝え焏氏の厚意ある提供を受けた市川市は白秋をしのぶようすとして、家の間どり、木材などすべて当時のままに、ここ里見の地に復元した。復元の地をここにもとめたのは小岩に移り住む前白秋が真間の亀井院に住んでいたこと、小岩に移ってからも対岸の江戸川堤から眺めるこの里見の風景や万葉の昔よりゆかりの深い葛飾の野を、こよなく愛していたことによる。」(市川市・市川市観光協会)

紫烟草舎は、防犯上、固く戸締りされて常時公開でないのが残念ですが、天気が良い日などに公開されることがあるので再訪したいと思います。

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2019/03/09

写真でつづる千葉県と鉄道展

市川市中央図書館で開催中の巡回展「写真でつづる千葉県と鉄道」展に行ってきました。

201900309この巡回展は、千葉県博図公連携事業(博物館・図書館・公民館が連携して情報発信)の企画です。
明治150年の節目に、県内の鉄道をテーマに、鉄道開通から現在までの歩みを写真で辿っています。

写真は、第一部「鉄道の発達・変わる景色」(総武鉄道の開通など)、第二部「鉄道と世相・時代の一面」(戦時下の出征風景など)、第三部「消えた鉄道・失われた路線」(軽便鉄道や人車鉄道など)、第四部「鉄道連隊と千葉県・隠れた主役」(旧陸軍鉄道第一・二連隊など)の4部構成で52点が展示されています。

併せて、京成電鉄から各種記念乗車券や改札鋏・合図灯の出展と、館所蔵品の昔の鳥観路線図や沿線行楽案内などの資料を展示。館職員さんによる鉄道模型やプラレールもありました。

個人的には、姿を消した鉄道(第三部)と鉄道連隊(第四部)の展示と解説が興味深かったです。

この巡回展は、昨年11月に野田市立南図書館からスタートし、今回の市川市中央図書館で最後。期間は3月14日まで開催中です。

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2019/02/25

「下勝田の獅子舞」の獅子頭

かつて佐倉市下勝田・天満神社で奉納されていた「下勝田の獅子舞」。

20190225後継者難で平成16年を最後に廃絶し、現在はその舞を見ることはできません。

佐倉市史に次のような記述がありました。

「下勝田の三匹獅子舞は、毎年七月十五日(旧くは二月二十五日、九月三日も演じた)の午後、三十三歳まで若連が下勝田の天満神社で演じ、夜は下勝田共同館(旧くは西光寺)で舞う。夜の獅子を模範獅子といい、年配の舞手が演じ、猿という役が加わる。この獅子舞には、天下泰平、五穀成就、家内安全と書かれたダシという万灯が出る。獅子頭の名称は、雌獅子、中獅子、雄獅子といい、雌獅子には角がなく、中獅子と雄獅子に角がある。(~中略~)獅子舞を囃す楽器は、篠笛と鋲打ち太鼓である。これらは囃子方が担当する。獅子の腰に付けた太鼓は、ほどんど音がしない。また手に鈴や御幣を持って舞うことがある。」

演目は、神楽(庭固め→雌獅子→中獅子→よつあげ→雄獅子→デンツクデン)、幣束(庭固め→雌獅子→幣束がえし→よつあげ→雄獅子)、橋渡り(振り込み→庭固め→雌獅子→中獅子→よつあげ→雄獅子→デンツクデン→橋渡り)の3つの舞があったようです。

夜の「模範獅子」は、年配の舞手が猿面に蓑笠の衣装で踊ったようで、佐倉市史は「仮面をつけるということは個性を超えた存在を示すことであり、蓑笠をつけた衣装は非常に遠いところからお出でになることを意味するもので、山の神とか祖霊神のなり変わりであるとされるので(~中略~)神人一体の舞であると解される」と書いています。

このほか、昼の獅子舞の演目の間に(夜は獅子舞の前に)、輪になって弥勒踊りを踊ったといいます。

廃絶して久しい「下勝田の獅子舞」ですが、その獅子頭は、和田ふるさと館歴史民俗資料室に良い状態で保管・展示されています。
今も年2回、春祈祷(2月25日)と祭礼日(7月15日)に天満神社に里帰りし、神事が行われているそうです。

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2019/02/24

佐倉・百万遍(春祈祷)

佐倉市天辺・宝寿院の春祈祷で行われた「百万遍」を見学。

20190224宝寿院(真言宗)は、弘法大師ゆかりの地蔵菩薩を祀り、「渋なし蕨」の伝承が残っています。

春祈祷(毎年2月24日)では、農事が始まる節の折目に五穀豊穣を祈願して「百万遍」が行われます。

地区の人々が、長さ約六間(10.9m)の大数珠の周りに輪になって座り、中央には鉦叩き役と数取り役が座ります。鉦の音に合わせて念仏を唱えながら、大数珠を左回りに廻します。途中、房が付いた親玉が廻ってくると、少し高く掲げて一礼し、次の人に廻します。
数珠の廻った回数は、数取り役が「一千遍」「一万遍」などと書かれた木札で数えます。

この行事は、地元では「地蔵さまのオビシャ」と呼ばれ、大切に受け継がれています。

【この日の進行スケジュール】
12:30~ 準備(天辺青年館)
13:30~ 百万遍
13:45~ 直会
14:30ころ 終了

【採訪メモ】
かつては本堂で行ったが、現在は地蔵堂そばの天辺青年館で行われる。導師はおらず、区長さんの合図で鉦に合わせながら大数珠を左に廻す。念仏を唱えながら廻す形態から、和気藹々とおしゃべりしながら廻す形に変化しており、信仰行事としての性格は薄れている。親玉が廻る度、数取り役が木札を数枚ずつ移し、木札がなくなると終了。昔はもっと長い時間を廻したが、実際に百万回も廻した訳ではないという。
百万遍のあと、茶菓子で直会して1時間ほどで解散。この日は19世帯から21人が参加。女人講による地区が多い中、天辺では男性も参加するのが特徴。見学者は私を含め2人、寺に駐車場なし(和田ふるさと館から徒歩推奨)。
詳しい資料を頂いた上、現地で案内を頂いた和田公民館のEさん、詳しく教えて頂いた宝金剛寺住職さん、お世話になった区長さんはじめ地区の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2019/01/20

市川・にらめっこおびしゃ

市川市大野・駒形大神社で行われた御奉謝(おびしゃ)を見学。

20190120【現地案内板の解説】
「駒形大神社は経津主神を主神に、大野の地域に伝説として残っている平将門を合祀した神社です。
この、駒形大神社には、古くから五穀豊穣と村内安全を祈願する御奉謝の行事が伝えられています。かつては一月十九日、当番宿に集まった氏子たちによって、神社に飾る注連縄がつくられ、次に三臼の餅がつかれました。
最初の一臼は供物の下に敷く、径五寸(15cm)ばかりの煎餅をつくり、二臼目は烏帽子型兜・擬宝珠型兜・皿頭型兜の型をした供物をつくります。三臼目の餅は集まった氏子たちが、互いに投げ合う餅ぶつけに使います。餅に当たるとその歳の厄を祓うといい、またこの餅は、風邪除けに効き目があるともいわれています。これで一日目の行事は終わりです。
二十日は前日用意した供物・注連縄・酒肴等を捧げて神社に参拝、太鼓を打ち鳴らして題目を唱え、終わって御神酒を頂き、当番宿に引きあげます。このあと、宿では二組に分かれて行司役を中央に、両組から一人ずつ出て向かい合い、互いににらみ合って行司役の合図をまち酒を呑みあいます。このとき笑った方が負けとなり、さらに大盃につがれた酒を呑むことになります。こうした行事のあるところから、俗に『にらめっこおびしゃ』の異名が付けられています。
これらの行事は安政六年(1859)の記録を、明治11年(1878)に書き写したものによって踏襲されてきましたが、太平洋戦争後は一月二十日の一日で、総ての行事を済ませるように改められ、毎年、神社の社務所で行われています。この行事は昭和四十年、市の民俗文化財に指定されています。」

【この日の進行スケジュール】
8:00 呼太鼓、氏子中集合
8:30~ 式場始(しばきり=分担決め)
注連縄・蓬莱飾り作り
10:00~ 五穀豊穣祈願
念仏→玉串奉奠→大盃
10:30~ 餅搗き
煎餅→兜作り→餅投げ
12:00~ 昼食休憩
13:30~ 当番渡し(神札・日記受渡しの儀式)
14:10~ にらめっこの儀式
15:00~ 直会
17:20ころ 終了

【採訪メモ】
式場始の分担どおり組ごとに注連縄を作って張り、大根で鶴亀・松竹梅の蓬莱飾りを作って飾る。五穀豊穣祈願では氏子のみ(神職なし)で大太鼓に合わせて南無阿弥陀仏を唱和し、大盃を廻し飲む。その後、シンコ餅を搗く。一臼目の「煎餅」は、日記受渡しの儀式の際、新当番に2片ずつ配られる(無病息災)。当番渡しは新当番が5人ずつ前に出て、行司役から盃を受け、神社神札・日記を回して確認し、最後に新ヤド役が背中に背負って引継ぐ。続いて末社日記の引継ぎが行われる。にらめっこは卓上に小盃と沢庵2切れを置き、東西組が相対して睨みながら熱燗を飲む。笑うと双方が大きな罰盃を受ける。笑わそうとヤジが飛び、和気藹々と進む。全8組(東部1~4組・西部1~4組)が対戦するが勝ち負けはなく、3組終わる毎に全員で高砂を謡う。
見物人は50人以上、カメラマンは報道ほか多数。神社裏に駐車場あり。
お忙しい中詳しく教えて頂いた氏子中の皆さん、貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2019/01/05

印西・別所の宝剣様

印西市別所の宝泉院地蔵寺で行われた宝剣様を見学。

20190105宝泉院(天台宗)に伝わる宝剣は、平安期に飢饉・悪疫が流行し、慈覚大師円仁が当地で悪疫退散・五穀豊穣の護摩供修法を行った際に使ったとされ、薩摩の名工・波平行安の作と伝わります。

毎年1月5~6日の両日、宝剣を奉じて檀家を廻り、厄祓いと五穀豊穣を祈願する「宝剣様」が受け継がれています。

出発前の法要後、錦布の箱に納めた宝剣が奉持役に渡されて、ムラ廻りに出発。住職を先頭に、奉持役、札持ち、籠背負いが続き、金剛鈴の音とともに檀家を廻ります。
各戸では、仏壇に宝剣を祀り、般若心経と地蔵尊の真言(おんかあかあかびさんまえいそわか)を唱和し、護符2枚(厄除地蔵尊・百由旬内無諸災難)を渡します。最後に奉持役(又は住職)が宝剣を家人にかざして厄を祓います。
檀家は、お布施として金一封(昔は米一升)を籠背負いに渡します。

二日間で別所・鳴沢・別所新田・宗甫地区の檀家60軒ほどを廻ります。

【この日の進行スケジュール】
8:30 集合(宝泉院)
8:45 法要
9:00~ 檀家廻り(午前)
12:00 寺に戻り昼食
13:00~ 檀家廻り(午後)
16:00ころ 寺に戻り法要

【採訪メモ】
初日、住職・檀家総代・役員など10人での檀家廻りに同行。奉持役の持つ宝剣は意外に重かった(3㎏くらい?)。札持ちは風呂敷包みに木札と御守り。籠背負いは、昔はお布施の米を入れる籠を背負ったが、現在は護符を入れた箱を持って廻る。檀家によっては玄関先で読経することも。初日は別所・鳴沢地区40軒ほどを廻った(歩いた距離7.5km)。二日目はクルマ移動もあり。古老によれば、戦前~昭和30年代までは船橋や浦安まで行ったとのこと。
地元ケーブルTVのほか見学者なし。寺に駐車場あり。
大変お世話になった住職さん、檀家総代の市長さん・役員さん、檀家の皆さん、ありがとうございました。
※詳細記事は、本宅サイト「ぐるり房総」に掲載しています。

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2019/01/02

上野・ムンク展再び

妻・下の娘と一緒に、上野・東京都美術館で開催中の「ムンク展」に行ってきました。

20190102ノルウェーを代表する画家ムンクの展覧会は、2007年の国立西洋美術館以来2度目です。
前回は、オスロ市立ムンク美術館が収蔵する作品から、装飾画家としてのムンクをテーマに108点が来日しました。今回は、「共鳴する魂の叫び」をテーマに、初期~晩年の作品101点でムンクの画家としての生涯をたどります。

構成は、「1ムンクとは誰か」「2家族-死と喪失」「3夏の夜-孤独と憂鬱」「4魂の叫び-不安と絶望」「5接吻、吸血鬼、マドンナ」「6男と女-愛、嫉妬、別れ」「7肖像画」「8躍動する風景」「9画家の晩年」の9つに分けて60年間の画業を主題ごとに紹介しています。

今回の見どころは、初来日のテンペラ・油彩の「叫び」(1910?)です。ムンクは、同じモチーフで複数作品を描いた画家でしたが、この「叫び」も1893年に描いた初版を描き直した現存する5点の一つです。
同時期の「絶望」(1894)と並んで展示されていましたが、こちらは前回も来日していました。油彩のほか、リトグラフや版画の作品・原板なども珍しかったです。

とても見応えのある作品群で、年齢や境遇ごとに作風の変遷がよく分かる好企画でした。年始の休日で、会期末が近いこともあり、チケット窓口で10分、入場に20分ほど並び、場内も大混雑していました(「叫び」の前では1列で立ち止まり禁止)。
ただ、もともとムンクは表現主義派で、死・孤独・嫉妬・不安という自己の感情を暗い色調と非現実的な心象風景に描き込んだ独特の作風ですから、前回同様、ちょっと重かったです。

ムンク展は、2019年1月20日(日)まで開催されています。

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